第5話
「ルイス! 何か異常はあるか?」
「いえ、予定範囲内で進行しています」
最接近まであと一時間程が今のところは特に問題は無い。やはりあれは単なる計算ミスだったのだろうか。まあ、あらゆる状況についてマニュアルは既に用意してある。ここで気を張り続けても意味はないだろう。それよりも画面に映し出される惑星の姿の方がよっぽど興味をそそられる。数時間前は惑星の全景を見ていたのに、今や画面には収まりきらない程だ。少し前ではただ『雲』としか見えなかったものが渦を巻き、風に流される様まではっきりと見える。その景色を前にしてビクトリアの眠気も吹っ飛んだようだ。しかし、最接近が迫るにつれて画面は厚い雲に覆われていった。
「だいぶ雲が多いな」
という船長のボヤキに対してビクトリアが続けた。ただでさえ狭い宇宙船のキューポラという最も窮屈な領域に3人が身を寄せ合うのは非合理的でしかない。
「同じ面を太陽に向けて公転してるわけですから、昼側では太陽熱で雲が発生しやすいんです。そんなことも分からないんですか?」
「そんなの知ってるし! ただ感想言っただけだし!」
さすがに船長の知識を信じたいとは思う。
「確かに、これだと表面の可視光での観測は難しいかもしれないですね。レーダーでも積んでたら地形も分かるんですけどね」
と言ってみるとビクトリアがまた
「いや、そもそも惑星表面を接近観測するような船じゃないから」
とつっこんでくる。いちいち面倒臭いなこの女は、と思いながら言い返そうとビクトリアの方に視線を向けようとしたところに船長の明るい声が聞こえた。
「おい! 雲が晴れてきたぞ!」
画面に目を向けると確かに雲の量が減り、その隙間から海に囲まれた緑に覆われた大きな島が現れた。
「ん?」
息を漏らしたビクトリアの方を向くと、彼女の眉間にはしわが寄っている。そして
彼女はゆっくりと口を開いた。
「あの島の海沿いってなんであんなに白いの?」
画面を注目してみると確かに白い。それも雲よりもくすんだ白で、所々暗い部分も見える。
「ルイス、拡大できるか?」
「え? 一応できますけど、他の箇所の撮影が・・・・・・」
と言い終わらない内にさらに
「どうせ、雲しか見えないだろ! 船長命令ってことでいいから」
船長はいつもでは考えられない程の早口で言った。何か焦っているのだろうかと考えを巡らせながらもカメラの設定を変更して最大倍率で例の箇所を画面に映した。
「これは・・・・・・」
三人は文字通り言葉を失った。画面に映し出された白い領域は明らかに都市だった。整然と幾何学模様を描く道路の間には角ばった建物が密集しモザイク画のようだ。流れる川にはたくさんの橋が架かり、所々には公園のような領域も見える。どんな考え方をしても知的生命体によって生み出されたとしか考えられない景色がそこにはあった。
「人類はようやく友達を見つけたみたいだな」
そう話す船長を見ると目元には涙が浮かんでいた。それを見てこっちまで感慨深くなってしまう。今までは生命の存在する可能性が高い星を見つけることはできても実際に確かめることはできなかった。色々と考えがめぐった。どの程度の文明レベルなのか。何を使ってコミュニケーションを取っているのか、炭素ベースの生物なのか。まるで子供に戻ったかのように好奇心が湧き出てきた。しかしビクトリアの震えた声によって現実に引き戻された。
「町が・・・・・・」
画面を見ると、そこには先ほどと変わらない都市の姿があるはずだった。しかし町の中央の建物が明らかに崩れていた。土煙も見える。そして崩壊は津波のように街を飲み込み始めた。町が土煙に覆われるのも時間の問題だった。
「何が起こったんだ?」
そう口に出さずにはいられなかった。二人も驚きのあまり画面を見たまま固まっている。そしてしばらくすると土煙が晴れてきた。しかし土煙の下に隠れていたものは巨大な地割れだった。その地割れは広がり続け、街が地面の下へと引きずり込まれていく。あまりに衝撃的な現象を目の当たりにして呆然としていた。その隙が状況の把握を遅らせた。船は既に重力圏に入っていたのだ。そしてふと計器を確かめると、最接近予定高度がかなり低い。このままでは大気圏に突入してしまう。もしこの速度で大気圏にかすってしまえば船体は熱に耐えられない。
「船長、最接近点が予定より大幅に低いです!」
そう伝えると船長はとっさに叫んだ
「最接近までの時間は!」
「一時間・・・・・・」
「さっさと全スラスターで加速しろ!」
全スラスタ―を噴射するがなかなか高度が上がらない。想定していた最悪の状況よりも悪い。悪すぎる。体中の血の気が引いていくのを感じた。何も考えられない。何も考えたくない。
「星が、崩れていく」
じっと画面を見つめていたビクトリアがそう漏らした。その声を聞いて画像の倍率を引き下げて見ると、あの美しかった惑星の表面から巨大な岩石が剥がれてものすごい勢いで崩れている。地面に走る亀裂には海水がなだれ込むが、亀裂を満たすには水が少なすぎるほどだ。そしてついに、星が割れた。裂け目の奥は赤い光で包まれ、大量の蒸気が沸き上がっている。崩壊は加速している。
「やばいってー。このままだとあの裂け目に飛び込むことになるじゃん。いや、その前に燃え尽きるか」
と船長が叫んでいる。極度の緊張状態で逆にリラックスしているのかもしれない。そして姿勢制御用スラスターの燃料が尽きた。
「だから接近するべきじゃなかったんですよ」
とビクトリアが半泣きになりながらつぶやいた。もうダメかもしれないと思い始めたとき一つの方法が思い浮かんだ。
「ワープしよう」
二人の視線が自分に向けられるのを感じた。
「それしかないか」
船長も続ける。
「いや、何も準備できてないから! エラーの修正もまだだから!」
とビクトリアが色々と言っているが、本人も腹をくくったのだろうか
「はいはい、やるしかないんでしょ! クソ、誰かさんがあの時リソース分けてくれれば・・・・・・」
「準備までどれくらいかかる?」
「最低限の解析ならあと十分・・・・・・」
十分か。この船はもう大気圏に突入しかかっている。あとはどれだけ熱に耐えられるかだが、船外殻の温度は微量ながらも上昇し始めている。そしてその上昇の速度はどんどん増している。あとは計算が速く終われと祈ることしかできない。
心なしか船内の気温が上がってきたような気がしてきた。船の外殻の振動も激しくなってきた。そしてついに待ちわびたビクトリアの声が聞こえた。
「終わったー!」
「待ってました!」
次の瞬間船内は静寂に包まれた。
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