いかにして異世界転生はお役所仕事になり果てたか
お前らチートは違法です
神様は、人類の創作をことのほか好んでいます。
地上では昨今、異世界転生や異世界転移が大人気。神様たちも意識や体を分割して、無数に生み出される作品群を余すことなく鑑賞する日々です。
そんなある日、この世界の最高神様はとある死者を目にしました。
人の命を救ったがために自分の命を失った、そんな素晴らしい心映えの。
最高神様はふと思いつきました。このシチュエーションは!
「今すぐかの者の魂をこれへ!」
最高神様の思い付きとは、すなわち天啓です。
基本的に天界は上の命令に絶対服従の世界です。魂は天使たちによって丁重に神様の前へと連れ出されました。
「貴公の高潔な行いに私は深く感じ入った。記憶を残して別の世界へと転生させて進ぜよう」
そしてすぐさま、自分より格下の神様の治める世界へとその魂を送り込みます。格下相手であれば発覚したとしても文句を言われることはありませんから。その辺りの安全マージンを確保するのは人間も神様も変わりません。
同時に魂の持つ記憶を維持するために包み込んだ最高神様の力が、加護としてその赤子に宿ったのです。
「さて、かの者は新しい世界でどのような道を選ぶのか。楽しみであるな」
最高神様はわくわくしながら、最初の一人である少女の成長を見守ることにしたのでした。
喜ぶべきか悲しむべきか、最初の転生はまるで物語のように上手くいってしまいました。
少女は生まれ持った才能と加護を存分に活かし、生まれ変わった異世界に大胆な改善をもたらしたのです。
彼女の生涯を満足とともに見守った最高神様は、転生先の神々から感謝されたこともあり、残念なことに味を占めてしまいました。
志を同じくする他の神様と共に、見込みのある死者を次から次に別の世界へと送り込みはじめたのです。
そしてその試みは、当然ですが上手くいくことはありませんでした。
『この、バカモノがあああっ!』
「ひええ、すみませんすみません!」
他者を圧倒するほどの力を安易に手に入れた者が、世のため人のためにその力を振るうことは、決して多くありません。
力を好き勝手に振るい、転生先の世界を混乱に陥れた者のなんと多いことか!
もちろん神様も、自分より格下の神様が治める世界ばかりを選んでいましたが、格下の神様にも手がないわけではありません。
より力のある神様にすがったのです。
『そなたらの道楽で他の世界に迷惑をかけてどうするかっ!』
「ひいいっ!」
格上の神様に叱られることは、神様にとっては数少ない、本当に恐ろしいことなのだとか。
悲鳴を上げてうずくまる自分たちの最高神様に、それを見守る天使たちは溜飲が下がったとかもっとやれと思ったとか。
『良いか、責任を持って迷惑をかけた世界の修正に協力するのだ!』
「は、はいっ! 必ずや!」
どうやらこの神様は高潔な精神を持った素晴らしい方であらせられるようです。
天使たちの何割かが上司を変えて欲しいと思ったことでしょうか。
無駄に耳の良い自分たちの上司に聞こえないよう、天使たちが心の中で溜息をついた気配がありました。
『そして……』
「は、はぁ?」
『次は上手くやるのだぞ? 私たちはいつでも見ているのだからな』
前言撤回です。
よく見れば、いと高き御方の手には、この世界発信の異世界転生モノが収まっていました。
てめえもか。
天使たちの内心での口調が荒々しくなってしまうのも無理はないと言えましょう。
「と、いうことは。今後もこれを続けろと……?」
『その通り、ロクでもない転生案件を出来る限り抑えて、我らの楽しめる転生案件を見せてくれということよ。安心せい、手段は問わぬ』
「は、ははぁっ!」
『ああ、それと』
「まだ何か!?」
『ロクでもないものを好んでおる高き方々もおられるゆえ、全部なくすのは困るぞ』
「そ、そうですか」
『返事は?』
「ぜ、全身全霊を込めて!」
何故でしょう。
平伏する上司の表情が、天使たちには不思議なほど克明に思い浮かぶのでした。
たぶん、今の自分たちと同じような表情をしているでしょうから。
極めて最高神様の自業自得な事情ではありますが、この世界は良質な異世界転生を生み出さなくてはならなくなったようです。
どの世界の神様も、それなりにロクでもねえということが証明されてしまった今回の一件ですが、この程度の無茶ぶりは実はそれなりにありがちです。
そしてこういう時に割を食うのは、いつだって配下の天使たちなのです。
会議室と銘打たれた空間の中で、沈痛な顔をした神々が車座になって頭を抱えています。
「どうなさる」
「うむ」
神様の世界も、それなりに前例主義です。
やむを得ない事情でもない限り、始めてしまったことを止めたりはしません。
今回の場合、むしろ『やむを得ない事情』の方が厄介でした。
何しろ、改善は求めても中止は断固拒否という姿勢なのです。最高神様はクレームをつけてきた御方よりも更に高き御方に泣きついたようでしたが、様子を見る限りその試みは失敗したのでしょう。
こうなれば、改善に向けて動くしかないのです。最高神様をどなたも糾弾なさらないのは、おおむねどなたもこの件に関しては言えば特大のブーメランとなって戻ってくるお立場だからです。
どいつもこいつも。
「改善、と言われてもな」
どなたかが溜息をつかれました。
そもそもこれまでは他の世界に送り込んだ時点で基本的に野放しです。その方が自由に動けるわけですが、同時に無軌道にもなりがちです。
「監視をつける、というのは」
「駄目でしょうな。先方が嫌がりますぞ」
これは天使たちもやむを得ないことと思っていました。どこの世界に、よそからの監視を歓迎する上位者がいるでしょう。
自分たちで監視するにしても、有限であるリソース(つまり天使)をたった一人のために割くのは現実的ではありません。
「加護を弱めてみましょうか」
「構わんが、現実的かな? 元の世界の記憶を持っているだけでも相当な優遇だぞ」
「では記憶は残さない方向で?」
「それでは意味がなかろう! どこの世界でも普段からそれなりにやっているではないか」
記憶が戻る年齢を変更させようとか、いくつかの代案が出ましたがその辺りは保留となりました。
実際問題として、その辺りの精密な操作は手間です。神々は自分たちが楽しむのは好きですが、その為に手間をかけるのは極力避けたい傾向にあります。
「人柄を見ますか」
「見てこれなのだぞ?」
ミテコレナノダゾ。何でしょうか、新手の絶望の呪文か何かでしょうか。
現状、九割の転生者が何かしらの問題を起こしています。
これをせめて二割程度まで下げろというのが今回の命題でした。
天使が頑張って作った転生者の動向のリストを目で追いながら、誰もが額を抑えていました。
「ひたすら成長して、最高神に喧嘩を売った」
「位人身を極めた途端、飽きたと言って無気力になった」
「途中で何がしたいのか分からなくなった? 大陸の半分を焦土にしておいて何言ってるんだこいつ」
「げっ。生活環境の自動化を成功させたくせに、知識を何も残さず死んでる! どうするんだコレ、文明滅ぶぞ」
出るわ出るわ。
最高神様は耐え切れぬとばかりに叫び声を上げました。
「お前ら! チートは! 違法です!」
どの口で言っているのでしょうか。
さて、いつ尽きるとも知れぬ会議ののち、神様たちはようやく方針をお決めになりました。
「天界に転生局を新たに創ることとした。書類審査や面談などの上、問題ないと判断した者のみ転生の許可を与える」
その判断はどうやらこちらに丸投げとなったようでした。いつだって神々の起こした問題の解決には天使たちが駆り出されるのです。
とはいえ悲しい宮仕え。天使たちは黙々と準備にかかります。
「いいか、転生局は死者の希望条件と死者の資質に釣り合いが取れているかを確認するのだ。あまり過剰な要望は突き返しても構わん!」
「良いのでしょうか。その場合は天界に死者が溢れることになりかねませんが」
「む。それは確かに面倒だ。よし、第一の審査を突破できないまま一定の時間を超えた場合は強制的に昇天させることとする。そうすれば手間も減ろう?」
勇気あるひとりの天使の問いに、最高神様は確かにと頷かれました。
手間が減る。天使たちはその言葉に少しだけ胸を撫で下ろします。彼ら彼女らの心の中で、問いかけた天使への評価が急上昇したのが分かります。
と、最高神様も興味を持たれたようで、天使に向けて重ねて声をかけられました。
「そなた。その視点には見るべきところがある」
「ありがとうございます」
「そなたに名を与える。リンカネルというのはどうか」
リンカネルの頬が引きつりました。
この流れですと、名を与えられる栄誉はまったく嬉しくないからです。
「ありがとうございます」
「うむ。ではリンカネル。そなたを転生局の局長に命じる。善く皆を動かし、善く転生を差配せよ」
「……謹んで承ります」
一瞬の間。
最高神様は気付かなかったようですが、リンカネルは深々と頭を下げました。
他の天使たちの感謝と同情の視線が降り注ぐ中。
リンカネルは心の奥で最高神様に毒づきました。
――おぼえてやがれ
と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます