第101話 終話


「艦長、お時間です」


 カーテンを開けた部屋に差し込む朝の光の中、いまでは妻となったマリアに起こされた。結婚してからも、マリアは俺のことを艦長と呼ぶ。マリアは俺との結婚を契機に次代のマリアにコアのアバターの職を譲り渡し、宇宙軍からも身を引いている。


 俺の今の身分は、アギラカナ名誉艦長、アギラカナ宇宙軍元帥、アーセン連合王国侯爵ということになっている。どの肩書もあまり意味はないが、周りのみんなは俺のことを立ててくれているので、それなりに居心地は良い。あと、の新東京市の名誉市民にもなっていたか。


 マリアは地球の慣例を真似て退役時に一階級進み宇宙軍退役大佐という意味があるのかないのか分からない肩書を持っている。


 現在のアギラカナの艦長は俺とマリアとの娘、山田明日香、宇宙軍大将が勤めている。俺たちの自慢の娘だ。


 普段は予定などない俺なのだが、今日はめずらしく、いまや人口二千万を超えた新東京市に移民開始当初から建設されていた新東京大学、その大学院先端技術研究所で開発された、超長距離大規模転送装置の公開実験を視察する予定で、これからマリアとともに俺の家(旧艦長私邸)から、いったん艦長公邸を経由して、今は娘の専用艦となっているクレインに乗り込み実験宙域におもむく予定だ。


 娘の明日香は、今は公邸で寝起きしており、俺たちに遠慮してか、先に公邸を出て、S6級戦艦BC-0001-シタデル、アギラカナ宇宙軍総旗艦で実験宙域におもむき実験を視察するそうだ。シタデルもこれまで何度か改装を経た艦であるが、おそらく成功するであろう今回の実験のあと、その他の既存艦と前後してまた改装工事を受けることになるだろう。


 これから向かう実験宙域は、アギラカナの浮かぶ恒星間空間からやや離れた恒星間空間で、比較的恒星間浮遊小天体が多い宙域だ。推定質量数万トンの微小なものから数億トン規模の小型の小天体が広範囲に渡って浮遊している。




 俺はマリアをクレインの戦隊司令用座席に座らせ、その隣りにしつらえてもらった特別席に座って、中央指令室の正面スクリーンを眺めていると、


「元帥閣下、十分後より実験が始まります。秒読み開始しました」


 クレインの艦長が俺に教えてくれた。


 正面スクリーンは現在、実験宙域を俯瞰ふかん的に映し出しているようで、基本的に背景の星空が映し出されているだけだ。実験が終わってもこの映像はおそらく何の変化もないはずだ。


 今回の実験では対象空間、直径10AUの球状空間内の質量十万トンを超える全ての浮遊小天体を転送する予定だ。現在、スクリーンの右下に表示されている総質量は約三千億トン。転送先は、超空間。観測不能の虚無の世界にその質量を投棄する。実験が成功すれば、一瞬でこの三千億という数字がほぼ0になる。


『実験開始まで、三分。百七十七、百七十六、……、百二十三』


『実験開始まで、二分。百十七、百十六、……、六十三』


『実験開始まで、六十秒。五十七、五十六、……、三、二、実験開始』


 ほんの一瞬のうち、スクリーンの右下に表示されていた三千という数字が0.02に変った。実験の外面的な事柄はたったこれだけで終了してしまったのだが、知らぬ間に、俺の両目から涙がこぼれていた。それをマリアが手渡してくれたハンカチで慌てて拭いたところで、


「閣下、実験成功しました。不可能と思われていたゼノの完全撃破、いえ、完全消去がこれで可能になります。おめでとうございます」


「ありがとう。これで地球も太陽系も救われる。艦長、実験結果は駐日大使館に伝えておいてくれ、あとは向こうで対応してくれるはずだ」


「了解しました」


 今回の対象質量三千億トンはゼノの平均質量を三百万トンとすると十万体のゼノに相当する。


 作戦実施時の超長距離大規模転送装置の能力は今の実験装置の一千倍を想定しているそうだ。直径100AUの球状空間に存在する質量を一気に超空間に向けて強制的に転送してしまう。転送質量の上限はあるようだが対ゼノ作戦の遂行に限ってはその制限は妨げにはならない。


 一瞬にして、この宇宙から超空間に吸い出される。まさに宇宙の掃除機だ。開発した連中がこの装置に対して『ディスラプター』とか何とか名前を付けていたようだが、個人的にはゼノクリーナーだな。これから先対象がゼノだけとは限らないが、俺の心の中だけなら構わないだろう。




 実験が成功裏に終わり、マリアと二人してうちに帰り、気分良く夕食を二人で食べた。


「今日のお酒は先日アルゼから届けられたものです。艦長もお好きなハルマイネ産の例のお酒です」


「ほう、それは楽しみだ。最近は新日本うえ産の酒ばかりだったからちょうどいい」




 翌朝、朝の支度を終え、縁側から庭に咲いた満開の桜の木を眺める。


 今年もきれいに咲き誇って、ゆるやかな風に薄桃色の花びらが舞う。


 真ん中のひときわ大きなマリアの桜の木ソメイヨシノの左右に、二本ずつやや小ぶりな桜の木が立っている。俺の時は右にするか左にするかそれとも前にするか。


(完)




[あとがき]

最後まで、お付き合いいただきありがとうございました。

たくさんのブックマーク、♡、☆、感想、誤字報告。みなさんありがとうございました。

本作は、私の他の作品と異なり、分かりづらいパロディーなどは入れてなかったと思いますので、その関係の解説はありません。



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『宇宙船をもらった男、もらったのは☆だった!? 1~6』

圭一とマリアの娘山田明日香がらみのお話ですが、特に5、6はエンディングに関連したエピソードとなっています。



『真・巻き込まれ召喚。 収納士って最強じゃね!?』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894619240


『銀河をこの手に! 改 -試製事象蓋然性演算装置X-PC17-』

https://kakuyomu.jp/works/16816700427625399167 未読の方はぜひ。


SF・コメディー、2020年9月4日より投稿開始

『法蔵院麗華~無敵のお嬢さま~』 本作の外伝に当たります。

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その他の作品もよろしくお願いします。

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宇宙船をもらった男、もらったのは星だった!? 山口遊子 @wahaha7

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