少年と亡霊妃と悪魔の目覚め
「状況は?」
「意識はありますが、まだ半覚醒といった感じです」
「となると、薬は抜けたか」
サナルカはモノクルの奥の瞳で、ベッドの上で身を起こす少女を、睨み付けるかの様に観察する。
少女の様子は、確かに目を覚ましてはいるが、目は虚ろでまだ意識は完全には戻っていないが、あの禁薬を投与されてこれなら、確実に今日明日中には意識を取り戻すだろう。
しかし、それを待ってはいられない理由がある。
「亡霊妃、間違いはないんだな」
『妾がその様な詰まらぬ虚言を吐くと? そやつの背にある刺青は、間違いなく魔界の最上位悪魔の家系のものじゃ』
「しかも、魔界第二位のガベルナ家の者、か……」
サナルカの記憶に残るあの魔王に次ぐ存在、あの悪魔と一騎打ちの結果相討ちとなり、次に目覚めた時には魔王はあの愚か者に討ち倒されていた。
あの時程、己の力不足を悔いた事は無い。
あの愚か者のせいで、イザベラはあの様な目に遇ったのだから。
「……亡霊妃」
『カテルラの薬が効いとる様じゃの。直に頭も覚めるじゃろ』
「そうか。……しかし、禁薬か。あのドグサレイカれ錬金術師は、あの時殺しておくべきだったな」
『トリメアなら諦めよ。あやつは妾でも殺しきるのに、骨が折れる』
「ちっ、おい二人」
「はい」
「なんでしょうか?」
「私達は治療に入る。お前らはこのガキを見てろ。亡霊妃、行くぞ」
『……仕方ないのう。主様、妾はちと離れるぞ』
「うん、いってらっしゃい」
病人相手だろうが、葉巻の火を消さないサナルカが、急かす様に二人に指示を出す。
そして、色の濃い紫煙を吐き出し、部屋の扉を開く。そこはサナルカの空間魔法で繋がった異空間であった。
サナルカは魔法で繋げた異空間に入ると、テレスティアに話し掛ける。
「亡霊妃」
『お、相変わらず空間魔法が下手くそじゃのう。ほれ、ここもあそこも綻びがあるではないか。いや、これは無理矢理繋げおったな?』
「話はそれじゃない。……厳密には空間魔法ではない。お前はよく分かっているだろう」
『ヒャヒャヒャ、妾の真似事、空間魔法にこの様な異空間は必要無いからの』
「……旧い業、今や
世界には、魔法がある。
その中でも、
テレスティアが得手とする空間魔法も、そんな喪われた業の一つでもあり、サナルカは数百年掛けて、その再現を目指したが、その結果はこの空間魔法擬きだ。
サナルカは、あまりにオリジナルからかけ離れた業故に、あまり使いたくないのが本音だが、移動時間の短縮や金を必要としない研究施設の拡張、最高機密の封印等、便利なので仕方なく使っていた。
「話を戻すぞ」
異空間の中、その中に並ぶ扉の一つを開き、サナルカが言った。
「あの娘はガベルナ大公の血縁、もしくは係累に間違いない」
『うむ、あの背の刺青は間違いなく、ガベルナの証じゃ。しかし、鹿角とは最高位悪魔らしいのう』
「問題はその最高位悪魔であるガベルナ大公の血縁が、何故か人界に居て、しかも禁薬を打たれて奴隷として売られかけた事だ。……今、攻め込まれたら人界は確実に滅ぶぞ」
人界が滅ぶ事に関してのみを言えば、サナルカとしては特に気にする事ではないが、自分の実験場が無くなるのは避けたい。
だが、今回の事に既に関わってしまった以上、間違いなく自分にも責が及ぶ。ガベルナとサナルカの実力はほぼ同等、今度戦えばどちらかが倒れる。
「亡霊妃」
『正直、〝今〟の妾ではガベルナの奴は少々骨が折れるぞ。まあ、〝条約〟を破れば片手間じゃがの』
「そういえば、お前にも〝条約〟があったな」
面倒な話だと、サナルカはいくつかの生薬を棚から取り出しつつ、葉巻を消した。
嘗て、あの
もう守る意味も無い条約だが、今の世界の均衡を崩さない為にも、簡単に破る訳にはいかなかった。
そしてそれは、テレスティアも同じであった。
『既に枯れ果て、破る事は容易い条約とは言え、嘗ての妾の不足が招いた事態。おいそれと破る訳にはいかぬ。まったく、あの愚か者は厄介事しか残さぬ』
「同感だ。戻るぞ」
『うむ』
テレスティアには悔恨がある。嘗て、自身の不足故に、唯一の友である魔王を救えなかった事、そしてイザベラ・ハーフストンを守りたかった事。
そして今、友を救えなかった報いとも言える咎が来た。
──亡霊妃、いや、テレスティア。頼みたい事がある
──なんじゃ? 早うせぬと、人界の愚か者が来るぞ
──〝これ〟をお前に託す
──貴様、呆けたか? 〝これ〟は……
──そうだ。だが、
──愚か者が、ならば妾も出るぞ! 妾とお主が揃えば四界を統べ、あの愚か者共を駆逐する事なぞ容易い!
──すまんな、友よ。我が生涯にして唯一無二の親友よ。我が子らを頼む。
──………愚か者、愚か者め。救いようの無い愚か者じゃ、お主は。
『まったく、どうにもならぬのう』
目の前を歩くサナルカが憎いか、そう問われたならば憎いと答えるだろうが、その憎しみは飲み込み消せる程度ものでしかない。
第一、このエルフも己と似たようなものなのだ。
託され頼まれ、遺された者同士。
ならば、やる事は一つしかない。
『耳長よ。此度の事、妾が取り持とう』
「当然だな。私は魔界には入れんからな」
あの娘の安全を確保し、魔界に帰す。
そう決めた。
そう決めて、荷物を抱えたサナルカよりも先に、マルコ達が待つ部屋に向かおうとした時だった。
「マルコ……!」
悲鳴を含んだレイナの驚愕の声が二人の耳に飛び込んできた。
落ちこぼれの少年は最強の亡霊と出会う 逆脚屋 @OBSTACLE
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