第6話
『太田、俺ここ全然わかんないんだけど』
「ああ、そこは……」
『太田、ここ長文うぜぇ』
「分かる」
初めてのビデオ通話での勉強会だったが、思ったよりスムーズに進んでいる気がする。
俺的にも、分かんない時は気軽に質問できるという、友達との対面ならではのメリットがあるし、それに加えて会話が上手く繋がりにくいので、雑談をしたとしても長引かなくて済む。
喫茶店とかで集まってやると、大概途中からだらけてくるし、勉強をするなら、集まってやるよりオンラインの方が捗るかもしれない。
英語、やっぱり面倒だな。単語を覚えるのはいいが、文法を覚えるのにめちゃくちゃ時間が掛かる。
でも、場所によっては英語出来ればほぼ勝ちなとこもあるからなぁ……。
「覚えることが多すぎだよな」
『それな。俺英語になると急に点数下がるし』
そう、3人揃って英語出来ないんだよな。
「ほうほう、大輔、頑張ってるね〜」
ぼそっと声が聞こえた。恐らく、武田さんが覗いてでもいたのだろう。
「なに?」
「なんでもない。もうすぐご飯できるから、もうちょっとだけ待っててね」
バタンとどあの閉まる音が聞こえた。
『おい……太田。今のもしや武田さんじゃなかろうな』
『……ハッ!! お前まさか……そうなのか!? おい! どうなんだ太田ァ!!』
突然の正岡と五島の嫉妬の目。
う、うぜぇこいつら。
『ちくしょう!! なんだお前。どうせ俺らが必死に勉強してる中で、お前はイチャコラしてたんだろ!』
「怒るぞ、ずっと俺の顔映ってただろうが」
我慢の限界だったので、俺が冷めた目で言うと、今度は急に楽しそうに笑い飛ばした。
『はっはっはっ。冗談だよ。そんなに腹を立てないでくれ太田くん』
マジでなんなんだよ。
『まあでもほら、イチャコラはともかく仲良いのは確かだろ? 俺らだってさ、少しくらいは羨ましいんだよ』
「……そうか」
おい、急に真面目な雰囲気になるなよ。なんかやりにくいんだけど。
『太田さ。武田さんのこと好きだろ』
「………………」
『大学だって、武田さんの受かった大学受験すんでしょ? それに、さっきだってこんな時間なのにお前の家にいるしさ』
「……やめろよ」
そんな事言われて困るのはこっちなんだよ。
「別に、そんな事思ったことは1度もないよ」
『本当か?』
「……言うけど、あいつを今家にあげてるのも、単純にあいつに利用価値があるからってだけだから。別に、あいつが幼馴染だからとか、好きだからとか、そんなのは関係ない。俺にとっては、至極どうでもいい存在だから」
そこまで言うと、正岡は少し気まずそうな顔をした。
『……それはちょっと言い過ぎじゃないか? いくらなんでも可哀想だよ』
そう言われて、俺は冷静でなかったことに気がついた。頭が冷えてくると、ようやく頭が回るようになってきた。
「ごめん。ちょっとイライラしてたわ」
『ま、お前は気にすんなよ。大体正岡と俺のせいだからよ。それに、勉強も気楽にな。最近毎日こん詰めてるみたいだし、それに追い打ちをかける両親の旅行事件だろ? 体調ちゃんと整えとけよ』
はっはっはっ。と、五島の高笑いが聞こえてきた。若干音が割れている。
ったく。ノリの軽いヤツだな。だからこそ、こいつらといて楽しいんだけどな。
「大輔〜」
「なに?」
「ご飯できた」
「ん、今行く」
『ひぃっ!!』
突然画面から悲鳴が聞こえてきた。
「ん? どうした?」
『いや、なんでもない。健闘を祈るよ』
よく分からないが勝手に健闘を祈られ、通話が切れた。
……なんだったんだ?
パソコンを閉じて、俺はリビングへ向かった。今日は麻婆豆腐を作ったみたいだ。
「……あれ? 武田さんの分は?」
昨日の夜ご飯も、今日の朝ご飯も一緒に食べていたので、てっきり今日の夜も一緒に食べるものだとばかり思ってた。
うん、そりゃあ毎日俺ん家で食べてたら武田さんの両親も心配するだろうしね。
「……武田さん?」
どうしたんだろう。武田さんの様子が少しいつもと違かった。いつもと違って、武田さんは少し大人びた笑みで、それでいて寂しそうに感じた。
「ずっと私の事名前で呼んでくれなかったの。なんでなのか、ちょっと分かった気がする」
「え……どうしたの?」
「前はあんなに仲良かったのに、変わっちゃったよね」
「いや、今もそんなに変わってないような……」
「じゃあ、私の事、今までなんて思ってたの?」
ゾクッと、寒気がした。
その言葉で、ようやく俺の過ちに気がついた。
……さっき、聞いてたのか。
何となく、2人に言われた言葉がくすぐったかったから吐いた言葉。それが、知らぬうちに武田……さんの事を傷つけてしまっていた。
悲痛な言葉だったが何故か、武田さんは笑っていた。
絶対に苦しいはずなのに、何故か笑っていた。
それが、俺の心をメリメリと押し潰そうとしている。
「武田さん、違う。俺はそんなこと……」
「良いよ、大丈夫。でも、ちょっと悲しかったなぁ。私、そんな風に思われてるなんて知らなかった。そんなこと、言われるなんて思ってなかった」
そして、武田さんは一筋だけ涙を流した。
「――ごめんね」
ゆっくりと消え入るように、武田さんは俺の家から出ていった。
残ったのは、ダイニングの赤色灯の灯りと、リビングの白いLED。そして、さっき武田さんがつけたお笑い番組のコントの話し声だった。
俺はその場に立ちつくした。食欲が一瞬で消え失せた。かといって、勉強をする気にもなれなかった。
もう、このまま寝てしまおうか。
そう思ったが。麻婆豆腐の匂いが流れてきて思い出してしまう。
シチューを美味しそうに食べる武田さんの姿を。
もう1品と、サラダを盛り付けていた武田さんの姿を。
そんな姿を思い出してしまったら。食欲がなくても、どうしても、このご飯を放っておく気にはなれなかった。
机を見ると正方形の付箋が1枚貼ってあった。そこには、武田さんらしい文字でこう記してあった。
『朝ご飯は冷蔵庫の中。温めて食べること。お弁当は……ごめんなさい。ちょっと、まだ作ろうっていう気がしない』
別に、謝ることでもないだろうに。こんなんただ俺が悪いだけなんだし。
「謝りたいのは俺の方だよ」
本当にごめん。そう伝えたかったが、もうここには誰もいない。
誰もいない。
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