チャバ
交通量が多い大通りを歩いていって、カラガラスーパー、通称カラスーに着いた。
このスーパーはこの街の住民……
というより、近くて食料品が買える店がここにしかないだけなんだけど。
ここに来たばっかの時は
カートを走らせて中に入り、次の試作品と明日のための材料を調達するために青果コーナーへ向かう。
キャベツをカゴに入れ、次はなんだったかとメモを見るためにスマホを開いた。
すると、15件のメッセージと8件の不在着信の通知が目には入る。
「これは……あいつだな」
それはトレーネのあと1人の従業員。
僕と同じ料理人……まぁ、調理師学校からの仲だからもう10年くらいの付き合いになる同期。
そして、かなりの心配性。
口が悪いくせにね。
そんなことを言っている内に着信音が響くから、仕方なくスワイプして耳に当てる。
「どうしたの、チャバ」
チャバ……
「おい! 心配だから掛けてやったのに、なんだよ!? その口振り!!」
チャバはトレーネが終わってからコンビニのバイトをしている。
チャバのお母さんが身体が弱くて入退院を繰り返しているから、その病院代を賄うには料理人だけじゃ足りないらしい。
元々トレーネはチャバのおじさんがオーナーだったから給料を上げても良いって話があったんだけど、チャバはなぜか断ったんだ。
トウノ店長とも仲悪いわけじゃなさそうだし、上げてもらえば良いのにね。
「買い物したら買えるから大丈夫。 何もないなら、切るよ?」
「あるから切るな! ったく、いつからそう冷たくなったんだよ」
チャバの言葉が刃のように胸に深く突き刺さる。
チャバにさえ、心を閉ざしているのだと実感させられた。
『大丈夫、俺がいる……口無をひとりになんかさせないから』
ハルが亡くなった時、チャバは僕を優しく励ましてくれた。
変わらずにずっと友達でいてくれてるんだね。
「今日の試作品、新メニューに採用してもいいって」
「おお、良かったな……っていうか、まず俺に食わせろよ」
「じゃ、明日食いに来て」
ニンジン、じゃがいも、かいわれとカゴに入れて、苦めのピーマンを見極めながら会話をしていく僕。
「まさかとは思うが……明日はなんの日か、忘れてねぇよな?」
脅迫めいた言い方をするチャバに僕は唾を飲み込んだ。
「忘れるわけないよ」
忘れたいんだけどねという言葉はもう胃へと消えていった。
「だから明日はお前と鶏のさっぱり煮をメインにあいつの好きな料理を作って食べる気でいたぞ?」
「忘れてなかったんだ」
「あったりめぇだろ? 俺はあいつの一生のライバルだ!」
料理はチャバの方が断然得意だと思うからいまいちピンと来ないんだよね。
でも、チャバが忘れていなかったんだと思うと少し嬉しくなった。
そりゃあそうか。
僕とチャバとトレーネにいたもう1人の料理人の絆は2年くらいじゃ壊れないもんね?
「バイト終わってから来るってことでいい?」
「ああ、明日は絶対お前と一緒だ」
1日デートみたいな、特別な日のような言い方をするから違和感を感じる。
「いやいや、トレーネで同じ厨房にいるんだから一緒じゃん」
僕は軽く笑いながら言う。
「それとこれとは……話が、違う」
なぜかだんだん声が小さくなっていくチャバ。
「チャバ?」
たまにチャバがおかしくなる時がある。
普段は自信満々なんだけど、うつむいてぶつぶつ言い出す時が。
良い例は僕がピアスを開けた時。
あまりにも似合わなかったのか、発狂してうつむいたんだ。
「な、なんでもねぇよ!」
「そう?」
「そうだよ、バーカ」
そうそう、あの時もこう言ってた。
「じゃあ、材料買ってきてよ。こっちも軽く買っとくし……楽しみにしてるから」
「お、おおぅ」
今日のチャバは変だな。
「今日はゆっくり休んでね……チャバ」
「お、お前もな……口無」
お互いに労ってから、電話を切った。
チャバは自分とお母さんのために一生懸命働いている。
だったら、僕はなんのために生きているのだろう。
僕がいなくなれば、チャバの心配の種は減るのにな。
相変わらず暗いことを考えながら、今度は精肉コーナーへと向かっていった。
死人に口無 斎藤遥 @haruyo-koi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。死人に口無の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます