第7話

 昨日の出来事を、目覚めた途端思い出してしまった。

 一言一言が、俺に重く突き刺さる。そして、最後の言葉……。

 想像しただけで鳥肌が立ってきた。

 もちろん悪い意味でだよ。それ以外何があるんだよ。


 武田さんに、あんなこと言われるなんて……。もう、最悪だよ。

 俺が全部悪いのは分かってる。それに、きちんと謝ればそれで終わることももちろん分かってる。

 だから、本当なら今すぐにでも武田さんに謝ればいいのだが、余り直接会おうという気がしなかった。


 武田さんが門の前で待ってたりしないだろうか。もし、そうしだったら謝りに行こう。

 あるはずもない事だから、気が乗らない事にも簡単に賭けることが出来る。

 俺はカーテンを開けて、窓に付いている水滴を拭いて外を見た。

 すると、予想に反して制服姿の人影が門の前に見えた。


「……あれ? マジでいるな」


 武田さんは本当に俺の門の前にいた。そして、何やら風呂敷で包んだ箱を持っているのが見えた。一体何をしてるんだろ。


「ってそうじゃない。当たっちゃったからには謝らないと」 


 俺は急いで階段を駆け下りて、足がもつれて勢いよく階段を転げ落ちた。

 

「痛っ。くそっ、寝起きだからって俺の体使え無さすぎだろ」


 頭を打ったのか少し目眩がするが、それ以外はなんともなかったので、すぐに起き上がって勢いよくドアを開けた。


「た、武田さん!」

 

「あ……」

 

「ちょ、ちょっと待っ……」


 武田さんは俺を見るとすぐに走って行ってしまった。

 折角、謝るチャンスだったのに。

 チャンスを逃したことを惜しみながら、俺はポストの中身を確認した。

 すると、さっき武田さんが持っていた物が入ってることに気づいた。


「……弁当、作ってくれたのか」


 ずっしりと重みを感じる弁当。

 なんで、こんなにしてくれるんだろう。幼馴染とはいえ、結局は他人じゃないか。

 それなのに……。


「ハックション!! う〜さぶ。中入るか」


 よし、今日学校で謝らないとな。

 そう気合を入れて、俺の一日は始まった。

 だが、そう簡単にいくものでもない。

 どうやら、武田さんの方が俺の事を避けているみたいで、話そうとしても何処かへ行っちゃうし、ことある事に女子に遮られる。

 正岡と五島は、何となく察してくれて、励ましてくれたり、サポートしてやるとは言われたのだが、早々に、俺の心は折れかかっていた。

 これは本当に、嫌われたかもしれん。

 

「はぁ。こりゃマジでやっちまったな……」


 ショックの中、俺はとぼとぼと帰り道を辿った。

 脳裏からは昨日の出来事が待ってく頭から離れてくれない。それどころか、走馬灯のように武田さんとの思い出が蘇ってきた。

 小さい頃に一緒に遊んだ記憶や。俺が少し武田さんを異性として意識し始めてしまった時。それと、武田さんを追うようにして第1志望を変えた時。そして、抱きついてきた時の温もり。

 全部、俺の大切な思い出だ。今となっては、最早もはやゴミ寸前になりかけてるけど。

 でも、このままゴミ箱に捨てるのだけは絶対に嫌だ。折角あんなに頑張っていたのに。1度も振り向かせられずに終わるなんて絶対に嫌だ。


「弁当、いつ返そう」


 もしかしたら、一生返せずじまいになってしまうのかも。そう考えてしまうと、もう泣いてしまいそうだった。


「やっべ、今日マジで寒いな。ってか本当に寒くね。いや、寒いというかこれはどちらかと言うと……ヘックシュ!!」


 か、風邪か? そういえば昨日の記憶を辿ってみると、寒気がしたような気もしなくもない。

 気付いた途端、急に視界がグルグルと回り出した。フラフラと酔ったサラリーマンのような千鳥足になり。それでも何とか踏ん張って歩いた。

 通行にでもいたら助けてくれそうだが、生憎誰も通らなかった。

 あっちへフラフラこっちへフラフラ。車通ったらやばいんじゃないかな。


「も、もう少しだ。頑張れ」


 少しでいいから、体よ持ってくれ。まだ真っ白に燃え尽きるのは早すぎる。

 家の前だ。ぶっ倒れるにしても家の前ならまだ希望はある。

 しかし、時間が経つにつれて目眩は酷くなる一方で何度も何度も膝に手を付いた。

 そして、終いには壁を伝って歩かないと進めない迄になってしまった。

 い、インフルじゃないだろうな。予防接種はちゃんとしたし、それは流石に無いはず……。


「大輔……大丈夫?」


 後ろから声を掛けられ、振り向くと今1番会いたかった人の姿が。

 ありがたかったけど、出来るならこんなみっともない姿出会いたくはなかった。

 

「た、武田さん……」


「顔色悪いしフラフラ……。もしかして風邪!?」


 心配してるみたいだったので、俺は右手に力こぶを作るふりをした。


「いや、俺結構元気だけど」


「いや、意味わかんないよ。そんなわけないじゃん」


 焦ったように、武田さんは俺に近づいておでこに手を当てた。

 ひんやりとして気持ちいい。


「ちょっと。これ熱結構高いんじゃない?」


「そうでしょ」


「そうでしょじゃないよ。テンションもやけに高いどうしたの? ……って大輔!?」


 安心してしまったせいか、急に力が入らなくなってしまった。そして、突然襲われる眠気。

 意識はふんわりと冬の寒さに溶けていき、そして俺は何かに体を預けた感覚を最後に、意識は途切れた。

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