第4話 変人な学園長
「これから会う学園長はどんな人だ?」
学園長室へ続く螺旋階段を上りながらアッシュは疑問を口にする。
先を歩くユリウスは「あー」と少し答えに詰まった。
「言いづらいのか?」
「そういうわけじゃないんだけど。一言で表すなら師匠みたいな人かな」
「なるほど」
つまりは変人か、と理解する。
「でもいい人だよ。冒険者としての地位を築けたのは師匠のおかげだけど、ここに来たのは学園長のおかげだね」
ユリウスはどこか懐かしむように笑みを浮かべる。
「……学園長は女じゃないだろうな?」
彼が嬉しそうに話すのでアッシュは怪しむ。
「女性に誘われたから教師をしていると思ってるのかい? まさか。女性に頼まれてもこんな面倒なことを引き受けたりはしないよ」
ユリウスは心外だと言わんばかりに胸を張った。
「お前はそれを押し付けてきたけどな」
アッシュは先ほど出会った問題児たち三人を思い浮かべ、半目でユリウスを睨みつける。
「君にもいい経験になると思うよ」
「だといいけどな」
笑いかけるユリウスにアッシュはため息をつく。
階段を登りきると学園長室と書かれた扉の前までたどり着いた。
この場所はクローベル学園の中央に位置する塔の最上階。
「学園長。編入生のアッシュ・リーベルトを連れてきました」
「入りたまえ」
ユリウスがドアをノックすると低いしゃがれた声が返ってきた。
入室を許可された二人は学園長室へと足を踏み入れる。
「失礼します」
長い白髪の老人が大きな窓から地上を見下ろしていた。
アッシュたちが部屋に入ると彼は向き合うように体を動かす。顔に刻まれた皺が自分たちより生きているという事実を認識させる。
ヒューマンの平均寿命は八十歳前後。彼はそれを超えているように見えた。
だが、こちらに踏み出した動きからは衰えを感じさせない。
「君がアッシュか」
何もかもを見透かすような瞳に射抜かれた。
「はい」
アッシュは頷きながら一歩前に出る。
気を張っていなければ呑まれそうな雰囲気だった。
「ワシはこの学園の管理を任されているコーラルという爺だ。気軽に学園長と呼んでくれ」
「はあ……」
気の抜けた返事をするアッシュに学園長は握手を求めてきた。
アッシュも同じように右手を差し出す。
「ユリウスの推薦というから、また色物を連れてきたのかと思ったが――」
また?
そう考える前に学園長はアッシュを引き寄せの肩を掴んだ。
「君はいかにも剣士らしい」
先ほどまでの真面目な空気が霧散していた。
学園長はほっほっほ、と笑いながらアッシュの体をペタペタとまさぐるように触る。
「な、なんだこの人」
「ごめんよ。学園長は男性剣士の体つきを確認するのが趣味なんだ」
「何?」
ユリウスは笑いをこらえるように口元を抑えている。
こうなることがわかって黙ってたのか。
学園長の手から滑るように肩を触られ、脚部まで手が伸びていた。
「ワシは魔法使いだからの。パーティを組む可能性のある人間の体は見るようにしているのだよ」
どうやら最初に考えた通り変人だった。
ひととおり体を触っていた学園長は満足したように頷いた。
「結構。今の状態でも上を目指せそうだが今後も邁進していくことを期待する」
そう言って学園長はアッシュから離れた。
黙って洗礼を受けていたアッシュは、ほっとため息をつく。
「ところでユリウス。君の親友に要らぬ容疑が掛かっているようだが」
学園長はユリウスを案じるような視線を向ける。
だけど、それを受けたユリウスは朗らかに笑い、首を振った。
「その件に関しては心配していません。あいつは世話になった人を殺すなんてことはしませんよ」
――本人がいるのに心配も何もないだろ。
アッシュの考えを知らず、学園長は深刻そうな面持ちでユリウスを見つめる。
「騎士団やギルドの連中はそう思っておらん」
「それは仕方のないことかもしれません。あのギルドマスターが殺されたのですから」
アッシュは思わず目を伏せる。
あのとき、意識を失う直前に見かけた女が何かを知っているかもしれない。
だが、今のアッシュには、どうすることもできない。
「でも」
ユリウスの言葉に顔を上げる。
「真実は必ず明らかになる。僕はそう信じています」
微笑む親友を見て、アッシュも思わず口元が緩んだ。
「だから、それまでは逃亡生活を楽しんでほしいと思いますね」
最後に茶化すことも忘れない。その姿勢はユリウスらしかった。
「いらぬ心配だったようだ」
ほっほと学園長は笑う。
「それでは学園長。僕たちは教室に向かいます」
「うむ」
ユリウスに頷いた学園長は、アッシュと視線を合わせ微笑む。
「アッシュよ。はじめての学園生活を楽しむように」
「はい」
「また会おう」
アッシュとユリウスは一礼して部屋を後にする。
階段を下りながらアッシュはため息をついた。
「最初はおっかない人かと思ったけど」
「意外とお茶目な人だったろう?」
「でも変人だったな」
仲間になるかもしれない男の体を触るのが趣味。
思い出したくないので首を振って頭から追いやる。
「教室に向かうけど、心の準備はいいかな?」
「問題ない」
「それじゃあ、行こうか」
塔から出た二人は中庭を通って校舎の廊下を歩いていく。
窓から程よく日が差し込んでいる。広大な草原の中にぽつんとある学園なのだからそれも当然だった。
道中、一学年の教室の前を通る。彼らの間には、ほどよい緊張感が漂っていた。
「今年の一年生はやる気に満ちてるよね」
アッシュの考えを代弁するようにユリウスは口を開く。
「もう少し肩の力を抜いても良いと思うんだけどね」
「一年ってことは経験も浅いからな。そういうものだろ」
「そうかもね」
他愛もない話をしながら二学年の教室がある区域までやってくる。
「呼んだら入ってきてね」
「わかったよ」
平静を装っていたがアッシュはかなり緊張していた。
人前に立つなんて一体いつ以来だ?
ギルドで仕事を受ける時だって受付と少し話すだけだ。クエストもソロでやることがほとんどだったわけで。
「……七年前か」
師匠の死ぬ間際の光景を思い出して頭を押さえる。
あの人はジン・アーシュバルを庇って死んだ。それは疑いようのない事実だった。
「アッシュ。アッシュ・リーベルト君。ほらほら、早く入って」
教室の戸を開けてユリウスが手招きしていた。
「……ああ」
いつも同じように接してくれる親友の存在がありがたかった。
教室に入ると見られているのを実感する。好奇心や嫉妬心が織り交ざったような複雑な複数の視線。
数えると十九人の少年少女が席についていた。
「アッシュ。自己紹介を」
「……アッシュ・リーベルトだ。よろしく頼む」
室内の生徒たちは、アッシュの具体性のない言葉に肩を落とした。
「彼は口下手なんだ。誰か質問してくれないかな」
勝手なことを言うなとユリウスを見るも時すでに遅し。ほとんどの生徒が興味津々といった様子だった。
娯楽に飢えているのだろう。先ほど通った一学年とはまた違う印象を受けた。
「それじゃあ僕が指名するから質問のある人は挙手してね」
楽しそうに笑うユリウスを眺め、アッシュはため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます