第45話 ベリンナリン・グイード
ガルデニア帝国。
第12代『皇帝』バルティリウス・グイード・ガルデニア三世(48)。
以下『帝国七将軍』——
『大将軍』アルガルズ・フィリップス(42)。
『影杖』イエウロ・グイード(30)。
『雷刃』エンリオ・バルシュハイト(26)。
『炎鎚』ウィリア・フラスタ(24)。
『氷槍』ササド・クーリハァ(28)。
『毒矢』シャルナリーゼ・ホードバリス(20)。
『霧盾』コーム・トリスタス(61)。
なお、ウィリアとクーリハァの座は死亡につき空席。
『軍師長』セモ・テンテルリゥム(44)。
『宰相』トット・バフンダイン(56)。
そして。
「まずは無事で何よりであるな」
「ご心配をお掛けいたしました。この通りでございます」
『助言師』アイネ・セレディア(17)。
彼女が目覚めたことにより、幹部会議が開かれることとなった。アルガルズとイエウロの傷も癒えていないが、無理矢理出席している。
彼らが軍の長として目立って若いのは、『全盛期』であるからだ。彼らの多くは戦場に出て、日々結果を残している現役なのだ。特にエンリオ、ウィリア、クーリハァの3人は年齢が近いこともあり、互いに刺激し合いながら成長していった経緯もある。
「キルエルはともかく、帝都・王宮に侵入した賊どもは『まだ殺していない』。今は街の立て直しの段階であり、処刑にも手順と作法があるからな」
「いえ。ありがとうこざいます。……シュクスに至っては治療まで」
セモが現状を説明する。これは、アイネを信頼しているからだ。好意ではなく、仕事上の信頼。『シュクスに関してはアイネに任せる』という、皇帝の意向でもある。
そして実際に、その有用性を示したのだ。他の将軍誰もが出し抜かれた『襲撃』を読み切り、手駒を用意し、あのどこまでも成長する可能性の塊であるシュクスを『倒した』。
イエウロの援護があったとは言え。もうこの場の全員が認めていた。
たった17の、この少女を。
「お前ならそうすると思ったからだ」
「エンリオ将軍」
「それにまあ、魔剣さえ奪えばただの剣が達者な少年だ。危険は無い」
シュクスはまだ目を覚まさない。ゼントも同じく。アイネの読みでは、3日ほど掛かると見ている。
「(『ボス戦』の後は長期間の睡眠と、その後宴で暴飲暴食よね。……ラスボス戦で負けた時は知らないけど)」
基本は処刑だ。そこに異議を唱える者は居ない。
だが、アイネは違う。
「——処刑の必要はありません」
「ではどうするのだ。罪は罪だ。リンデンから搾り取るか?」
「いいえ。私に考えがあります」
既に、考えていた。『戦争の後』のことについて。
『次』を想定して。
「待てアイネ。それを聞く前に、もう『ふたつ』問題がある」
「……ひとつは、『ベリンナリン姫』のことでしょう」
「その通りだ。……お前は知っていたのか」
「いいえ。殿下とのやり取りを見て初めて知りました」
「そうなんだよなあ。あたしの仮説は間違ってたか」
「シャルナさん?」
イエウロとの会話に、シャルナが入る。
「あたしはアイネっちこそが、行方不明になったベリンナリンだと予想してたんだ。年齢と賢者ってことでな」
「……そういえば、そうでしたね」
「傷は浅いが、残るかもしれぬ。王宮の医師に診せておるが、頑として口を開かぬのだ」
「…………かしこまりました」
——
会議の後。アイネは真っ直ぐにリンナの居る部屋へ向かった。
兵士がドアの前に立っていた。護衛というより、逃がさない為の配置だろう。今まで敵であった女が王女だった。皇帝もどうして良いか分からないのだ。
「失礼いたします」
「…………」
ノックの後、ゆっくり入る。声で自分が来たことは分かった筈だ。
中は病室になっていた。彼女も怪我を負ったのだ。ベッドに仰向けになっており、側に医者が居る。
「軍師殿……」
「彼女の様子はどうですか?」
「……それが」
「何しに来たのよ」
「!」
医者が言い淀んでいる間に、リンナが口を開いた。
「(姫様……我々には何も反応しなかったのに……!)」
アイネはベッドの隣までやってきて、置いてある椅子に座った。
「……勿論、『話しに』来たのです。姫様」
「…………下がって」
寝ながらアイネを睨んで。医者の男に退室するように言った。医者は素直に従い、部屋から出ていった。
「……まず」
リンナは言葉を考える。自分の気持ちと、アイネへの感情と。これからを考える。
「敬語と『姫様』を止めて」
「……どうして?」
アイネも言葉を慎重に選ぶ。彼女が何を望んで、何を考えているのか見極める必要がある。
「シュクス達と離ればなれ」
「!」
「私だけこんな、『皇族の対応』で。皆から『姫様』と言われて。……私は、皇帝をシュクスに殺させる為に王宮に攻め込んだのに。『ベリンナリンだ』と分かるや否やこれよ。……何よそれ。何よこれ」
「行方不明になっていた自国の皇族が見付かれば、こうなっても不思議では無いわよ」
「…………私は処刑されないのね」
「勿論、シュクスとゼントもよ」
「どうして」
「その理由は、彼らが目を覚ました時に私が『作ってくる』から」
「…………なんなのよ」
「?」
「あんたは。なんなのよ本当に。何者なのよ。悪者の帝国を守ったり、私達を生かしたり。意味分かんないわよ」
「私は……」
皇帝から言われたことよりも。アイネの方もリンナと話したかったのだ。彼女も賢者だと知って。
「私も、貴女と同じ『賢者』なのよ」
「……なによ賢者って。私いっとくけどまともな教育も受けてないからね」
「!」
ソラが言っていた。賢者という呼び名は帝国内でしかしないのだと。
ならばどう説明したものかと考える。この様子だと、自分と同じで、ソラのように色々知っている訳では無さそうだ。
「……太古の。いえ……。『別の世界』の知識が、あるでしょう」
「! 転生ってこと? あんたもなの?」
通じた。リンナはビックリした様子だ。だが、すぐに納得した顔になった。
「ええ。私も、『日本』の知識を持っているわ」
「……どうりで。納得したわ。私達の行動を全部読んでるみたいな立ち回り。あんたも生前ラノベ読んでたのね」
「……私の場合、知識はあるけれど記憶が無いから。完全じゃないけど」
「…………そう。そんなケースもあるのね」
そして、深めの溜め息を吐いた。
「同じ転生者同士の戦いなら、結局『地の実力差』が出るのね。私は完全に『ラノベの世界』だと思い込んで、隙を晒し続けた」
「……リンナ。この世界は」
「分かってるわよ。もう分かった。ここだって『現実』なのよ。他人はNPCじゃないし、私の見てない所でも世界は動いているし、私はヒロインでも何でもない。……あんたに負けて、気付かされた所よ」
「…………リンナ」
気持ちの整理が付く前に、漠然と理解してしまったのだ。だから、暴れずに大人しく治療を受けている。
「彼氏どころか、友達も居なかった。家に籠って、ラノベを読むだけの人生だった。……死んで生まれ変わっても、私は私。思慮浅くて欲深くて自己中心的で、乱暴な女。……死んだくらいじゃ、馬鹿は治らない」
「リンナ」
「何よ」
「貴女は生まれ変わったのではないわよ」
「はあ? 私は『渡辺凛』よ。間違いないわ。1999年2月16日生まれ。世田谷区の——」
「そういうことじゃないわ」
「?」
彼女は、何も知らないのだ。確かに。ソラが嘘を吐いたのではなく。
これでは『賢者』とは言えないかもしれない。隔世遺伝した記憶に、飲み込まれている。
「貴女は他の誰でもなく、『ベリンナリン・グイード』なのよ。たまたま生まれつき、その『渡辺凛』の記憶と知識を受け継いでいるだけ」
「……なに言ってるのよ」
アイネは、『神藤愛音』ではない。
ソラも、『星野蒼空』ではない。
「『渡辺凛』が死んで、次に目が覚めたら『ベリンナリン・グイード』だった。……のではなく。貴女は最初から『ベリンナリン』で、それ以外の誰でもないの」
「…………!?」
5000年前からやって来たのは、魂ではない。『祈り』なのだ。
「貴女の敗因はそこ。自分を『渡辺凛の二度目の人生』だと勘違いしたことよ。NPCとかヒロインとか、そんなのどうでも良いの」
「!!」
「少なくとも。貴女を産んだ后妃様は。貴女を『別の誰か』なんて。思ってもみないし、それは事実よ。別の世界からやってきたのではなくて、貴女は最初からこの世界の。ガルデニア生まれの『ベリンナリン』なのよ」
「…………そんな」
神藤愛音の記憶が無いから、アイネはそう言っているのかもしれない。リンナにとっては受け入れがたいかもしれない。今の今まで、自身を『渡辺凛』だと思っていたのならば。
「知識は有効活用すれば良いし、悔しい思いがあるなら幸せに拘るのは悪くないわ。だけど、貴女は『渡辺凛』じゃない。『渡辺凛』の思いを、受け継いだだけ。それに振り回されて生きるのは、勿体無いわ」
「そんな……」
——
「ベリンナリンっ!」
「!」
愕然とするリンナの、部屋に。荒々しくドアを開けた人物が押し入ってきた。
「ああっ! 間違いないわ! 私のベリンナリンっ!」
「わっ」
女性だった。翠色のドレスを着た彼女は、泣きながら、アイネを突き飛ばすように駆け寄って、リンナに抱き着いた。
「……なっ。なによ」
「うわあん! 心配したのよ! ベリンナリン!」
戸惑うリンナ。
アイネは体勢を立て直して、彼女を観察する。
「……エトメリアン、様」
「えっ」
第一王女。絶世の美女と噂の王女だったのだ。
「ベリンナリン~!」
「……お姉、さま……?」
「そうよ! 覚えている!? わたくしは、貴女が行方不明になったと聞いてから、毎日『祈って』いたんだからぁん!」
「…………!」
涙も鼻水も全て擦り付けるように、感情をリンナへぶつけるエトメリアン。
「……私は」
ここでようやく。
リンナは、自分が『リンナ』だという自覚が生まれてきた。
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