最終話

「ビクトリア! 久しぶりだな!」


例のミッションが終了してからはビクトリアと船長とはどこか疎遠になりつつあった。関わる理由が無くなったのだから当然と言えば当然だが少し寂しい気もしていた。ビクトリアから久しぶりに三人で会おうと誘われたときに内心嬉しかったのは内緒だ。


「・・・・・・うん。船長は来てる?」


「もうすぐ来るんじゃないか? まあ今田舎に住んでるらしいし、時間がかかってるのかも」


「そう」


明らかに様子がおかしいのは一瞬で分かった。視線はどこか一点を見続けていて表情も消え失せている。色々と聞きたい事はあったが声を掛けられる雰囲気でもなく。そして二人で記念公園のベンチに腰を下ろした。今日は行けなくなった、と言う連絡が船長から届いたのはその十分後だった。


「船長、今日来れないって」


ビクトリアの方に目を向けてみたが、彼女はまだどこか呆然としていたが、何か決心がついたのか口元を引き締めた。そして閉じた口をゆっくりと開いた。


「なら仕方ないわ。今日来てもらったのは例の現象について話すためなの」


「例の現象って、あのウルクの第五惑星が崩壊したやつか?」


「世界中の研究チームが原因を究明してるんだけど、なかなか進んでないとか」


「そう、それで私も色々と考えたんだけど、一つ全ての現象を説明できるものがあるの」


「そうなのか。それでもう報告とかはしたのか?」


「報告したんだけど、一蹴されて・・・・・・」


ビクトリアはどこか哀しそうな表情を見せた。


「まあ、聞かせてくれよ。そのために呼んだんだろ?」


「うん、二人には絶対に直接伝えないといけないと思ってたんだけど・・・・・・」


何やら含みのある言い方をして、ビクトリアは続けた。


「そもそもワープっていうのは空間を歪ませて余剰次元空間を通過することで実質距離を短くする技術なの」


「その話は何回も聞いたよ」


「それで不可解だったのが、ワープ後の重力場のゆがみが予測とずれていたこと。ほらルイスには話したでしょ」


「ああ、計算が合わないって言ってたやつか? あの時はすまなかったな」


「そのずれなんだけど、私が理論モデルを構築したときは全く考慮してなかった可能性が一つあったの」


「それで?」


ビクトリアは一息置き、そして続けた。


「ワープした後の宇宙が宇宙でない可能性」


「おう、多元宇宙論ってやつか?」


「まあそういうこと。私たちの存在している宇宙は無数に存在する宇宙の一つでしかない。そしてワープ時に別宇宙に出てしまったっていうのが私の説。平行宇宙とも言うわね。これで全て説明できる」


「つまり俺たちは別宇宙に行ったってわけか?」


「そう、便宜上元の宇宙を宇宙A、ワープしてしまった別の宇宙を宇宙Bとするわね。その宇宙Bというのは限りなく宇宙Aに近い宇宙だったの」


「だから他の研究チームは気づいてないのか」


「そうかもね。そして、宇宙Aと宇宙Bの違いはたった一つ素粒子なの」


「それは何なんだ?」


「重力子よ。そもそも重力相互作用は素粒子による重力子の放出と吸収で、その交換の結果として万有引力が生じる。これが場の量子論でみた重力なの」


「なるほど、つまりビクトリアは重力子の違いによって何かしらの力が働いて惑星が崩壊した、と言いたいのか? でも重力子が違うのなら宇宙Bは宇宙Aと全く異なってもいいと思うんだけどな。ワープ先から観測した周りの星も予測と一致してたし」


「重力子自体は異なってもその相互作用は全く同じなの。だからそれぞれの宇宙の物理法則は同一とみなせるわ。まあ宇宙が無数にあるとすればそんな宇宙も存在するんでしょう」


「それは物凄い確率だな。でも相互作用が同じなら、崩壊することも無いんじゃないのか?」


「同じ重力子同士なら、ね。でもその時宇宙Bには二種類の重力子が存在していた」


「俺たち、か」


「そう、惑星という巨大質量に近づくほど異なる重力子同士の相互作用が増えた」


「そして、その相互作用が原因で惑星を保つ重力バランスが崩れて、バラバラになったと」


「うん、ワープ後の重力場のずれもこれなら説明できる」


「もしかしたら、接近時に軌道が大幅にずれたのも・・・・・・」


「それはまだ分からないわ。それより本当に伝えたいのは、『私たちはワープを二回した』ということなの」


その言葉を聞いてはっとした。心臓をつかまれるような感覚だ。


「つまり、今いるこの世界も平行世界である可能性があると」


「まだ確証はないけどね。でも仮にそうだとするなら私たちは文字通りこの世界の異物よ。そして異物は必ず和を乱す」


全身に悪寒が走る。自分がこの世界から全く孤立した存在であると考えただけで体が震える。俺たちが越えた光の壁は一方通行だったのかもしれない。そしてビクトリアは続けた。


「だから何か出来る事なんて無いけど、やっぱり船長にも」


突然の強い揺れにビクトリアの言葉は遮られた。揺れはなかなか収まらず、地面に這いつくばることしかできない程だ。かろうじてビクトリアの方を向くと、彼女も同じように地面に伏していた。そして揺れは収まるどころか時間が経つほど激しくなり、視界に建物は映らなくなった。ミシミシという音が聞こえたと思うと視線の先では大きな亀裂が道路や樹木を飲み込みながら真っすぐこちらへ伸びてきる。そして周りの地面が崩れていると認識したときには俺の体は自由落下を始めていた。最後に見えた青空には銀色の物体が赤い軌跡を描いていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「光の壁」の向こう側 松本青葉 @MatsumotoAoba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ