第3話 問題児たちとの出会い
ジン・アーシュバル改めアッシュ・リーベルトは、冒険者を育成する機関『クローベル学園』の校門前で立ち尽くしていた。
「……この歳で基礎からやり直しとはな」
見上げるほどに高い門は誰がこしらえたのか。
――きっとドワーフだろうな。
ドワーフは鍛冶や細工物を作成するのが得意だ。自然物を是とするエルフとは対極にある。
「昨日はぐっすり眠れたかな?」
呼びかけに振り向く。
柔和な笑みを浮かべた男――ユリウスが手を振りこちらに向かってきた。
「そう見えるか?」
学園のある自由都市トアトールに着いたのが昨日。その日のうちに制服の採寸やアッシュとしての設定を詰めた。
そのため、ほとんど眠ることができなかった。新たな環境への不安に肉体が引っ張られているのかもしれない。高ランクの魔物を狩りに行くような気分だ。
「その口調は感心しないな。家族になってるとはいえ、ここでの僕はリーベルト先生だからね」
ユリウスの考えた設定はこうだ。
孤児であるアッシュ少年の才能をユリウスが見いだし、特別編入の手続きが可能になったというものだ。身寄りのないアッシュは、ユリウスが家族として引き取ったことになっている。
「はいはい。ところでリーベルト先生」
「何だい?」
「俺はどこに振り分けられるんだ?」
クローベル学園は学科ではなく、成績によってクラスが分けられる。
つまり強い剣士、優秀な魔法士、優良な僧侶など強者だけが集まった学級が作られるのだ。
学年ごとに上からA、B、C、D、E、Fとランク付けがなされている。
「君は二学年のFクラスだね」
「なるほど」
ユリウスの話を聞いてアッシュは一人納得する。
「わかるかい?」
「最下クラスに刺激を与えてもっと上を目指させるってことだろ」
よくあることだ。成績優秀者を下の人間と組み合わせることで平均値を上げる。
「半分正解かな」
しかし、アッシュの答えにユリウスは首を振った。
「Fクラスはもちろん成績が優れない生徒もいる。でも、僕が頼みたいのはもっと大変なことさ」
「大変なこと?」
アッシュの問いをユリウスは困ったように曖昧な笑みで返す。
「説明するのは難しいから実際に見てもらった方が早いかな」
視線を巡らしていたユリウスは何かを見つけた。彼は校舎の方角を指さす。アッシュが目で追うとそこには三人の少女が顔を合わせていた。
一人は燃えるような赤い長髪を頭の後ろで結わえていた。長剣を腰にさしていることから剣士だと推察する。
対するは深い海色の髪の少女。黒いローブを纏い、背丈ほどもある杖を持っている。こちらは魔法士だろう。
傍らには彼女らを見つめる金髪の少女。髪の間から先の尖った耳が覗いている。エルフだ。彼女は俯いたり顔を上げたりせわしなく動いている。
「あの娘たちがどうかしたのか?」
「彼女たちを教導してほしいんだ」
「は?」
「彼女たちはちょっとした問題があってね」
パッと見たところ、剣士、魔法士、森の狩人とパーティとしては整っていると思うのだが。
「話をしたらわかるよ」
「ふーん」
性格が凶悪とかそんなところだろうか。
アッシュは、ぼんやりと三人の少女を眺める。そこでエルフの少女がこちらに気付いた。
「リーベルト先生!」
エルフの少女は、ようやく助けが来たと言わんばかりにほっとした顔をしていた。
残りの二人もユリウスを視認すると険しい表情から一転する。
赤髪の少女は照れたような笑みを。魔法士の少女は無表情に。
――こいつ、まさか生徒まで毒牙に?
隣に立つ男をアッシュは見上げる。心中を知らないユリウスは少女たちに向かって手を振った。
「三人ともこっちに来てくれるかな」
駆け寄ってきた三人のアッシュに対する反応はバラバラだった。
赤髪の剣士は敵を見るような目で。蒼髪の魔法使いは興味なさそうに。エルフの少女は期待した眼差しを。
ユリウスは彼女たちの反応が分かっていたらしい。とくに咎めることもなく頷いた。
「教室でも紹介するけど三人には先に話しておこう。彼が先日伝えておいた編入生のアッシュだ」
ポンと背中を押された。一歩前に出たアッシュは、ひとつため息をついて口を開いた。
「アッシュ・リーベルトだ。一応、この人の養子になっている」
「養子!?」
赤髪の少女はアッシュの設定を聞き。素っ頓狂な声を上げる。
「どうかしたのかい?」
「い、いえ」
ユリウスの問いに赤髪の少女は首を振る。
彼女はしばらく無言のまま、アッシュとユリウスを交互に眺めていた。
「ほら、君たちも自己紹介を」
ユリウスに急かされ、しぶしぶといった様子で赤髪の少女が口を開く。
「……クレア・フォン・ガーネストよ」
「リン・サフィール」
「ユーフィリア・ローズです。ユフィと呼んでください」
続く形で魔法士とエルフの少女も名乗る。
「クレアにリン、そしてユフィ。これからよろしく頼む」
アッシュは握手を求める。しかし、クレアはそっぽを向き、リンは一瞥してユフィの差し出そうとした手を押しとどめる。
――嫌われるようなことをしただろうか。
思い当たることと言えば、ユリウスと一緒にいることくらいだ。
「それで」
「うん?」
「彼をあたしたちに紹介した意図は何ですか?」
空色の瞳がアッシュを見据えていた。蒼い髪の少女――リンが感情の見えない視線を向けてくる。
「実は――」
ユリウスが口を開く。ちょうどその時、ゴーンと遠くで鐘の音が聞こえてくる。
「しまった。鐘が鳴ってしまったね。三人は教室に戻ってくれるかな。僕はこれから彼を学園長に紹介しないといけないから」
「わかりました。二人とも行くわよ」
「う、うん。アッシュくん、またあとでね」
ユフィがはにかみながら手を振ってきた。アッシュも振り返してやると彼女の表情が明るくなった。
――何だったんだ?
いなくなった少女たちそれぞれを思い浮かべてアッシュは唸る。
「あのユフィって娘はどうしてあの二人と一緒にいるんだ?」
仲裁に入る様子もなかったし常にオドオドしていた。相性が良いようにも見えなかった。
ただ、アッシュに手を振る時だけ嬉しそうだったのが気になる。
「ユフィはハーフエルフなんだ」
ユリウスの言葉で納得した。
世界の半数以上がアッシュたちの種族、ヒューマンだ。他にもエルフやドワーフといった種族もいる。
ドワーフなら友好的なヒューマンと、なんてこともあるかもしれない。しかし、エルフは外界と交流を持つことはほとんどない。ヒューマンとの間に生まれた子ならば、エルフの世界で生きていくことは難しかっただろう。
「あの二人に囲まれているせいか自己評価が低くてね」
「それは、見ればわかる」
外の世界でもハーフエルフは奇異の目で見られる。実際、アッシュもハーフエルフを見るのは久しぶりだった。
「彼女は自分に自信がなくていつもオドオドしてるんだ」
「俺に手を振っていたが」
「初対面の君の反応に思うところがあったんじゃないかな」
曖昧に微笑むユリウス。これ以上話すつもりはないようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます