第5話 クラスメイト
ユリウスの宣言を受け、最初に手を挙げたのは薄緑色の髪をした少女だった。
「はいはーい。まずはあたしから」
活発な印象の少女は、立ち上がると勢いよく質問を繰り出す。
「好きな食べ物と好きな英雄譚とどんな女の子が好きなのか教えてほしいな。あと、リーベルトってことは先生と何か関係があるの?」
合計四つの質問を投げかけてきた少女。その隣に座っている生徒が彼女の袖を引っ張る。
「ちょっとルチアちゃん。質問しすぎだよ」
質問する少女を押しとどめたのは、彼女と同じく頭の後ろで髪を二つに結った女子生徒。彼女たちの容姿は瓜二つだった。違うのは大人しそうな印象を受けるところか。
「えー。じゃあさ、ルノアも質問したらいいじゃない」
ルノアと呼ばれた少女は、驚いたように自分を指さす。
「わ、わたし!?」
「ルノアも聞きたいことがあるんでしょ。お姉ちゃんにはお見通しなのだ」
ニシシと笑うルチアと戸惑っているルノア。二人の会話から姉妹だと推察できた。
「というわけで、あたしの質問に答えたら、今度はルノアの質問に答えてね」
「わかった」
アッシュはこくりと頷いた。
ここまできたら覚悟を決めよう。
「食べ物はクラクラ鳥の蒸し焼き。英雄譚は妖精の剣。リーベルト先生は一応、養父ってことになる」
「好きな女の子は!?」
誤魔化されなかったか。
他のクラスメイトの意識はユリウスとの関係に向いているのに、ルチアはそれを無視して身を乗り出した。
アッシュは、わざとらしくため息をつき、ルチアに目を向ける。
しかし、彼女はまったく堪えた様子などなかった。それ以上に期待している視線を向けてきた。
「俺の好みを聞いてどうするんだ」
「興味のある人には有益な情報だと思わない?」
同意を求められても困る。
ルチアに引き下がる気はなさそうだ。
「強いてあげるなら、周りに流されない人だな」
「ということは、あたしも良い線いってるんじゃない?」
知り合ったばかりで良いも悪いもない。
自分を指さすルチアにアッシュは呆れた。
「……そうだな」
おおっ、と数人が歓声をあげる。言われたルチアもまんざらでもない様子だった。
アッシュがユリウスを見ると満足したように頷いている。
「どう? お姉ちゃんも捨てたものじゃないでしょ」
くるりと振り向き、隣に座るルノアに対して胸を張るルチア。
「アッシュくんは言わされただけのような気もするけど」
ルノアは姉と違って上辺の言葉に惑わされなかったらしい。彼女はルチアに背を叩かれ、やれやれと立ち上がる。
「わたしはルノア・ウィンドミル。ルチアちゃんとは双子なんです」
「ちなみにあたしがお姉ちゃんだからね」
頷くルチアを見やってから、ルノアはアッシュに視線を向けた。
「わたしの質問は――」
「おもしろいやつにしてね」
「……おもしろい質問ってなに?」
けらけらと笑うルチアをルノアは呆れたように見る。
「そうだねぇ。わたしとお姉ちゃんだったらどっちを恋人にしたいですか、とか」
「アッシュくんのパーティでの役割は何ですか?」
「無視された!?」
「剣士。前衛だな」
「あっちも真面目に答えてる!」
ルチアは悔しそうに机を叩きだした。それはいつものことだったようで、周りの生徒は誰一人注意しない。
思わずアッシュの口元に笑み浮かぶ。
どうなることかと思ったが、それなりに歓迎されているようだし上手くやっていけると――。
「少しいいかしら」
少女の声が室内に響いた。
声の主は燃えるような赤毛の女子生徒。今朝知り合ったばかりだから覚えている。
名前は確か。
「クレア、だったか」
「え、知り合いなの?」
ルチアは興味津々といった様子で、アッシュとクレアを交互に見た。
「先生に紹介してもらったんだ」
アッシュの答えにルチアは唇を尖らせる。
「あたしより先に編入生に会ってるなんて、ズルーい」
「そんなことはどうでもいいの」
クレアは会話をバッサリと切り捨てた。
それから立ち上がった彼女はアッシュを指さす。
「彼の、編入生への歓迎会を提案するわ」
「へぇ、クレアにしては珍しいね」
感心したようにルチアが笑う。他のクラスメイト達もざわついている。
アッシュは思ったより嫌われていないようで安心した。
「そして編入生。あなたに決闘を申し込むわ」
しかし、クレアの続けた言葉に顔をしかめた。
「……話が見えない」
歓迎されるのに決闘しなければいけないとはどういうことか。
「そういえばその話を忘れていたね」
ユリウスがポンと隣で手を叩く。
「この学園は生徒たちの実力を順位付けするんだ。決闘も評価に関わるし日常的に行われているよ」
「そういう大事なことはもっと先に言ってほしかった」
「それはともかく、クレアはアッシュの実力をみんなに知ってほしいんだよ。ね?」
クレアに向かって、ユリウスは和ませるような笑みを浮かべた。
「――はい」
一瞬、クレアの表情に陰りが見えた。だが、すぐにトゲのある視線をアッシュに向ける。
「おもしろそう!」
一連の話を聞いていたルチアは勢いよく立ち上がる。
「会場の確保は任せて。しっかり二人の勇姿も見届けるからね。みんなも良いよね」
ルチアが教室をぐるりと見回す。
「ルチアちゃんはおもしろがってるだけでしょ」
ルノアは呆れたようにため息をつくが反対はしなかった。
結局、クラスメイトから反対意見は出ない。ユリウスを見ると苦笑して肩をすくめた。
「話もまとまったところで、アッシュの歓迎会は君たちに任せるよ。立会人として見物はさせてもらうけどね」
ユリウスは二度手を叩いて注意を集める。それから奥の席を指さした。
「アッシュの席はユフィの隣だ」
「えっ」
ハーフエルフの少女ユフィが勢いよく顔を上げた。
前髪の隙間から視線が右往左往している。
「嫌だったかな。それなら違う席に――」
「いいえ! 嫌じゃ、ありません」
ユリウスの言葉を否定するように、ユフィはぶんぶんと頭を振る。
だけど、大声を出したことを恥じるように俯いてしまった。
「アッシュ。席についてくれるかな」
頷いてからアッシュは席まで歩く。
途中、敵意や好奇の目のさらされるが些細なことだった。
「よろしく、ユフィ」
隣に座る少女に手を差し出す。先ほどはできなかった握手を求める。
アッシュの右手をまじまじと眺めたユフィは、パッと表情を明るくした。
「はいっ。よろしくお願いします」
ユフィは、はにかんでアッシュの手を掴んで上下に振る。
どこに気に入られる要素があったのかわからない。
アッシュはユフィの態度に困惑していた。
「ユフィ、大丈夫なの?」
ひとつ前の席に座っているルノアが言う。
「何がですか?」
質問の意図がわからなかったのか、ユフィは首を傾げた。
「ユフィが男の子の手を握るなんて今までみたことなかったからさ」
「そうなのか?」
アッシュの問いとクラスメイトからの視線に気づいたユフィは赤面して俯いた。
「うん。といってもいつもクレアとリンが一緒にいるからかもしれないけどね」
「どういう意味?」
今まで会話の入ってこなかった青髪の魔法使い、リン・サフィールが横に座るルノアを見る。
「二人は近寄りがたい雰囲気があるから」
言いながら笑うルノアの笑顔は姉のルチアとそっくりだった。
彼女の言葉に思い当たる節があったのか、リンは何も言わずに教壇を向く。
「それじゃあ、授業を始めよう」
ユリウスは教室をぐるりと見渡して微笑んだ。
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