魔女の血を持っている少女の話。
道理伊波
第0話
父親が再婚した。
母親は五年前に他界していた。
私は母方の祖父が持っていた屋敷へ預けられることになった。人は住んでいるのかわからないらしい。ただ、父が再婚した女についていくことよりましだ。私は元から父親に好かれていなかった。
それは、母方の祖母が原因だった。
祖母は魔女の血を持っていた。多少なりとも魔力を持ち、霊的存在や妖怪魔物の類が見える人だった。そして、魔女の血を強く濃く引くものは共通した見た目をしている。
――髪の毛は闇から出たような漆黒、瞳は血のような深紅。ただし、魔力が乱れると色素が薄れ、髪の毛は鏡のような銀色、満月のような淡い金色へと変化する。
――なんだそれは、気持ち悪いっ‼
幼いころ泣いていた私を見て、父親がそう言ったそうだ。母親はその時なだめてくれたそうだったが、彼女は死を迎えるその時まで私のこの魔女の力を気にしていたそうだ。自分は受け継がなかったが、それゆえに娘の苦悩が理解できないことに胸を痛めていたらしい。自分が理解できていれば、私が少しでも楽になれるのではないのかと。
とはいえ、母が他界してしまったからにはもう母方の祖父母は関係ないのではないだろうか。そう思っているが、私は母方の祖父の所有している屋敷へ越すことになった。父親もこれがいい機だと思ったのだろう。金は入れてやるから、姿を見せるなと言われた。――実の父親に。
別に悲しくはない。私は母親のように慈悲深く、優しい聖女のような人間ではないのだから。むしろ、父親のようにこの奇異な見た目を好いてはいない。――そう思っただけで、反吐が出るけれど。
さて、――現実に戻り森の中。
なぜ森の中かというと、ここに母方の祖父が所有しているお屋敷があるから。にしても、渡されたカギがとても古い。ついている錆が青くなっているくらいだ。まさにおとぎ話に出てくるような、メルヘンなデザインのカギ。
私はため息をつき、足を止めた。おそらく、ここから入るのだと。
私はその場で唖然とするしかなかった。目の前には荘厳な門扉がある。明らかにそれっぽい鍵穴もあって、何もない森の中じゃもうここしかなかった。
「えい!」
私は勇気を出して、門のカギ穴にカギを差し込んだ。そして、カチリとひねる。
「……あ、開いてしまった」
ガチャンと重い音がして、私は緊張と興奮に生つばを飲み込んだ。ギィッときしんだ音が鳴る門扉を力いっぱいに押して、わずかに空いた隙間から入りこむ。そして、また門扉を力いっぱいに押し戻しカギをかける。いくら誰も近づかなそうな外観だとは言え、誰も入り込まないとは断言できない。
私はとりあえずため息をつき、ぱっと屋敷のある方へ向き直った。目の前には苔の生えた石畳の階段がある。その上にはよく見えないが、ほの暗い大きな屋敷の屋根が少しだけ見えた。
私はぎゅっと持っている荷物を抱きしめ、石畳の階段へ足をのばした。苔で滑らないよう、ゆっくりと警戒しながら進む。
「それにしたって、薄暗くて寒い……」
森の中にあるというのもあって、じめじめした空気とまとわりつくような冷気が漂っている。
それにしたって、なんで母方の祖父はこんなところに屋敷なんて建てたのだろうか。――もしかしたら、母方祖母のためのものだったりするのだろうか。なんというか、雰囲気からいかにも何かが現れそうだ。
とはいえ、ここは不思議なくらい何もいない。
虫や鳥はいるのだが、どこにでもいるような幽霊や妖怪たちの姿がない。まるで、この森そのものが結界になっているみたいだ。結界とは、魔力の壁のことだ。私は魔力を使える環境になかったから、そんな大きな仕掛けはしたことがないけれど。ただ、父親が帰ってこないあの家では多少練習していたけれど。
「よ、いしょっ……」
最後の一段を上りきって、私は肩息をつく。
長かった。さっきまで寒かったのに、今では汗がにじんで少しだけ暑い。それにしたって、この家の敷地はどれくらいあるのだろうか。
大きな庭に迎えられ、もう一度唖然とする。雑草しか生えてないが、おそらく庭なのだろう。やけに広大で、呆れてしまう。
「んで、これが私の住処になるの……?」
頬に汗が伝う。何度驚かされればいいのだろうか。こうも唖然としていたら、顎が外れてしまいそうだ。私はその広さに肩をすくめた。ここに渡し一人ぼっちで暮らせというのだろうか。父に渡されたなけなしのお金で、ここを維持できるのだろうか。
ただ、――光熱費や水道代などは顔も知らない祖父が払ってくれるらしい。それから、生活設備はそろっているから問題ないと、細い文字で書かれた手紙に書かれていた。送り主は祖父から。母方の祖父は、私に会ったことはないらしいが私の名前は知っていたらしい。
――
そう書かれていた。
暖かなその文章に思わず頬が緩んだのを覚えている。
私は屋敷の扉に手をかけ、ふうッと深呼吸した。貴族然とした屋敷って感じで、緊張が増していく。しかし、ためらっている暇はない。ここにしか私の住み場所が存在しないのだから。
「よしっ……」
私はカギを開け、扉を押した。少し重い扉に苦労しながら、私はため息をついた。そして、大きな荷物かばんを床に降ろした。――やっと、扉が開いた。そう思った瞬間、あたりがふわっと明かりを灯し始めた。
まるで、この家の主を出迎えるように。
それは、一種の火の玉。暖かなオレンジ色で、私の方へふわふわと近寄ってくる。それから、人影もちらほらと表れてくる。
――うそでしょ、さっきまで気配の欠片もなかったのに……。
「ほぉ、これが雄三と梅代の孫娘であるか……」
顔を上げると、ほの白い光を帯びた男が目の前にいた。
「わっ……」
「驚いたか……? すまぬな、さあ、外は寒かったろう。荷物を持とう。和歌、和
歌はいるか! 茶の用意と、孫娘殿の案内を頼む」
「あぁ、うるせぇな。命令すんなよ、千……」
ほの白いと思ったのは、火の玉を貫通して私の前に現れたから。その男の人は、洋風な服を着ていて前髪を後ろへなでつけている。まるで貴族のおつきの人みたいだ。
そして、その人の声で現れたのも男性だった。蛇みたいなうろこが肌に浮かんで、今にも消えそうな雰囲気をしている。
「ふぅ……、こちらにこい。人間の娘……」
蛇のような――和歌さん(?)にこ私はおずおずと近づき、そのまま彼の後ろについていく。執事のような千さん(?)は、どこかご機嫌そうにどこかへ消えてしまった。ほかにも誰かがいるのだろうか。人影はちらほら見えるが、姿を現してくれそうにはない。
「おい、娘。名は何という」
「あ、えーと、椛です……」
そう名乗ると、和歌さん(?)は特に何も言わなかった。自分から聞いてきて、それはないだろうと思いつつも、慣れない人に緊張してしまう。
「雄三の孫だった、か……? 雄三と面識は。清香はどうした」
「な、ないです。母は五年前に亡くなりました……」
私は思わずうつむいてしまった。そのせいか、和歌さんも気まずそうな表情を浮かべていた。そして、私を少し振り向きおずおずと私に手を伸ばした。そして、少し震えている手で私の頭に手を置く。
それから、壊れ物を扱うように私の頭を撫でた。
しかし、その手はすぐに離れていった。
「さっ、ほら、行くぞ……。ちんたらするなっ……」
「ぇ、はい!」
なぜ怒られたのだろうか。
私は不思議に思いながらも、急ぎ足になる。それにしても、独りぼっちじゃなくてよかった。のんきにも思ってしまう。それに、おそらくここにいる彼らはみな人間ではない。おそらく、みんな妖怪とか魔物の類だ。
――よかった。人間だと、私を怖がっちゃうし……。
私は複雑にもそう思い、頬を緩めてしまった。
魔女の血を持っている少女の話。 道理伊波 @inami_douri
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