万華鏡

宮元多聞

万華鏡

彼氏の雅人に手を引かれて入ったのは、小さなリサイクルショップだった。

「ここここ。ちょっと前から気になってたんだ」

「あ、うん」

私は、リサイクルショップが苦手だった。

他の「誰か」が使っていたものには、何かしらの「思い」みたいなものが

残っているようでちょっとだけ怖かったのだ。

雅人は、最近ひとり暮らしを始めたばかりで

「使えるなら、安ければ安いほどいいでしょ」

と言っていた。

「おお、この机、良くね?」

「…うん」

あまり気乗りしない私をしり目に、雅人は店主と話し始めてしまった。

「棚とか、大きなものは運んでもらえたりしますか」

「ええ、もちろんです」

「ついでに、たくさん買ったらもちっとまかります?」

「応相談です」

買うのか…。

ぶらっと店内をひとまわりしていて、「どれでも1つ500円」と書かれた

ダンボール箱を見つけた。

その値が高いのか安いのかが、よくわからないものばかりが

箱から顔を出していた。

あっ、万華鏡?懐かしい。おばあちゃんちにあったなぁ。

おばあちゃんに見せてもらった不思議な模様に、

心奪われた子供の頃を思い出した。

のぞいてみた。白い…犬?

水色の首輪のポチが見えた。

え?何これ。店内に実家の犬の姿を探す。

もう1度のぞく。あっ、やっぱポチだ。え?

万華鏡をまわすと、ポチの体が粉々に飛び散って、

小さな肉片と血の赤が、白い手足と入り混じった。

「きゃー」

「どうした?」

雅人の肩越しに店主と目が合った。

「お気に召しましたか?」

「あの、これ」

「いろいろ見えて、楽しいですよ」

やさしい物言いとは裏腹に、まったく笑っていない店主の目元にぞくっとした。

「住所書いちゃうから、もちっと待ってて」

「出よう」と言えなかった。

万華鏡を握った手が、震えてうまくほどけない。

気のせい。そう、気のせいだ。

もう1度、のぞいてみる。

えっ、雅人?ウソ!!動かないで!!

「うら」

いつの間にか近くにきていた雅人が筒を回してしまった。

雅人の体が破裂して飛び散った。

「きゃー」

「え」

「何すんのよ!」

思わず雅人をつきとばしてしまった。

「どうしたんだよ」

「雅人…。え……ご、ごめんなさい」

鏡の中の光景に、私は完全に動揺してしまっていた。

「それ、差し上げますよ」

「え?」

「たくさんお買い上げいただいたので、おまけです。どうぞお持ちになって下さい」

「おお、ラッキー。良かったじゃん」

「いりません。行こう」

ダンボール箱に投げ込み、雅人の腕をつかんで店を出た。

「あ、おい、ちょっと?」

ずんずん歩いているうちに、……怖くなった。

あの万華鏡を他の誰かがのぞいたら、何が見えるんだろう。

まさかな。

「配達、土曜日だって。ねえ、聞いてる?」

「…やっぱ、あれもらおうかな」

急に立ち止まった私に、雅人の体がつんのめった。

「あ、そう?じゃあ、もらってくる。ちょっと待ってて」

「うん」

鞄の携帯が鳴った。お母さんだ。

「もしもし?」

「あ、佳苗?ポチが」

雅人!!

雅人の背中を探す。

雅人は信号待ちで振り向いて、手を振っていた。

良かった。

「雅人!」

「そこで待ってて」

横断歩道を渡り始めた雅人の体を道連れに、トラックが道路わきの

コンビニのフェンスに突っ込んだ。

フェンスに切り取られた雅人の肉片が、粉々になって

コンビニの白い壁に飛び散った。

何これ…。

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万華鏡 宮元多聞 @tabun_m

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