第2話 覚えのない容疑

「帰りはゴーレムが少なくて助かったよ」


「硬いやつが多かったけどな」


 遺跡から出る途中、ユリウスの倒したゴーレムの残骸が合体して新たなゴーレムが生成された。動きこそ鈍いものの、ほとんどの個体が一撃で壊せない頑丈さがあった。

 とはいえ、二人にとって脅威ではなかった。ユリウスの広範囲魔法でゴーレムを無力化することに成功したのだ。


「遺跡調査はまた今度かな。もっと内部を探索しておきたかったけど、ジンが生きてることを先に報告しないとね」


「仕方ないな」


「報酬は無しだよ」


「わかってるよ」


 久々に二人きりで話しながら村に向かう。


「それで、これからどうするんだい?」


 村が見える距離まで近づいたとき、ユリウスは真面目な声音でジンに尋ねた。


「どうするかな」


 若返ったことを信じてもらえるかどうか。そもそも元に戻れるのかすらあやしい。

 最後に見かけた女を探すというのも手かもしれない。そんなことを考えているとユリウスが人差し指を立てた。


「実は君に頼みたいことがあるんだ」


「頼み?」


 ジンの今の状況でできることは限られている。冒険者としてやっていけるかもわからない。

 ユリウスは自分で解決できることは自分でやる男だ。彼から頼みごとをされたのは片手で数えるほどしかない。


「内容によるぞ」


「大丈夫。君のその姿が重要だからさ」


 続きを促そうとすると、ユリウスが怪訝そうな視線を前方に向けていた。慌てた様子の男が二人のもとへ駆けて来る。


「た、大変だ!」


 ジンもよく世話になる道具屋の店主だ。いつもはぶっきらぼうな彼が村を指さして息切れしている。


「どうしました?」


 店主はただならぬ様子でユリウスの肩をつかんだ。


「ユリウス。落ち着いて聞いてくれ」


 彼は深呼吸して重苦しく言葉を吐いた。


「ジンがお尋ね者になってやがる」


 ジンはユリウスと顔を見合わせる。

 どうやら想像していた以上の面倒ごとに巻き込まれたらしい。





 村では両肩に青い線の入った甲冑を身に着けた男たちが待ち受けていた。


「ユリウス・リーベルトだな」


「はい。あなた方は青竜騎士団ですね」


 ジンも聞いたことがある。王国の治安を守るために結成された騎士団で、団員の九割がBランク以上の魔物を狩る実力があるとか。


「我々はジン・アーシュバルの行方を探している」


 見ると道具屋や民家からも騎士団員が出入りしている。


「ジンが何かやらかしたんですか?」


 ユリウスが尋ねる。

 赤ひげをたくわえた男は見定めるように視線を向けてくる。そして、重苦しく息を吐いてから口を開いた。


「我が国の冒険者ギルドのマスターが殺害された」


「なっ!?」


「本当ですか?」


 思いがけない返答にジンは動揺を隠せない。いつも飄々としているユリウスも眉をひそめている。

 これまで何度も世話になってきた男が死んだ。それが事実なら冷静ではいられない。


「現場に落ちていたのがこれだ」


 赤ひげの男は後ろにいる騎士団員へ手招きする。

 その一人が取り出したのは、ジンの立場を示すための冒険者証だった。

 それは自分のものだ。そう言いだしたいのをジンは必死に堪えた。

 Aランク以上の冒険者を示す黒縁のカードを持っている人物は限られている。偽物である可能性は低い。


「ギルドマスターに抵抗されて奴も焦ったのだろうな」


「……ちなみに」


 ユリウスは考えをまとめるように呟く。


「何だ?」


「ギルドマスターが殺されたのはいつですか?」


「我々は昨夜、それも夜更け近いと考えている」


 ジンが遺跡で気を失っている間に事件は起きたということになる。

 ユリウスも同じ考えに至ったのかジンと目配せする。


「最後に目撃されたのが夕暮れ時の王都の冒険者ギルドだ。ギルドマスターは知人が来ると言って自宅へ戻ったそうだが――」


「そこで殺害されたと」


「ああ。そしてテーブルには二人分の食器が乗っていたが、ほとんど食べ終えたあとだった」


「つまり、食後の隙をついてギルドマスターを殺害したわけですか」


「あのギルドマスターを油断させられるほど、親しい人間ということが考えられる」


 今の自分がジンとして見られるかは微妙なところだ。面識のなる人間ならば信用してくれるかもしれないが、それを証言したところで犯人として仕立て上げられる。


「貴様とアーシュバルはギルドマスターと交流があったと聞いている」


「はい。あの人にはいつも世話になってましたから」


「率直に言おう。ジン・アーシュバルは今どこにいる?」


 鷹のような眼光で赤ひげの男はユリウスを睨みつけた。嘘偽りを混ぜることは許さないと物語っている。

 しかし、ユリウスも若いとはいえ修羅場をくぐってきた人間だ。


「それがわからないんですよ」


 彼は重苦しい空気に似合わない苦笑を浮かべ首を振った。


「何?」


「彼、この村で依頼を受けてから行方をくらましているんです」


 見方によっては依頼を目くらましにして犯行に及んだ極悪人だ。


「クエストの放棄だと? やはり冒険者というものは信用ならない」


 見下すように騎士団の男たちはあざ笑う。拳に力を入れたジンをユリウスが手で制した。


「ええ。ですからそういった人間を冒険者としないために我々の学園があるのです」


 ユリウスは冒険者を育成する機関『クローベル学園』で教師としても働いている。要職についているという話を聞いたことがあった。


「ところで隣の小僧はなんだ? 報告を受けているアーシュバルと類似している点はあるが――」


 話題がこちらに飛んできた。団長らしき男は無遠慮な視線を向けてくる。

 どうやって返したものかと思案するよりユリウスの答えが早かった。


「彼ですか? 彼は編入生です」


「――――」


 思わず疑問を浮かべそうになる。しかし、ユリウスの何か企んでいる時の感情の読めない笑みを見て飲み込んだ。


「ほう。あの学園に編入するとなれば、よほどの素質があるのだろうな」


 男は値踏みするようにジンを見た。ジンもまた男を見返す。

 年齢は三十代半ばだろう。この若さで団長を任されているというのは、よほどの実力者か国王に信頼されているのか。


「小僧。名は?」


 まずい。そんなの考えてないぞ。


 素直にジン・アーシュバルと答えてしまえば罪人となる可能性が高い。

 答えないのを不審に思ったのか、団長は顔をしかめる。


「彼は極度の人見知りなんです」


 ――今度は何を言う気だ。


 ユリウスは任せておけと言わんばかり、ジンに向かって笑みを浮かべた。

 どうやら助け舟を出してくれるらしい。


「彼は森で暮らしているのを保護したんです。それまでは師と呼べる人物が一緒に過ごしていたようですが、その方も亡くなられたようで」


 よくそこまで適当に並べられるとジンは素直に感心する。


「師にはアッシュと呼ばれていたそうです」


 名前まで勝手に決められてしまった。

 恨めしく思ってユリウスを見るが、彼はどこ吹く風といったように話を続ける。


「本来であれば私が保護したことをギルドマスターに報告するつもりだったのですが」


「そうだったか」


 団長はユリウスの言葉に納得したようだった。


「アッシュよ。その体つきを見るに剣士を目指しているのではないか?」


「……そう、です」


 もともと剣士だったのだから間違いではない。


「そうか」


 ジン改めアッシュの返答に青竜騎士団の団長は微笑した。

 先ほどまでの鉄仮面が嘘のようだ。


「いつか手合わせできるのを楽しみにしている」


 それから団長はユリウスに厳しい目を向けた。


「アーシュバルの居場所が分かったらすぐに知らせろ」


「ええ。いくら友人とはいえ、ギルドマスター殺害の容疑が掛かっている人間を匿ったりはしませんよ」


 しばし無言。何かを隠していることは分かっても何を隠しているのかまでは分からないだろう。


「それではな」


 思っていたよりもあっさり引き下がったことに驚く。団員たちをまとめると彼はさっさと村を離れていった。


「なるほど。レオン団長は若者に甘いというのは本当だったみたいだね」


 青竜騎士団の姿が見えなくなってからユリウスはぽつりと呟く。


「レオン? 炎獅子のレオンか?」


 冒険者ならば一度は耳にしたことがあるだろう。

 炎獅子のレオン。二十年ほど前、各地に侵攻を始めた魔王の討伐に駆り出された勇者の中で最年少。現代の英雄ともいうべき存在だ。

 炎を操る魔剣を自在に扱い、獅子のごとく敵に喰らいついたという逸話がある。


「うん。最近の彼は身寄りのない子供たちを保護して騎士団の一員に加えているらしい」


「へえ。師匠みたいな人だな」


「師匠ほど偏屈じゃないと思うけどね」


「確かに」


 頷いてからジンは先ほどの話をただす。


「そういや、俺が編入生ってどういうことだ?」


 レオン団長を騙すための嘘にも見えなかった。何か考えがあるようにも思える。


「君に頼みたいことがあるって言ったでしょ」


 ユリウスはいたずらっ子のように微笑んだ。

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