異世界転生計画~この計画書ではあなたの転生を受理することは出来ません~

榮織タスク

この計画書では受理できません

「申し訳ありません。この内容では受理できかねます」


 人形のように美しく整った顔に、貼り付けたような笑みを乗せて。

 窓口の天使は彼に書類を差し戻しました。

 血の気のない――死後なのですから当たり前かもしれませんが――顔で書類を受け取った男性が、震える声で聞いてきます。


「な、何がいけないんだ?」

「そうですね、簡単に言えば……全部です」


 表情を何一つ変えることなく、天使は早口でまくしたてます。


「まず転生希望先の貴族ですが、書面上の状況で国体を維持できている国家はほぼありません。高確率で他国からの干渉を受けてクーデターが起きるか攻め滅ぼされるでしょう。貴方が成長するまでの生存確率は一割を切ります」

「はぁ!?」

「また、魔法適性が高いと計画書には書かれておりますが、少々記載されている情報が少なすぎるのでもう少し内容を追加していただきたいんですね」


 書類をめくり、赤ペンで丸をつけられた場所を指し示します。

 男性はこの時点で頬をひくつかせていますが、天使にはいっさい遠慮がありません。


「魔法がどういった理論と法則で行使される世界かを記載してください。基礎的な法則が違う世界で偶然魔法を使えるようになるなどという夢は見ないように。また、理論と法則についての知識と理解度が分かりませんと、単純にご希望の適性の基準が策定できませんので出来れば論文形式で提出してくださいますと助かります。取り敢えず口頭で軽く提示していただけます? 内容に不備がなければ書類提出後の論文提出にしてもかまいません」

「ええと、あの、マナとかエーテルとかを使って、こう」

「はい。ガソリン車は石油で動く、くらいの説明ありがとうございます。貴方の知識量での魔法適性は、一般人と同程度となります。それで大規模魔法を使えるようになるにはおよそ八十年ほどの研究研鑽が必要となります。おおむね寿命ですね。当然ですが、宮廷魔導師への就職は不可能でしょう」

「そんなぁ!?」


 悲鳴が上がりますが、天使は華麗に無視しました。

 何しろ男性の後ろには、審査待ちの行列が出来ているのです。彼ら彼女らの計画書を昇天までの間に一度は確認しなくてはなりません。昇天までの時間は決して長いわけではありませんから、躊躇も容赦もしていられません。


「あとこの『鑑定技能』についてですが」

「それくらいなら」

「つまり辞書ですか? 買いましょう。あるいは辞書編纂を仕事にしたいということでしたら、貴族よりも学者系の家への転生が望ましいのではないでしょうか」

「そうじゃなくて!」

「ではこの『技能』について詳しい説明をいただけますか。これまでに何人もの希望者からおおむね似たような内容を提示されていますので何となく分かりますが、念のためお伺いします」


 天使のにべもない言葉に、男性もいい加減我慢の限界だったのでしょう。

 形相を憤怒に染め、血流もないのに顔を真っ赤にして怒鳴り散らしました。


「チートしたいんだよ、異世界で!」

「チートはあなたの世界でも違法ですよね?」

「こっちでは違法かもしれないけどさぁ!」

「当たり前ですが、どの転生先でも違法です」

「ちょっとくらいいいじゃないか!」

「違法です」

「こっそり技能一個追加するぐらいなら」

「違法です」

「えっと」

「違法です」

「……あの」

「違法です」


 天使は書類から手を放しました。男性の手から書類が滑り落ちますが、最早彼との時間は終わっています。

 にこやかに、最後の一言。


「これ以外にも記入ミス、記載漏れが合計十五か所ほどありましたが、まずはここが訂正されていない限りこの審査を通ることはありません」


 とぼとぼと列を離れていく男性。彼の昇天までに残された時間は、そう多くありません。書類の訂正が間に合うか、強制昇天となるか。天使はテーブルの下にある時計を確認しました。


「あっ」


 天使が声を上げたのと、男性の頭上に光が差したのはどちらが早かったでしょうか。

 男性も気づいたようで、光から逃れようと走り出します。


「い、嫌だっ! 俺は、次はもっと――」


 しかし最早手遅れでした。男性の体は光に引っ張られるように空中に浮かび、天高くへと運ばれていきます。暴れる姿は徐々に薄らぎ、あっという間に光の中に溶けて消えたのでした。

 その様子を見送った行列の面々は、真っ青になって自分の書いた書類に目を落とします。中には書き直そうというのでしょう、行列から離れて記載台へと戻っていく姿も。


「は、早くしてくれ! 時間制限があるなんて聞いてないぞ!」

「そうよ! あんな風になるなんて冗談じゃないわ!」


 こほん。天使はひとつ咳払いをすると、居並ぶ行列に向けて満面の笑みで告げるのです。


「次のかた、どうぞぉ」


 ここは天国。転生局。

 最近妙に増えた異世界への転生希望者や転生先の秩序を管理すべく、時の最高神様がこさえたお役所でございます。

 これから始まりますは、異世界転生にまつわる悲喜こもごも。

 どうぞお時間に余裕のある時にでも、ご笑読下さいませ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る