少年と亡霊妃と耳賢者の鍛練

 あのオークションから、早くも三ヶ月が経とうとしていた。

 マルコの学園での扱いは以前変わらないものだったが、最近ではレイナと共によく授業を休んでいた。

 理由は幾つかある。その最たる理由がサナルカからの依頼だった。

 あのオークションから、〝魔王の遺品〟に関する案件をよく持ってきた。そして、その度にマルコとレイナにそれの解決を依頼している。

 ほぼ日替りで舞い込む依頼を果たす為、二人は殆ど授業に出れていない。しかし、その事を問題に感じる必要は無かった。

 何故なら、


「やはり、魔力の変換が出来んか」

「……すみません」

「ふむり、魔力の抽出に関しては、一応ましにはなったがこれではな」

『しかし、何故に変換が出来んのか。ふぅむ、霧散した魔力は主様に戻っておるという事は、魔力そのものは消費しておらん』

「ああ、魔力の消費は無い。そもそも、魔力を抽出しただけで変換も行使もしていないから、当然と言えば当然なのだがな」


 こうして、サナルカだけが入れる秘密の庭園で、依頼の間に四界でも最高峰の二人から直々に、指導を受けられるからだ。

 この指導により、マルコは今までお粗末だった魔力の抽出を、二人基準で一応出来る様になった。しかし、それから先の、魔力の変換と行使となると話が違ってきた。


「魔力の変換式の起動は確認出来るが、起動しているだけで稼働していない。何故だ?」

『お主の変換式がお粗末じゃからと言いたいが、魔力変換に関してはお主が一番じゃからのう』

「起動しているという事は、式自体は魔力に反応している。つまり、魔力自体が変換を拒んでいるのか?」

『変換を拒む魔力、聞いた事が無いぞ』


 マルコの魔力は抽出までは可能だが、行使する為の魔法へと変換しようとすると、途端に霧散してしまう。

 変換せず身体の強化や、テレスティアのラップ音の様に衝撃を発生させる魔法は行使出来る様になったが、火や水と言った属性に変換しようとすると、抽出した魔力が霧散して、マルコの中に戻ってしまう。

 漸く、魔力抽出まで漕ぎ着けたと思った矢先の、まさかの出来事に最高峰の講師二人も、流石に頭を悩ませていた。


「魔力の意思とは本人の意思だ。つまり、ポートランドが拒んでいるという事になるが、この様子だとそれはない」

『主様の魔力に特有の意思があるとでも?』

「仮説の一つとしては面白いな。だが、現実的に言えば落第だ」

『分かっとるわい。じゃが、現時点ではどうしようもないのは事実じゃぞ』


 魔力とは、本人の精神力だ。だから、魔力の性質は本人の気質に由来する。それは魔法の才能であり、サナルカ曰く最大の欠点であるという。


「現時点では、単純にポートランドの素質が魔法向きではない。これが結論だ」

『しかしそうなると、あの愚者の群れをどの様に黙らすか』

「ん? 私はお前が黙らすと思っていたが」

『妾は主様の力じゃが、主様が力を示さねば妾もどうにものう』

「だそうだ。ポートランド」

「はい……」


 マルコは生来、力を振るうという行為をあまり得意としていない。

 性格もあるが、実力が無かったというのが一番の理由だ。なので、召喚師としてテレスティアという最大最強の力を手に入れた現在も、マルコは周りから酷く下に見られていた。

 強い力があっても振るわなければ意味は無い。だが、力を振りかざした所で、力を持つ本人が弱ければ何も成せない。

 マルコ・ポートランドという人間は、根本から強者に向かない人間だった。


『しかし、主様なら妾の使い方を誤る事はあるまい』

「大した自信だな」

『根が善なる弱者とは、肝心な所で間違えぬものなのじゃ』

「詭弁だな。根が善だろうが悪だろうが、人間は間違える。嫌になる程にな」


 サナルカが吐き捨て、葉巻に火を点ける。上等な葉巻は、鼻に突く臭いよりも甘い匂いが強かった。


「だから、あの愚者は間違えた。そうだ、最悪の間違いだ」

『それはお主も、妾もじゃろう』

「……そうだな」


 先程から、マルコは二人の会話についていけてない。だが、二人が過去に何か間違えてしまったという事だけは分かった。

 それが何なのか、マルコには分からない。分かるべきではない。立ち入るべきではない。恐らく、二人が抱えている間違いは、そういったものだ。


『よし、気を取り直して主様の鍛練じゃ』

「だが、これ以上どうする? 属性変換が出来ない現状、どうにも出来んぞ」

『ならば、得意を伸ばせば良い』


 テレスティアはそう言うと、水の入った小瓶を取り出した。


『主様、妾と同じ事をするのじゃ』

「同じ事?」

『うむ、つまりこうじゃ』


 テレスティアが指を鳴らすと、テレスティアの持つ小瓶が弾けた。しかしそれは、マルコがよく見る様な外から割れた弾け方ではなく、中から水が噴き出したかの様な割れ方だった。


『では、りぴーとあふたーみーじゃ』

「う、うん」


 存外、スパルタな気のあるテレスティアは、もう二つの小瓶を取り出すと、マルコから五歩分離れた場所に置いた。

 そして、もう一度指を鳴らすと、また同じ様に小瓶が内側から弾けた。


『いめーじは打点を小瓶の外より内側、水の中心で弾く感じじゃ』

「……こう、かな?」


 マルコが指を鳴らすと、テレスティアと似た様な感じで小瓶が弾けた。違うのは、テレスティアは瓶全体だが、マルコは一部だけが弾けている。

 サナルカはそれを見て、溜め息を吐いた。


「亡霊妃、お前また面倒な業を教えたな」

『ヒャヒャヒャ、必殺技というやつじゃよ』

「面倒な業ですか?」

「いいか、ポートランドよく聞け。この小瓶によく似た人体の部位は何処だ?」

「小瓶によく似た部位? ……あっ!」


 サナルカが何を言っているのか。マルコは一瞬理解出来なかった。

 だが、次の瞬間理解した。この小瓶の様に丸く、中に液体に近い物を納めた部位は、人体に一つしかない。

 それは頭部だ。


「ヒメ……?」

『安心するとよい。いくら現世の人間が弱くとも、魔力を扱える人間は、無意識の内に己を魔力で護っておる。主様の魔力出力では、脳漿までは届かぬ』

「いや、だけどさ」

「まあ、知っておいて損は無い。……魔法を志すなら、いずれ通る道だ」


 出来れば、命を奪う選択はしたくない。だが、マルコはあのオークション会場で、一度選んだ。

 あれは、マルコが自ら手を下した訳ではない。だが、マルコは自分の意思で命を選んだ。

 あの日の冷たい重たさは、まだ腹の底に残っている。


「あと三回、そうだな。あと三回は連続して、小瓶を弾ける様になれ。今日中にな」 

『主様、ふぁいとじゃ』

「はい」


 そして、それから二時間に渡り、マルコはテレスティアが取り出す小瓶を割り続けた。

 そして、魔力が尽きかけた時、レイナの急報により、訓練は中止になる。


「学長! あの子が目を覚ましました!」

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