少年と亡霊妃と魔力行使
あのハワードとの一件以来、マルコはあまり学園に行けていない。というより正確には、以前に比べて格段に忙しくなり、学園に行っても授業には出れていない。
一応、というか、その代わりとして、サナルカとテレスティアという、四界の何処を探しても、これ以上は無いと言える講師二人による、直々の指導があるのだが、これが中々なものであった。
「魔力の集中と循環は、贔屓目に見て、どうにか及第点と言えなくもない。だが、魔力変換と出力が底辺クラス、お前、どうやって入学した?」
これがサナルカの、マルコに対する評価であり、マルコの現状でもあった。
マルコは身体強化に関する、魔力集中と循環に関してなら、サナルカが身内の贔屓目で見て、なんとかギリギリで及第点に届くか届かないかであり、そこから発展する魔力変換と出力に関しては、壊滅的であった。
いや、寧ろ魔力集中と循環に関して、サナルカから及第点の言葉を引き出せたなら、本来魔力をもたない平民として、快挙と言っていい事だ。
だから、魔力変換と出力も及第点クラスのものが出来るだろうと、サナルカはそう考えていた。
「いいか、ポートランド。何度も言うが、魔力変換、魔力出力と大層な言い方をしているが、所詮はイメージの問題でしかない。つまり、魔力を持つ者なら、誰でも出来ている筈の事が、貴様は出来ていないという事だ」
厳しい言葉だが、それは確かに事実なのだ。魔力の変換と出力は、ある程度の魔力を持っている者なら、当たり前に出来る事。
微量の魔力しか持たない平民でも、薪に火を点ける事ぐらいなら、出来る者も居る。だが、一般的な平民の限界はそこで、マルコは一般的な平民よりは、強い魔力を持っている。
故に、この変換出力に、それ相応の結果が出せる筈なのだ。
なのに、
「やる気が無い、という訳ではなさそうだが、ふむ……。魔力の循環経路も正常、集中密度も以前に比べて、見られるものにはなっている。だが、変換に至ると、集中した魔力が霧散し、出力可能な状態ではなくなる。……ポートランド、もう一度やってみろ」
「は、はい」
言われるままに、マルコは手に魔力を集中させる。
魔力というのは、度々水や液体に例えられる。魔力はそれ単体では、何の特色も無いただの力の塊だが、循環により方向を示し、集中して形を与え、そこから思う姿に変換し、出力すると魔法という姿となり、この世界に影響を及ぼす。
この魔力の扱いで大切なのは、魔力の強さでも量でもなく、イメージだとサナルカは言うが、マルコがいくら火や水をイメージしても、魔力はその姿にはならず、出力し変換しようとした端から、解けて霧散してしまう。
これを数度繰り返して、最後にマッチの火をイメージしたところで、とうとうマルコの魔力が空になってしまった。
「……変換しようとはしている。いや、事実変換は行われるが、変換が行われた端から、魔力が霧散している。ふむり……」
サナルカはモノクルの奥の瞳で、マルコの体内を流れる魔力経路を観察する。流れそのものに淀みは無い。
些か、何らかの影響を受けている様な気はあるが、その原因は考えずとも分かる。
「亡霊妃」
『なんじゃ?』
マルコが学長室のソファーに置いた上着の中、そこにそっと置かれたペンダントから、実に不機嫌そうな声がした。
「お前、これをどう考える?」
『あん? 主の教え方がド下手くそとでも、言われたいのか?』
「真面目に答えろ」
『主様は平民、魔法の行使に貴様の基準を当てはめて、上手くいく筈がなかろ』
「……真面目に答えろ、もう一度言うぞ。真面目に答えろ」
『……これに関しては、妾にもとんと解らぬ。しかし、主様に問題があるのかと言われると……、うぅむ』
テレスティアが贔屓目に見ても、マルコの魔力行使の才能は低い。しかし、魔力の循環と集中までは、問題無く行使出来て、変換と出力が行えないのは、テレスティアから見て不可思議であった。
『主様、魔力の変換を最後に行ったのは何時じゃ?』
「え? あー、最初の方の実技だから、半年くらい前?」
「待て。一応だが、ここは学園だ。その半年間、お前は何をやっていた?」
答えは、分かりきっているだろうサナルカが、実に面倒くさそうに聞いてくる。
学園での一番最初の実技で、マルコは最低の適性値しか出せず、その次の魔力変換の実技では、今と同じ様に霧散していく魔力を、無理矢理変換しようとした。
その結果、魔力が火の姿に変わらずに、なり損ないの熱となり、マルコの掌に軽い火傷を残して終わった。
それからも、何度か挑戦し失敗してを繰り返して、誰からも見放され、
「唯一適性のあった《召喚師》の実技で失敗して、そこから僕は基本居ない者でしたね」
と、そこまで言うと、サナルカが額を押さえ、テレスティアが後ろから、そっと抱き締めてきた。
『耳長』
「ああ、分かっている。人の研究所を学園と銘打って、好き勝手しておいて、その責任を放棄した連中は、それ相応の対処を取る。……抜き打ちの試験でもしてやろうか」
『当たり前じゃ。仮にも教職に就いておきながら、人材の育成を怠るなどと……、ええい、腹立たしい事この上ないわ! ……一人残らず祟ってくれようか』
サナルカは自分の膝元で、愚か者が実験場を荒らしているのが気に食わないだけで、命までは取る気は無い。ただ、サナルカ基準の試験を抜き打ちで行い、基準値以下の者は即解雇と、者によっては心をへし折るつもりなだけだ。
しかし、テレスティアは違う。間違いなく、殺しにいく。しかも、手勢の
彼女なら、抜かり無くそれが出来、彼女の手勢もそれが出来て当たり前な者達しか居ないと、この数週間で再確認した。
「ヒメ、祟っても良い事無いからやめよう?」
『しかしだな、主様。彼奴らは主様を嗤っておるのだ。虚仮にされ、侮辱されておるのだ。妾には、それが我慢ならぬ』
困った。以前のマルコなら、テレスティアと同じ様に、自分の現状に憤慨しただろうが、どうにも最近、テレスティアとサナルカという、四界最高峰の存在に触れ過ぎて、学園で嗤われても、特に気にならなくなっていた。
「そうは言ってもさ、暴力だけで解決は駄目。分かった?」
『……慈悲深き主様じゃ。主様の慈悲に、あの木っ端共めらは何時気付くのやら……』
深く溜め息を吐くと、テレスティアはマルコの頭上をふわりと一周し、指を鳴らし快音を、部屋に響かせた。
すると、大量の書籍と羊皮紙、そして呪物の山の中に、一つの扉が現れた。
「相変わらず、おかしなレベルの空間魔法だな」
『ヒャヒャヒャ、いまだに妾の猿真似しか出来ておらぬ癖に』
「……空間魔法で、貴様の右に出る者は居ない。貴様自身が、嫌という程によく知っているだろう?」
『……口が過ぎておるぞ、耳長』
一瞬、部屋の温度が著しく下がり、灯りも薄暗くなった様に感じた。恐らく、今サナルカが口にした内容は、テレスティアの過去に関係しているのだろう。
サナルカを睨み付けるテレスティアの目は、異様なまでに冷たく、狂気すら感じる程に、強い怒りを孕んでいた。
その異様な空気の中、テレスティアが呼び出した扉を叩く音が、弱々しく鳴った。
「失言だ。まあ、許せ」
『次は無いぞ。……ああ、主様。すまぬ、不快な思いをさせてしもうた』
「いや、うん。僕は大丈夫だよ。それよりも早く開けてあげようよ」
ノックの主は、レイナだった。
「扉をノックしようとした瞬間、もの凄い殺気というか冷気というか、凄まじいものが漏れ出てましたけど、何かあったのですか?」
『気にするでない、イザベラの娘よ。ただ、そこの耳長の失言じゃ』
「は、はぁ?」
気の抜けた返事だが、仕方ないだろう。
彼女は一度、サナルカに視線を向けるが、当の本人は葉巻を吹かしていて、既にこの話題に対する関心は薄そうだ。
次にマルコを見るが、困った様な表情が返ってくるだけで、何があったのかは分からない。
しかしまあ、それも何時もの事だと、レイナは脇に抱えていた紙袋を、テーブルに下ろす。
「とりあえず報告ですけど、学園内は聖天教が幅を利かせてますわ」
「やはりか、端金目的で教会なんぞ、建させるべきではなかったな」
『お主の失態が元で、主様が迷惑を被っておるのじゃ。疾くなんとかせぬか!』
「喧しい。まずは現状を、ハーフストンに聞いてからだ」
「はい、ではまず……」
レイナの報告を聞きながら、マルコはあの日から今日までの、怒涛とも言える日々を思い返す。
今にして思えば、割りと命の危機もあった様な気もするが、今生きているので良しとする。
それよりも今は
「また、噂ではありますが、あの魔族の娘の件が流れています」
あの日、助け出した魔族の娘が、いまだに目を覚まさない。それが気掛かりで仕方なかった。
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