第47話 英理香の想い
「確かに最初は、
自分が好きなのは
弓弦と友達付き合いを始めて少し経ってから、英理香はその命題と向き合ってきた。
弓弦が告白してくれた今が、自分が導き出した答えを伝えるチャンスだった。
「エドガーはいつも、前世の私であるエリーズの事を気遣ってくれました。窮地に追い込まれた時、必ず救ってくれました」
弓使いであるエドガーは戦闘時、遠隔地や高所から戦況を把握し、エリーズを常にサポートしてくれた。
またデートの際は、エリーズの好みを考慮したりデートスポットの下見をするなど、準備を欠かさなかった。
「エドガーについて一番印象に残っているのは、魔王が転生して世界から消滅した後のことです」
エリーズたち勇者パーティは魔王城付近で魔王と戦ったが、とどめを刺す前に転生魔術で逃げられてしまった。
自分の手で倒せなかったにも関わらず、エリーズは「救世の勇者」として人々から祭り上げられモヤモヤしていた。
「その時エドガーは、『魔王は倒せなかったが、君は間違いなく世界を救った。ありがとう』と励ましてくれました。その時は私、本当に嬉しかったんです。苦楽をともにした仲間に認められて、充足感でいっぱいでした」
「確かに、そんな事を言った覚えがある。あまり詳しくは思い出せないけど、その時の君の酷い面構えだけははっきりと思い出せる」
「あの時は本当にありがとうございました」
「ああ……うん」
弓弦は少し、戸惑っているようだった。
弓弦が感謝されたのは前世であるエドガーの行いであり、弓弦自身の行いではないからなのだろう。
他人の功績を横取りしているような感覚に陥っているのかもしれない。
だが微妙な反応をされると分かっていても、英理香は気持ちを伝えたかった。
それだけエリーズは、エドガーの言葉に救われたということだ。
そのことが少しでも弓弦に分かってくれればそれでいい。
「エドガーの話はこの辺にしておいて……次は弓弦の話です。高校に入学した直後から、あなたがエドガーの生まれ変わりだということは知っていました」
「でも1年の頃は、英理香に話しかけられたことは一度もなかったな」
「はい……接点がゼロの状態で話しかけるのは、なんとなく気が引けてしまいました」
高校1年生の頃の英理香は、ただ弓弦の後ろ姿を見ていることしかできなかった。
しかし弓弦が弓道部員であることは知っていたので、クラスメイトの弓道部員女子から部内での様子を聞き出したりなどはしていた。
「今年のクラス替えで同じクラスになった時は、とても嬉しかったです──が、なかなか弓弦に告白できませんでした」
クラス替えを終えたばかりの英理香は、新しいクラスメイトたちから告白を受けていた。
その告白の嵐が止むまでは忙しい日々を過ごしており、落ち着いた後に弓弦に告白しようと後回しにしてしまった。
今思えば、どうせ返事を保留されるのだから、同じクラスになってすぐに弓弦に告白すればよかったと思っている。
そうすれば他の男子生徒たちが自分にフラレて、つらい思いをすることもなかったはずだ。
男子たちの思いを踏みにじってしまったことは、大変申し訳なく思っている。
「いざ弓弦に告白しても『まずは友達から』と言われ、正直ショックでした。『そんなに魅力がないのか』『変に思われたのか』と、考えてしまいました」
「あの時はごめん。でもあの時は君と話す機会はそんなになかったし、よく知らないまま付き合うのは失礼だと思ったんだ」
「いえ、分かっています。私が本当に言いたいのは、『弓弦と友達になれてよかった』という事です。エドガーと弓弦は、やはり別人でしたから。特に女性への扱いについてはビックリしました」
弓弦と友達付き合いを始めた当初は、正直違和感を覚えた。
弓弦の前世であるエドガーは女好きでハーレムを築き上げるほどだったが、弓弦にはその積極性がなかった。
英理香や他の女子たちが色々アプローチを掛けても恥ずかしがるだけで、特に何もしてこなかった。
弓弦はその代わりに、英理香たちに親身に付き合ったり、悩みを解決したりした。
見返りを要求することもなく、傍に寄り添い続けた。
「しばらくして思ったんです。『弓弦なら、私だけを愛してくれる』と」
エドガーと一緒にいた時は、その愛情を100パーセント受ける事はできなかった。
エドガーが他の女たちに愛情を与えれば与えるほど、それだけエリーズが受け取るはずの愛情も減ってしまう。
それが前世での悔いであり、エドガーへの唯一の不満だった。
だが弓弦であれば、エドガーのようにはならないと英理香は思った。
普段の弓弦は誰に対してもいい顔をしているが、でも彼氏彼女の関係になれば一途に愛してくれるはず。
「ですがそれと同時に、『一体私は弓弦とエドガーの、どちらが好きなんだろう』と思い悩むようになりました。正直言って、私は最初、江戸川弓弦を通して弓騎士エドガーを見ていました」
弓弦に告白した理由は、前世での繋がりがあったから。
もしその繋がりがなければ、弓弦と関わり合いにならなかったはずだ。
「ですが弓弦と友達付き合いをしていくうちに、弓弦の良さを知って好きになっていったのも事実です。特に、弓弦が
没落貴族の息子だったエドガーは、家族の愛情を受けることはなかった。
家族に振り向いてもらおうと弓術を極めたがそれも徒労に終わり、愛情に飢えていたエドガーは魔王討伐の最中ですら女遊びにふけっていた。
魔王が転生して消滅した後、エドガーの家族は「救世の勇者エリーズの従者」であるエドガーにすり寄ってきた。
しかしエドガーは魔王討伐の旅で得た権力を使い、「無能」な父親の爵位と領地を奪い取った。
一方の弓弦は、現世では全くの無実である真央を、ただ「前世が魔王だから」という理由で殺しはしなかった。
良くも悪くも家族思いだった。
恐らく両親や妹の真央から、愛情をたくさん注がれたのだろう。
だからこそ女遊びに走ることはなかったし、打算だけの冷酷な男にならなかったと思われる。
「──確かに始まりは、前世での因果でした。ですが今は、江戸川弓弦を愛しています」
「そうか……分かった。俺の質問に答えてくれて、ありがとう」
嬉しそうに微笑む弓弦の顔を見て、英理香はキスしたくなった。
強く抱きしめたい衝動に駆られた。
しかし今日は、弓弦が勇気を振り絞って告白してくれた。
そんな彼の顔を立てるために、気持ちをグッと堪える。
ただし、普段は鈍感な弓弦がキスしやすいように、お膳立てはするつもりだ。
英理香は顔を少し弓弦に近づけ、弓弦の瞳を見る。
弓弦の綺麗な目に反射した自分の目は、我ながらとても情熱的だった。
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