お役所仕事? いいえ、お役所が天国仕事なのです

 リンカネル局長のもと、突貫工事で行われた天国転生局の創設。

 上司の無茶ぶりに慣れた天使たちは、早々に開局の段取りを済ませました。

 しかし、ここで困ったことがひとつ。

 天国の正式な役所になったということは、神様の気まぐれで対象者を選ぶのではなく、天使たちがいちいち選別しなくてはならなくなったということ。

 つまり、対象者は全ての死者になったわけです。


「まず、最初に異世界への転生を希望するかどうかを確認しましょう。全ては捌ききれませんから」

「はっ」


 仕事が増えたことを内心で神々に毒づきながら、リンカネルは与えられた役割について考えます。

 ただでさえ仕事の規模は極めて大きくなってしまっています。どうすれば自分たちの手間を減らすことが出来るかということ。そして。


「許可は徹底して出さない方向で考えています」

「よろしいのですか?」

「仕方ないでしょう? 改善が目的なのです。厳選に厳選を重ねなくては」

「確かに」


 とても良い笑顔で、配下として割り振られた天使たちが頷きました。

 誰も決して口には出しませんが、能天気な行動で仕事を増やした上司どもへの意趣返しも多分に含まれています。

 そもそも、別の世界に魂を送るなど決して楽な作業ではないのです。今回からは先方の世界との折衝まで天使がしなくてはなりません。どの世界だって、よそから異物を放り込まれることを喜ぶはずもなく。最終的には上司の威光を使うことになるのでしょうが、上司と違って天使たちには頭ごなしに他の世界の神様に言う事を聞かせることなどできません。

 そういう手続き上の面倒を避けることと、こちらを手軽な消耗品とぐらいにしか考えていない上司どもへの嫌がらせ。あとは神々の都合であっちこっちに転生させられて不要な苦労を背負い込むことになる人々への同情。

 リンカネルと天使たちの心はひとつでした。


「さあ、始めましょう」


 しかし、事態は天使たちが思っていた以上にややこしいものになっていくのです。







「てめえら俗っぽすぎるんですよ!」


 リンカネルは憤怒の表情で自分の机を叩きました。

 端的に言いますと、思ったより異世界転生の希望者が多かったのです。

 その数、実に九割。


「むしろこの世界が生きにくいのではないかと……」

「どこの世界だって大体一緒ですよ。社会がある限り貧困だって差別だってあって当たり前。生まれ変わった先がここより良い保証なんてどこにもないんですけどね」


 秘書の天使の言葉に、リンカネルはひとつ溜息をついて感情を抑えます。

 神が神なら人も人。いや、人は不完全さこそが可能性なのですから、そうであるのは正しいこと。神様どもと違うのですからと意識を切り替えます。

 そして、愛しい人の子たちといえども仕事は仕事。

 リンカネルは満面の笑顔で言いました。


「人間ども、私たちの作り上げた転生局。たやすく乗り越えられるなどとは思わないでもらいましょう!」


 どうやら意識の切り替えは上手くいかなかったようです。






 転生局が行う最初の仕事は、魂の審査です。

 異世界転生を願ううちのおよそ三割が、この審査の段階で排除されます。

 理由は単純です。犯罪行為などの悪業が魂にこびりついている者は、異世界に向かわせる前にこの世界の地獄で魂の洗浄を行わなければならないからです。

 残りの六割強は、次の書類審査に回されることになります。


「局長! 許可を出すにしても出さないにしても、判断基準がないと困ります!」


 転生局が開局される数日前のこと。業務の最終確認の席でのことです。

 窓口を担当することになった下っ端天使たちの悲鳴を聞いて……というわけではありませんが、リンカネルはにこやかに一覧表を取り出しました。


「転生時に持って行きたい特殊能力のポイント表です。このポイント表は公表しませんので、合計が百を超えたものは問答無用で弾いてしまって構いません」

「おお! 分かりやすい!」


 天使たちが目を輝かせます。

 神々のファジーな基準に振り回されてきた彼ら彼女らにとって、こういう書類があるだけでもありがたいのですから。


「ただし魔法や技術については、本人がどの程度理解しているかを口頭で確認してください。ある程度系統的に説明できる人物であれば、ポイントを減らしても構いません」

「よろしいのですか?」

「ええ。そういう姿勢を見せておきませんとね、上が……」


 ちらりとリンカネルが天井を見ると、天使たちも深く静かに頷きます。

 あまり厳しくしていると判断されないようにするためです。


「その基準は」

「そうですね。ある程度様子を見ながらマニュアルを作っていきましょう。車がガソリンで動くくらいの説明だったら減らさなくて良いですからね」

「はい!」


 リンカネルも天使たちも笑顔です。

 何しろ『人格保持』と『記憶保持』だけで五十ポイントを消費するのです。あれもこれもと足していけば、百ポイントをあっという間に超えてしまうのは目に見えていました。


「百ポイントを下回っている場合は、二番目の書類審査に進ませます」


 リンカネルが視線を別の一団に向けました。

 最初の窓口担当と比べると、圧倒的に数の少ない天使たちが頷きます。


「魂の持ち主が生前に行った世の中への貢献値に基づいて、再度審査をすること。よろしいですね?」

「貢献値が百を超えることはないのでしょうか?」


 そんな質問にも、リンカネルは動じません。

 今度は指を天井に向けました。


「たまにはいると思いますよ」

「では……」

「そういう人たちは転生局に来る前に、上の方々が自分の所に招くでしょ?」

「ああ」


 そういう素晴らしい人材は、神々だって外の世界に放り出したくありません。

 自分たちの元に招いて、飽きるまで饗応したり婿にしたり嫁にしたり。その辺りは天使たちも異存ありません。


「貢献値と次の生への願いのバランスがしっかり取れている者は、次の窓口ですね」

「この時点でどれくらい絞られていると思いますか?」

「一日に一人いるかいないかだと思いますよ」


 何しろ、死者は自分が持ち込みたいと考えている特殊能力のポイントと、自分の生前の貢献値を知るすべがありません。

 そもそも貢献値が五十を超えること自体、そうそうあるわけではないのです。

 リンカネルは異論が出ないことを確認すると、残りの天使たちに視線を向けます。


「第三から第十二の窓口の皆さんは、甘やかし、説得、泣き落とし、脅迫、この世界での素敵な来世保証。どんな手段を用いても良いので異世界への転生の気持ちをくじいてください。手段は一切問いません!」

「はい!」


 言い方。

 しかし、天使たちのどこからもツッコミが入ることはありませんでした。彼ら彼女らが考えていることには、おおむね大差がないということでしょう。


「第三から第十二窓口までを鉄の意志で乗り越えてしまった魂は、仕方ないので異世界に転生させます」

「はい」

「年に一人くらい居ればいいですね」

「局長。しかし、それでは上からのノルマが……」

「心配いりません」


 リンカネルは自信満々に胸を張りました。

 当然、その問題については考えているのです。その辺り、局長を任されるだけあって抜かりはありません。


「第二窓口で撥ねられた魂に、チャンスを与えます」

「チャンス」

「ええ」


 リンカネルはこの日初めて、禍々しくも見える笑みを浮かべました。


「第十三窓口。きっと皆さん、ここの業務に回りたくてたまらなくなりますから!」


 説明を聞いた天使たちは、ひとり残らずリンカネルと同じような笑みを浮かべるのでした。

 きっとこれも、ロクでもないことです。






 彼ら彼女らには自覚がないようですが、何しろあのロクデナシの神々から生み出されているのです。

 天使が真っ当だと、誰が言いましたか?

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異世界転生計画~この計画書ではあなたの転生を受理することは出来ません~ 榮織タスク @Task-S

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