黒き瞳の魔物

ながる

黒き瞳の魔物

 キィィンと、甲高い金属音が周りの岩壁に反響した。

 まさかという思いと、ああやっぱりという諦めにも似た思いが同時に湧き上がる。


「正気か!? エラリオ!!」


 信じがたい思いに、俺の口から相棒の名がついて出る。

 悔しいことに、俺の相棒は、今の今までずっと俺の隣にいた男は、今までと同じように曇りない笑顔で俺の剣を弾き返した。


「もちろんだ。リナルド、いつも言ってるだろう? 未来とは、可能性だ、と」


 彼の後ろで、年端もいかぬ少女が零れそうな瞳を濡らして見上げている。薄汚れた衣を申し訳程度に纏っただけの少女の、吸いこまれてしまいそうな、黒い黒い瞳。


 俺だって躊躇う気持ちが無い訳じゃない。けれど、彼は彼女がだと気付いた瞬間に、躊躇いなどかなぐり捨てた。一時期は寝食も共にして、一緒に剣の腕も磨いたっていうのに、彼はいとも簡単に、俺の隣から相対する向こう側へと身を滑らせたのだ。


「エラリオ!!」

「来いよ。それとも、お前も来るか?」


 彼は笑い、片手で剣を構え、もう片方の手を差し出す。

 俺が、それを選ばないのをっていて……!






 この世界で一番力ある国。その国で召し抱える預言者が、ある時こんな預言をした。


「雲晴れぬ山の向こう、虹のかかる谷の先で黒き瞳の魔物が生まれた。

 それは己が何を成すのか知らぬ。

 知らぬまま力を蓄え、そして、全てを滅ぼすだろう。

 道を違えたければ、それを探し出し、力付けぬ間に闇へ返せ」


 王様は方々へ触れを出し、魔物と疑われるものは人も動物も殺された。

 俺達も何匹かの魔物候補を屠り、勇者だともてはやされながら旅を続け、偶然、そう、ほんの偶然その地に辿り着いたのだ。


 村人に追われ、険しい山間やまあいの洞窟にひっそりと身を隠すように暮らしていた少女。急な雨に降られなければ、雷の音に少女が声を上げなければ、出会わずに済んだのかもしれない。


 不思議なことに、俺達は一目で彼女が預言の人物だと確信した。手入れのされていない黒髪の間から覗く、星をたたえた様な黒い瞳。預言がなければ――いや、あってさえ、見る者を惹きつける瞳。


 俺が剣を構えたのは、使命からだったのか、恐れからだったのか。

 同じものを見、同じ時を過ごした彼は、その時先に駆けだした。珍しいと思ったんだ。いつも先に行くのは俺だったから――






 奥歯を欠けるほど噛みしめて、俺は今さっきまで相棒だった男へと剣を振り下ろす。

 彼は笑いながら、握り直した剣でそれを軽くいなしてしまった。


「どうした? そんなんじゃ俺を倒せないぞ」


 震えているのもきっと伝わってる。二人で最後に真剣勝負をしたのはいつだったか。その時だって勝負はつかなかったんだ。半端な気持ちで勝てる相手ではない。


「あああああああああああああああ!!」


 腹の底から声を出して迷いを断ち切る。

 あぁ、なんだよ。こっちが振り切ったのに、そこで寂しそうな顔するのは卑怯だろ。

 剣先は彼の胸元を掠めて、返す刃は弾かれた。一度距離をとると、彼は少女の手を取り洞窟の奥へと駆けだした。


「エラリオ!」


 一度、振り返った彼にもう寂しさは見えない。


「リナルド、俺は可能性を信じる。きっと違う道を歩ませてみせる」

「うるさい! 馬鹿! 追ってやる! 追って、その魔物を――!」


 満面の笑みを浮かべたエラリオは、不思議そうな顔で見上げる少女を抱え上げて、軽やかに駆けて行く。

 人々は噂するだろう。あの男は魔物に魅入られたのだと。


 肩で息をしながら誓う。

 俺だけはお前の正気を心に刻む。

 お前は彼女を慈しみ育て、それでも預言の通りになるのなら、自分の手で終わらせるつもりだろう。俺はもしもの為の切り札か。

 ならば俺は、お前を追い続けなければいけない。

 あの瞬間、剣を抜いたのがお前だったら、先に駆けだしたのは俺だったのかもしれないのだから。

 ――だから。


 俺達は良く似ていた。

 考え方も、行動も――

 この日この場所。道は分かれた。

 どちらを進むのか、選んだのか、選ばれたのか。

 それは神の悪戯とも悪魔の囁きともいえる。


 迷いもなく追われる方を選んだ彼に、少しの嫉妬を覚えながら、俺は彼らを追う為に一歩を踏み出した。




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