付与魔剣士の英雄譚

平石永久

第1話 若返った冒険者

 出土した遺跡を調べてほしい。現場近くの村から依頼を受けたジン・アーシュバルは、単身、内部の調査に乗り出した。

 村が親友の出身地ということもあり、早急に村人たちを安心させたいと考えたからだ。

 地面から顔を出しているのは、大人二人が並べるくらいの洞穴だった。警戒しながら中を覗き見ると下に伸びる螺旋状の階段が見えた。

 薄暗いため先は見通せないが空間が広がっているのは察することができる。


「このクエストは骨が折れそうだ」


 誰に言うでもなく、ジンは呟いた。その後、懐から短剣を取り出す。


「光よ」


 ジンの言葉に反応して短剣の刃が淡い光を放つ。彼は周囲に視線を巡らせ、僅かな明かりを手に階段を下り始めた。

 不気味なほどの静けさ。ジンの足音だけが響いている。

 階段を下りた先は、青白い光が空間を照らす広場だった。その光の前では自前の明かりが小さく見える。


 ――魔物の気配はしないか。


 地面から突然せり上がったという話だったが土の匂いもしない。

 ジンは警戒を怠らず、右手で腰に差した長剣を引き抜く。

 未確認の遺跡から魔物が出現することもある。魔物は人間族より知性は低いが、人里に現れて悪さをするのだ。それを未然に防ぐのもジンのような冒険者の役割だった。


『……けて』


 かすかに人の声が聞こえてきた。


「誰かいるのか?」


 ジンは声のする方向へ向かって歩き出す。


『助けて』


 今度ははっきりと聞こえた。女性の声だ。


「どこにいる!」


 ジンは呼びかけるが、それには応えず声の主は助けを求め続ける。


 ――聞こえていないのか?


 不審さを感じるがジンは先を急ぐ。

 どれだけ進んだのか。誘われるまま歩みを進めるほど声は大きく聞こえてくる。

 ふと、違和感を感じて短剣の明かりを壁にかざす。そこから道が分岐していた。

 見落としてしまいそうな右への道は人一人がようやく通れるくらいの幅しかない。


『……助けて』


 女の声はこの細道から聞こえている。

 長剣を鞘に戻す。ここから先は短剣の明かりを頼りに進むしかない。


 ――こんな場所で襲われたらひとたまりもないな。


 何かがいるような気配は感じない。だが、通路の奥から光が漏れているのを目にした。声もそこから聞こえている。

 急いで先に進む。しかし、そこは行き止まりだった。


 ――何だ?


 小部屋の中に石板が立てかけてあった。

 その枠の中で太陽と竜翼をかたどった刻印が青白い光を放っている。


『助けて』


 声は石板から聞こえていた。周囲に人影はなく、この空間は罠を予見させた。

 それでもジンは一歩、石板に向かって踏み込んだ。


『ようやく巡り会えた』


 すると発せられる言葉が変わった。


『この日を待ち望んでいました』


 先ほどまでの弱々しい声ではない。どこか希望に満ちている、ほっとしているような声音だった。


『あなたはこれを受け取る人』


「何のことだ?」


 ジンは石板に疑問を投げかける。声は彼の問いには答えない。


『今はまだ――』


 突如として風のぶつかるような音が言葉を遮る。


『でも、あなたなら――』


 光が石板に収束していく。そして、目が潰れそうなほどの輝きが辺りを包んだ。


『――を救って』


「ぐっ……」


 激しい頭痛がジンを襲う。感覚が曖昧になり、短剣を地面に落としてしまった。それを拾おうと手を伸ばすがバランスを崩し倒れこむ。

 意識が途切れる前に見えたのは、自分を見下す長い白髪の女性だった。





 どれだけの時間が経っただろう。

 朦朧とする意識。誰かが体を揺すっている。


「君、大丈夫かい?」


 聞き覚えのある男の声で目を覚ました。


「悪い、ユリウス」


 全身に痛みを感じながらジンは上体を起こす。明かりを持った金髪の男が不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「どうした?」


「君とは初対面のはずだけど」


 親友は困ったように首を傾げる。彼の女受けする顔が腹立たしかった。

 ユリウス・リーベルトは人をからかうのは好きだが、困らせるのは苦手な男だ。


「こんな時に冗談はよしてくれ」


「それはこっちの台詞だよ。魔力探知でジンを探しに来てみれば君みたいな子供が倒れてるし。頭が痛いなぁ」


 ユリウスは額に手を当て周囲を見回す。ジンも立ち上がり、友を見上げる。


 ――ちょっと待て。


 自分の身長はユリウスと同じくらいのはずだ。それがこれほど差をつけられているのはおかしい。

 背丈だけじゃない。声にも違和感を感じた。


「……ユリウス。鏡を貸してくれ」


「あれ? どうして僕が鏡を持ち歩いてるのを知ってるのかな。ジンとミアちゃんしか知らないと思ってたけど」


 自慢げにユリウスが取り出した小鏡を奪い取る。映っていたのは――。


「嘘、だろ」


 短めに切りそろえられた黒髪と幼さの残る顔立ち。十年ほども若返った少年期のジンの姿だった。


「装備もないのに魔物のうろつく遺跡によく潜ったものだね。もしかして英雄志望なのかな」


 はっとして周囲を見回すが持っていた武器の類は一切ない。自分の懐を探るが金品もなくなっていた。


「ユリウス。俺はジンだ。ジン・アーシュバルだ」


「え?」


 まじまじと眺めてくる友人を見返すが、まさかと彼は笑い飛ばした。


「外見は昔のジンに似てるけど、彼はもう二十五歳だよ。君みたいな子供じゃない。もしかしてジンに憧れてるのかい?」


 あくまでも他人の空似だと言いたげなユリウス。ジンは半目で睨んで奥の手を使うことにした。


「お前、アンナちゃんに手出したのミアにバラすぞ」


 ユリウスの笑顔が硬直する。そしてぐっと顔を近づけてきた。


「どうしてそれを!?」


「師匠も言ってただろうが、女遊びは程々にしろってな」


 ジンは呆れの混じった視線をユリウスに向ける。


「遊んでないさ。僕はいつだって真剣だ」


 得意げに胸を張り、ユリウスはジンから鏡を奪い取る。だが、すぐに神妙な顔つきになった。


「なるほど。君がジンなのは本当らしい」


「納得したか?」


「師匠のことを知ってるのは僕とジンだけだからね」


 本人と認められたジンはひとまず安心する。

 一息つくジンの姿をユリウスは興味深そうに見てきた。


「いつの間に若返りの魔法なんて覚えたんだい?」


「そんな魔法があるなら知りたいけどな」


 前置きして、ジンは自分がこの場所に来た経緯を説明し、何が起きたのかを話す。

 すべてを聞き終わったユリウスは考え込むように腕を組んだ。


「君がその姿になったのは石版の光に当てられたからなのか。あるいは最後に見たという女性のせいなのか」


「いずれにせよ。面倒なことになったのは間違いないな」


 これからどうしたものか。ジンはため息をつく。


「そうだね。君のいう石版もないから女性が持ち去ったのかもしれない」


 周囲を見渡すが痕跡らしきものは何もなかった。

 顔を合わせ考え込んでも今ある情報だけでは絞り込めない。


「とりあえず、ここから出ようか」


「そうだな」


「僕のこれを預けておくよ」


 ユリウスから手渡されたのは、失ったものに近い刃渡りの短剣。何度か振り回して使い心地を確かめてみるが違和感はない。


「問題はなさそうだね」


「ところで魔物がいるってのは本当か?」


「まだゴーレムにしか遭遇してないけどね」


 ゴーレムの基本素材は土塊だ。まれに鉱石から生まれる個体もいるが、ほとんどは衝撃で崩れることが多い。

 魔物は脅威度によって下位のEからD、C、B、A、Sの六段階でランク付けがされている。ゴーレムは材質によってCからBランク。ジンにとってそれほど脅威ではない。


「俺が入ったときは魔物の気配がしなかったんだがな」


「そうなのかい?」


 思い当たる変化は光る石板の有無くらいだ。


「ところでユリウスはどうしてここに?」


「君が朝になっても帰ってこないって、村長から連絡があったから探しに来たんじゃないか」


「……俺は一日ここで寝てたのか。体中痛いわけだ」


 肩を回しながらジンは気合を入れる。この姿でも自分の経験が死んだわけではない。


「君の無事も確認できたことだし、ここから出ようか」


「ああ」


 ユリウスの言葉に頷く。

 二人は小部屋を出ると出口に向かって駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る