第8話

「私、東京に行くことになったんだ」


 武田さんからその言葉を聞いた時、俺は頭が真っ白になった。

 

「東京?」


「そう! 私ね、ずっと東京に住むのが夢だったから」


 話を聞いてみると、東京の都心にある大学に、推薦で受かったみたいだった。

 俺はその時、おめでとうだとか、流石とか、そんな言葉をかければよかったのに、全く思い浮かばなかった。


「そっか」

 

 武田さんが、そう言って欲しかったんだっていうのは分かっていた。でも、東京はここから遠い場所にある。そう何度も会える訳では無い。

 会う頻度が少なくなって、なんでもない知り合いくらいの付き合いになってしまうことが、俺には耐えられなかった。

 そんな時、俺は無意識でこう呟いていた。


「じゃあ、俺もその大学に行くよ」


 武田さんは目を見開いて驚いたが、やがて笑って。


「嬉しいけど、どうして?」


 と言った。


「あんまり志望校とか決まってなくてさ。名前も聞いたことあるところだし、武田さんが行くなら、そうしようかなと思って」


 俺は適当にはぐらかしてしまった。

 思えばこの時に告白してたら、シチュエーション的にも最高だったと思う。

 でも、俺は自分の気持ちに鈍感だった。


 ――ピタ。


 なんかヒヤヒヤする。

 どうやら夢だったようで、ゆっくりとまぶたを開けた。

 おでこに何かがくっ付いてるのに気づき、俺は雑にそれを剥がした。

 なんかグチョグチョする。


「な……なんじゃコリャァァ!! グッ、ゲホッゴホゴホ」


「ちょっと、急に騒がないで、風邪ひいてるんだから」


 どうやら、武田さんが俺のベッドまで運んで、熱○まシートまで貼ってくれたみたいだ。


「ごめん、助かった」


「私だけじゃなくて、佳奈ちゃんにも手伝って貰ったから、後でお礼言っておいてね」


「佳奈……あいつ帰ってきてたのか」


「そうだよ。あの子、連絡しても返事がないって心配してたみたいだから」


 そっか、結構心配かけてたんだな。


「今日は、お粥作っておくから。それを食べたら後はゆっくり寝てね」


「いや……でも勉強しないと」


 そう言って起き上がろうとすると、武田さんに抑えられた。


「ダメだよ、今は寝ないと。少し熱が下がってからにした方がいいよ」


「……わかった」


 武田さんは、不安げな俺の顔を覗き込んでいた。

 そういえば、昨日の事、まだ何も謝ってなかった。

 熱で頭がいかれているからか、謝った気がするけど、それは多分、都合よく解釈してるだけだと思う。


「武田さん」


「…………」


「昨日は、ごめん。ビデオ通話の時、多分武田さん聞いてたんだよな。俺、そんなこと全然思って無いんだよ。信じてくれるかは……分からないけど」


 俺は武田さんと目が合わせられなかった。どんな表情をしてるか、見たくなかったからだ。


「2人で運んでる時に何度も聞いたよ」


「え……なにそれ」


「あ、無意識だったんだ。でも、何となく自分でも分かってたよ。あれが本心じゃないってことも。でも、流石にあんなこと言われるのは辛かった」


「う……本当にごめん」


「良いよ。もう済んだことだから」


 なんだ。全部、分かってたのか。じゃあ、もしかしたら次に俺がなんて言おうとしてるのか、それも――。


「武田さん、もう一つ、言いたいことがある」


「もう、そんなことはいいから早く寝たら?」


「大事なことなんだ」


 その言葉を言った瞬間、武田さんの顔が少し強ばったのが分かった。そして、少し頬を紅潮させている。


「大学、第1希望を武田さんと同じ大学にした理由。ちゃんとあるんだよ。俺、武田さんが居なくなるのが怖かったんだ。ずっと一緒にいたのに、急にいなくなって欲しくなかった」


 武田さんと、俺の目は全く離れなかった。お互いじっと見つめ合っていた。


「――俺、武田さんが好きだ」


 その瞬間、武田さんは少し目を涙を貯めて「そこは、名前で呼んで欲しかったなぁ」と、呟いた。


「ありがとう。私も、大輔のことが好きだよ。不器用なところはあるけど、自分に出来る事だったら、人のためになるならってやってくれて、でも自分にちょっと自信の無いとこ、すごく可愛い」


「なんだよ、可愛いって」


「そのまんまの意味だよ。そろそろ、キッチンに戻るね。お粥、作ってくるから」


「ありがとう」


 武田さんは、俺の部屋から出て、扉を閉じた。

 ……言ったな。俺。


「やべ、めっちゃ泣きそうだわ」


 良かった。マジで良かった。俺このままなんも出来なかったらどうしようとかめっちゃくちゃ考えてたんだけど!

 でも、ここからが本番だな。問題の受験。絶対に受からないと。そうじゃないとあいつに示しが付かない。

 風邪、早く治んねぇかな――。









「俺! 復活! ゲホッゲホッ」


「ちょっと、まだ治ってないじゃん。早く寝て寝て」


「いや、でも熱は下がったし」


「ダメだよ。勉強ならベッドの中でも出来るから。そうだ、私が問題出すよ」


「あ、それはナイスアイデア」


 熱が下がるのは早かった。次の日になれば、あらかた微熱で済んで、勉強も、武田さんが学校に行ってる間はバリバリやってた。


「あ、でも武田さん」


「……ちょっと」


 武田さんは少し機嫌が悪そうだった。


「え、なに?」


「もう一回私のこと呼んでみて」


「武田さん」


「もうっ。違うでしょ?」


 チーガーウーダーロ!! 違うだろ!!

ってか? いや、何が違うの?


「名字が実は上杉さんだった、みたいな?」


「違う! そうじゃなくて、名前、呼んでくれないの?」


「う……」


「呼んでくれないと今日のご飯作らないけど」


 こいつ、卑怯な……!!


「……あ」


「あ?」


「……愛依」


「よく出来ました! じゃあ、ご飯作ってくる〜」


 パタパタと、嬉しそうにキッチンへ向かっていった。

 ……絶対に今の弄りたかっただけだろ。

 

 ま、そんなことはともかく。

 俺の遅咲きのラブコメはここから始ま……るといいなぁ。








◇◆◇◆◇◆◇◆


 

 8話にて完結となります。

 また感想や応援、頂けると嬉しいです。

 最後まで見て頂きありがとうございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

武田さんは超がつくほど世話焼き いちぞう @baseballtyuunibyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ