第8話 決闘の結末
そこは学園に隣接する小さな闘技場だった。
小さいといっても学園の全生徒を含め、千人ほどを収容できる。
どうやらルチアたちのばらまいたビラの効果はあったようで、百人ほどは見物に来ているようだった。
「逃げずに来たことは褒めてあげるわ」
観客に見下ろされる闘技場へ足を踏み入れたアッシュは、睨みつけてくる少女と向き合った。
「逃げる理由がないからな」
アッシュは淡々と答える。彼の目には不遜な笑みを浮かべるクレアが映っていた。
見物される感覚も決闘中は気にならないだろうと観客席を見回す。その中にリンとユフィの姿を見つけた。
リンは先ほどまでと変わらないが、ユフィは今までより硬い表情をしていた。
――気張らなきゃいけないのは俺か。
「あの娘たちに何か吹き込まれたの?」
クレアは目ざとくアッシュの視線を追っていた。
――勘の良いことだ。
アッシュは悟られないよう調子を変えずに答える。
「何のことだ?」
「とぼけなくてもいいわ。あの娘たちが私から剣を奪おうとしてることはわかってるもの」
クレアの言葉に、今度はアッシュが眉をひそめる番だった。
「どういうことだ?」
「リンの話だと私は魔法士に向いてるらしいわ」
自嘲するようにクレアは鼻を鳴らした。
そして、独り言にも近い調子で話し始める。
「私の魔法が大したことないのは、私自身がよくわかってる。それなのに、魔法士になれだなんて残酷だと思わない?」
だけど、その瞳は後悔に揺れていて。
「私は姉さんのような魔法士になれない。それでも、お父様の期待には応えなくちゃいけない。だって、私はクレア・フォン・ガーネストなのだから」
「そうか」
短く答える。これで彼女が頑なに魔法を選ばない理由もわかった。
そんなアッシュの態度が気に食わなかったのか、クレアは腰に差した長剣を引き抜く。
「おっともう始めるのかい?」
ふわりと観客席から降り立ったのは、微笑したままのユリウスだった。
「遅い」
「ごめんね。もう少し前哨戦が長引くかと思ってさ」
悪びれた風もなく、ユリウスはアッシュに笑いかける。
「先生! 早く開始の宣言をしてください」
クレアは、そんな二人に苛立ったような視線を向けた。
「慌てない慌てない」
ユリウスは、両手で押しとどめるような仕草をして、こほんと咳払いする。
「これよりクレア・フォン・ガーネストとアッシュ・リーベルトの決闘を執り行う」
観客席から歓声が上がる。
よく聞いてみると二人に対しての声援らしきものはほとんどない。
「またお嬢様が喧嘩売ったんだってよ」
「今回はどうやって負けるんだろうな」
「いい加減、気づいたらいいのに」
聞き取れただけでも、クレアに好意的なのはクラスメイトの一部だとわかる。
クレアにも聞こえているのだろう。両手に力が入っている。
「ルールは単純明快。勝敗はどちらかが降参するか、戦闘続行不可能と僕が判断するまで。魔法の使用も許可するけど――」
「使いません」
「そうだろうね」
クレアの即答に、ユリウスは苦笑する。
父親の期待に応えたいという願い。姉を越えられないという劣等感。
二つの想いが彼女の中で混濁している。
――でも、それじゃ満足できないだろ?
アッシュは事前に用意された長剣を引き抜く。
「二人とも準備はいいかな?」
「はい」
「ああ」
「それじゃあ、お互い悔いのないようにね。始め!」
宣言と同時に、クレアが踏み込んでくる。
――速い。
瞬きする間などなく、彼女は一気に距離を詰めてきた。
袈裟懸けに振り下ろされる剣を一歩引いて弾く。
防がれることも理解していたのだろう。弾かれた勢いのまま一歩距離をとる。
「どうして魔法を使わないんだ?」
自分でも意地悪な質問だと思う。
魔法を使うには集中力が必要だ。剣を振るう間に詠唱をするのは、簡単なことじゃない。
「余裕のつもり!?」
がむしゃらに打ち込まれる剣。それをアッシュはあしらっていく。
「単純な疑問だ」
剣士の役割は敵の足止め。一対一で本領を発揮する。
ゆえに、上位の剣士であっても、魔剣などで補強している場合がほとんどだ。
だが、決闘に使われている剣は何の特殊な力も持っていない。
お互いの自力が試される。
「筋力は俺の方が上。速度だけなら五分。体力に関してはわからないが――」
「うるさい! 剣が折れない限り、私は負けを認めない」
肩で息をしている。
「そうか」
決闘を長引かせれば、お互いの力が拮抗していると思われてしまう。
それはどちらにとっても都合が悪い。
「火よ」
アッシュが呟きに応じて、彼の剣が赤き炎の包まれる。それは魔剣と呼べるほどの輝きが宿っていた。
「なに、それ。……魔剣?」
何が起きたかわからない。クレアは、そんな困惑の表情を浮かべていた。
「俺の魔法だ。付与魔法。それが俺の唯一発動できる魔法」
劣等感という点においては、アッシュも似たようなものをもっていた。
師から才能を見いだされたが、魔法と剣術の両方を究めることは出来なかった。
師はそれでいいと言ってくれた。友も剣の才を羨んでくれた。
「俺もあんたと似たようなものだ」
アッシュは駆け出す。
「……ッ!」
いきなり距離を詰められたクレアは、反射的に防御の構えをとる。それを見越したアッシュは、炎を纏った剣を振り下ろす。
「そこまで!」
ユリウスが止めに入った。
「えっ……」
彼女は呆然と尻餅をついた。
クレアが防ぐように構えていた剣は、中央から刃が折れていた。
それでも、彼女はキッと目をつり上げ、戦意を燃やして立ち上がる。
「私は、まだ……!」
「これは命のやり取りをする場じゃない。武器を破壊された時点で勝敗は決した」
ユリウスに諭され、クレアは言葉を飲み込む。
「勝者アッシュ!」
歓声は上がらなかった。これが当然の結果であるかのように。
がやがやとクレアを煽る声が聞こえる。彼女は俯いていた。
クレアは悔しさに唇を噛みしめている。アッシュは勝者であり、掛ける言葉はない。
何を言っても彼女は受け入れることが出来ないだろう。
「クレア」
「……何よ」
「そこで見てろ」
今にも泣き出してしまいそうな彼女を見て、アッシュは決闘前から考えていたことを実行する。
「……何のつもりかな?」
アッシュは決闘を見届けたばかりのユリウスに剣の切っ先を向けた。
ユリウスの笑みは消えない。より嬉しそうな顔で両手を広げた。
「わかってんだろ」
「ふむ?」
彼はとぼけたように首をかしげる。しっかり言葉にしてくれと言わんばかりに。
だから、アッシュは息を吸って告げる。
「俺、アッシュ・リーベルトはユリウス・リーベルトに試合を申し込む」
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