ラブ・イズ・ドアー

ちびまるフォイ

幸せのメリーゴーランド

「私を……ここから連れ出してくれるの?」


「ああ、俺は君が好きなんだ。愛している」


「でも、私にはこのちょうつがいがある。

 これがある限り私はこのトイレから出ることはないのよ」


「こんなものっ!!」


男は上下二箇所のちょうつがいを怖した。

トイレのドアは晴れて自由の身となって男に倒れかかる。


「本当にいいの? これからはトイレのプライバシーがなくなるのよ」


「そのかわり、君と出かけられるようになったじゃないか」


「もう……バカ ///」


ドアは白い塗料をわずかに赤く染めた。


「これからはもう壁にしばられることはない。どこへ行きたい?」


「私、外へ出てみたいわ。海が見てみたいの。

 トラックの荷台で運ばれるのではなく、このへりで歩いてみたい」


「近くに海はないけど、それくらいなら簡単さ」


男はドアの手すりを引くと外へ歩き出した。

仲むつまじく歩く人間とドアのカップル。


待ちゆく人は誰もが素敵な二人を羨ましそうに遠ざけていた。


「いたっ……!」


「大丈夫?」


「慣れないヒールで歩き過ぎちゃったみたい。

 ドアのへりがヘリズレしちゃってるわ」


「それは大変だ。そこのベンチで休もうか」


男はドアをお姫様抱っこする。


「ちょ、ちょっと! みんな見てる! 恥ずかしいって!」


ドアは恥ずかしそうに手すりをカチャカチャと上下させた。

公園のベンチにドアを立て掛けて一息つくと、ドアは話し始めた。


「なんか……やっぱり見られてるね」


「そう? 気にならなかったよ、僕は君しか見てないからね」


「どうして私のようなドアを選んだの?

 他にも宮殿のドアとか、美術館のドアとか、障子とか、引き戸とか。

 他にもキレイなドアはたくさんいるじゃない」


「僕はいつもトイレのプライバシーを堅実に守ってくれる

 そんな健気で優しい心のドアに惹かれたんだよ。見た目じゃない」


「嬉しい……! ドアに作られてよかった……!」


甘い時間を過ごしていると、公園にやってきた子どもたちが二人を見つけた。


「あーー! カップルだーー!」

「見ろよ、ドアといちゃついてるぜ!」

「へんなのーー!」


男がおもむろに服を脱ぎだしたのを見て

子どもたちはクモの子を散らすように逃げていった。


「大丈夫?」と男は気を使ってドアに声をかけた。


「その……やっぱりドアと人間っておかしいかな」


「おかしいもんか。君が気にすることじゃない」


「でも……」


「君が遠慮なんてすることないよ。

 それにこの社会がいかに懐が深いかってことをわかってもらえるはずだよ」


「これは……?」


「温泉旅行のチケットさ。昨日、ふたりぶん買ったんだ。

 前に海が見たいって言っていただろう? 一緒に行こうよ」


「もう……私はドアなんだから、ひとりぶんでいいのにっ」


「君は荷物なんかじゃない。僕の大切な恋人だから、ふたりぶんなんだよ」


男はドアを連れて飛行機を予約し、ドアをファーストクラス席に立て掛けた。

温泉宿につくと女将は事前にヤバさを把握しているのか驚く様子もなく案内する。


「ね? ここでは君はちゃんと人間として扱ってもらっているだろう。

 見た目がいくらドアだからって、君は僕の恋人である限り人なんだ」


「私、自分で自分がドアだからって世界を狭く見ていたみたい……!」


男とドアは浴衣に着替えると温泉へと向かった。


「すみません、お客様。男性の方が女湯に入るのはちょっと……」


「しかし彼女一人では温泉に入れないでしょう?」

「いいのよ。私はドア。温泉に入ったら手すりが錆びちゃうもの」

「でも、海が見たいと言っていたじゃないか」

「いいのよ……」


温泉に入れずに部屋のお風呂で軽くドアの表面を流した。

食事も二人分用意されたが1食分残すことになった。


「うまくいかないこともあったけど、僕は君と旅行が出来てよかった」


「私も……楽しかったわ」


「おやすみ」


翌日、目をさますとドアがいなかった。

男は半狂乱になってフロントに駆け寄る。


「ドアは!? 彼女はどこですか!?」


「え、ええ!? ああ、部屋にあった壊れたドアですか。

 それでしたら今朝に業者に持っていきましたよ」


「あれは僕の彼女なんですよ!!」


運ばれたとはいえまだ焼却処分されてはいないと男は信じた。

関係者入り口から廃棄処分のトラックを探す。


「いた!!」


見つけたときには、ブロロロとトラックはゆっくり動き出している。

男は必死にトラックの後を追って走り続けた。


「待ってくださいーー!! 止まれーー!!」


運転手はバックミラー越しに追いかける男を見つけて急ブレーキ。


「あんたなにやってるんですか! 危ないでしょう!」


男は運転手の言葉も聞かずにトラックの荷台に飛び乗る。

たくさんのガラクタの奥にドアを見つけた。


「ドア!!」


「どうして……どうしてこんなところまで追ってきたの……!?」


「君こそどうして僕に黙って行ってしまったんだ。

 連れ去られるときにキイキイと音を出すことだって出来ただろう?」


「いいのよ、これで……。だって私はドア、あなたは人間。

 みんな気を使って私を人間として扱おうと努力するけど限界はあるのよ。

 ご飯だって食べられないし温泉にも入れない。だから……」


「それがなんだっていうんだ!!」


男は荷台でドアを抱きしめる。

ドアもぎゅっと男を手すりで抱きしめた。


「どこにいたって僕は君を追い続ける!

 視線の先には常に君がいてほしいんだ!」


「……!」


「ドアである君が人間として扱われることに

 抵抗を感じるのなら僕がドアになってやる!」


男の願いは雲を突き抜け天を超えて神へと聞き届けられた。

男とドアの純愛を知った神様は慈愛の心でもって男とドアをくっつけてあげた。


そしてーー



「待てよ~~」


「私を捕まえて~~あはははっ」


「待てったらぁ~~♪」


「うふふふ~~」

「あははは~~」



回転扉のふたりは海が見えるビルの入り口でいつまでも幸せに過ごした。

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