エピローグ 前世と現世、過去と未来

「──確かに始まりは、前世での因果でした。ですが今は、江戸川えどがわ弓弦ゆづるを愛しています」


 英理香えりかの正直な想いを一通り聞いた俺は、嬉しい気持ちでいっぱいになった。


 もし仮に「初めから弓弦の事が好きでした」と取り繕われていたら、俺は人間不信になっていたところだ。

 「今もエドガーの事が好きです」と言われれば、涙を飲んで英理香のことを諦めただろう。


 だが、それは無事に回避された。


 英理香なら信用できる。

 英理香となら愛し合える。


 彼女の言葉は、俺にそう思わせるにはあまりにも十分すぎた。


「そうか……分かった。俺の質問に答えてくれて、ありがとう」


 英理香は嬉しそうに微笑んでいる。

 その顔はとても綺麗で可愛く、ずっと見ていたい気分になる。


「えっ……!?」


 突如、英理香が自分の顔を俺に近づけてきた。

 目と目が合い、もともと高かった心拍数がさらに上昇する。

 目をそらそうにも、英理香の瞳はとても綺麗で情熱的で、釘付けになってしまっている。


 英理香、こんな事してたら「キスしてください」って言ってるもんだろ!

 いつものスキンシップでも許容範囲をやや超えているが、今回ばかりは男友達には絶対にやってはならないことだ!


 ────あ、でもそういえば……俺たち、もう友達じゃないんだった。


 俺は英理香のことが好きで、今日こうして観覧車で告白した。

 英理香はそれを受けて、俺を愛していると言ってくれた。


 一方通行な片想いでも、両片想いでもない。

 今の俺たちは互いに想いをぶつけ合った上での両想い──すなわち恋人関係になったということだ。


 気づけば俺は、英理香の両肩を掴んでいた。

 彼女は身長が高いほうだが、やはり女だからか、か細くて庇護欲を掻き立てられる。


「──キス、しよう」

「はい……」


 生唾を飲み、目を閉じ、俺は英理香と唇を重ねる。


 唇の柔らかさは、緊張で凝り固まった俺の心をとろかしていく。

 至近距離なので、エリカの花のような甘い香りがいつもよりも感じられ、気分が高まる。

 鼻息を我慢してしまい少し苦しくなるが、むしろそれが心地よく感じられる。


 軽いキスを終えた後、俺と英理香は互いに目を合わせる。

 英理香は頬を赤らめながらはにかみ、俺もつられて恥ずかしくなってきた。


「えへへ……弓弦からキスしてくれて、嬉しいです」

「そうか、勇気を出して正解だったな」


 俺は今まで、英理香とスキンシップを取っていた。

 しかしそれは、英理香から仕掛けてきたものばかりだった。


 俺は与えられるばかりで、与えることをしなかった。


 なぜなら少し前までは、英理香に恋愛感情を持っていなかったから。

 恥ずかしかったから。

 嫌われたくなかったから。


「弓弦……私、あなたのことを愛しています」

「俺も、英理香のことが大好きだ」


 でもこれからは違う。

 俺はまっすぐ英理香の好意を受け止め、そして俺自身もまた英理香に好意を伝える。


「私だけを、愛してくださいますか……?」

「ああ。絶対に寂しい思いはさせない」


 前世の記憶を持つ俺は、英理香の前世であるエリーズの作り笑いを知っている。

 その表情はとても痛々しく、そんな顔を英理香にはさせたくないと思っている。


 俺は、英理香だけを愛することに決めた。



◇ ◇ ◇



 デートから2週間後の土曜日。

 ようやく期末テストが終わり、もうすぐ夏休みに入る頃合いだ。


 その昼下がり。

 俺はイツメンとともに、学校近くのカフェを訪れていた。


 妹の江戸川えどがわ真央まお

 幼馴染の矢口やぐち由佳ゆか

 後輩の相羽あいば茉莉也まりや

 そして、クラスメイトから彼女に昇格した、悠木ゆうき英理香えりか


 俺たちは中間テストの時と同様に勉強会を開き、戦友として切磋琢磨してきた。

 今日は少し早めの祝勝会である。


「──それにしても、お兄ちゃんが英理香ちゃんと付き合うだなんて、ある意味予想通りだけど予想通りじゃないっていうか……」


 実は俺と英理香の関係は、真央を含む多くの生徒が知っている。

 というより、隠しきれなかったのだ。


 「彼氏彼女の関係になった」と、わざわざ自分から話すものでもないと思っていた。

 まあ特に俺に関しては、イツメン以外に友達いないし。


 だがクラスメイトたちに、俺たちが付き合っているということを勘付かれてしまったのだ。

 なぜなら英理香は相変わらずグイグイ来るし、一方の俺はいつも以上にべったりしてしまったからだ。

 ……ついうっかり。

 これは完全に、舞い上がっていた俺の落ち度だ。


 悠木英理香はたくさんの男子たちからの告白を丁重に断ってきた、《難攻不落》の優等生。

 そんな有名人と俺が付き合っているという話は、一瞬で広まった。


 そして今から1週間前、俺は噂を聞きつけた真央に泣き縋られる。

 最終的には「前世から仲良しさんだったもんね……おめでとう」と祝福してくれた。


「真央、なんで弓弦と英理香が付き合うことが予想通りだったの?」

「あのね、由佳ちゃん。実はお兄ちゃんと英理香ちゃんは、前世でもとっても仲が良かったんだよ?」

「そういえば随分前に、そんな事言ってたわね」


 真央の言葉に、由佳は肩をすくめる。


 由佳からは1週間前に、なんとも言えない表情で「すぐに別れたら、絶対に許さないから」と発破をかけられた。

 俺はその言葉を胸に秘め、英理香と接するつもりだ。


「でも、ほんとに前世なんてものがあるのかしら? 私、真央の次に弓弦と長い時間を過ごしてきたって思ってたんだけど」

「わたしは前世の繋がりってあると思います。ロマンチックで素敵です、けど……」


 先輩である由佳の話題に反応した茉莉也の声は、いつも以上にか細くて小さい。


 茉莉也は1週間前、英理香との関係について「応援しています」と微笑んでくれた。

 だがその笑顔はどこか、寂しげでもあった。


「弓弦先輩……あの、いつでも弓道部に戻ってきてくださいね……? わたし、待ってますから」

「私からも言っておくわ。引退の時期まであと1年しかないんだから、戻るなら今のうちよ?」

「気が向いたら、な」


 俺の返事に、茉莉也と由佳は静かに頷く。


 今のところ俺は弓道をする気はないが、これから先弓道部に戻る可能性はゼロではない。

 前世である弓騎士エドガーの記憶を取り戻したことで、この俺・江戸川弓弦はまだ完全にを極めたわけではないことが発覚した。

 前世を超えたいという気持ちは、まったくないわけではない。


「お兄ちゃん……英理香ちゃんとラブラブになっても、私のこと絶対に忘れないでね……?」

「はは、忘れるわけないだろう。真央は俺の妹なんだから」

「そうだね……私、お兄ちゃんの妹だもんね」


 真央は俺に笑いかける。

 だがその顔を見ていると、何故か作り笑いをしていた前世の英理香を思い出してしまう。


「さ、弓弦の話はその辺にしておいて……今は期末テストのことについてお喋りしましょう?」


 英理香は手をパンと叩き、話の流れをぶった切る。

 この流れには少し違和感があったので、俺としては非常に助かった。


 俺たちは茶やコーヒーを飲みながら、テストや学校での出来事を語り合った。



◇ ◇ ◇



 その後しばらくして、俺たちは会計を済ませてカフェを出る。

 俺はソロ充気質だが、たまにはこうしてみんなで話をするのも悪くないと思っていたりする。


「さあ真央、相羽さん。一緒に帰るわよ」

「え……由佳ちゃん、お兄ちゃんと英理香ちゃんは?」

「真央ちゃん。多分矢口先輩は、弓弦先輩と悠木先輩が二人っきりで帰れるように、気を遣ってるんだと思うよ?」


 茉莉也の言葉に、真央は「そっか……そうだよね」と頷く。

 一方の由佳は「ふ、ふんっ! 可愛い後輩と一緒に帰りたいってだけなんだからっ!」とそっぽを向いた。


 そんな由佳に、英理香は頭を下げる。


「由佳、ありがとうございます」

「い、いいわよ礼なんて……」

「弓弦、そろそろ帰りましょう」

「ああ、そうだな──じゃあまた、学校で」

「皆さん、失礼します」


 俺と英理香は、真央・由佳・茉莉也に手を振り別れを告げた。

 駅に向かって歩を進める。


 しばらく歩くと、隣で歩いていた英理香が突然立ち止まった。


「──弓弦。私、ちょっとだけヤキモチを焼いちゃいました」


 英理香はデートの帰り道、「二人っきりでなければ、女友達と遊んでもいい」と許可してくれた。

 もとより真央たちは英理香の友達でもあるので、それは妥当な提案だったのかもしれない。


 だが英理香はそれでも嫉妬した。

 それだけ俺のことを大切に思ってくれているということでもあり、俺はむしろ安心した。


 それに前世とは違って、英理香は自分の気持ちを包み隠さず打ち明けてくれている。

 作り笑いをしたり取り繕ったりせず、正直に話してくれている。

 ハーレムが許されている異世界と、そうでない現代日本という文化の差の影響はあると思われるが、それ以上に英理香は過去から学んだのだろう。


 嬉しくなった俺は、英理香に好意を伝えることにした。

 未だにドキドキしてしまうが、俺は英理香と手を絡ませ、恋人繋ぎをする。


 やっぱり英理香の手は、温かくてすべすべで意識してしまう。


「心配させてごめん。でも、俺が愛しているのは英理香だけだよ」


 確かに、由佳・茉莉也のことは好きだ。

 だがそれは決して異性として好きという意味ではなく、あくまで友達としてだ。

 真央のことは心から愛しているが、それは妹としてだ。


 一方の英理香に対しては、恋愛感情を抱いている。

 恋人として愛している。


 ──それだけは、誓って本当だ。


「ふふ……ありがとうございます。私も、弓弦だけを愛しています」


 俺たちはお互いはにかみつつも、未来に向けて歩き始めた。




────────────────────


 あとがき失礼します。


 最後までお読みくださりありがとうございました。

 おかげさまで、『難攻不落の優等生』は本日完結です。


 「面白かった!」「次作に期待している」と思って頂けましたら、本文の下にある「☆☆☆」で評価して頂けると、今後の励みになります。

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 いままで応援ありがとうございました。

 次作ラブコメでもお目にかかれば幸いです。

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難攻不落の優等生から「前世からずっと好きです」と告白された ~とりあえず友達から始めたけどグイグイ来るので、妹・幼馴染・後輩まで焦り始めてぼっちの俺に迫ってきたんだが~ 真弓 直矢 @Archer_Euonymus

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