第31話 陣内晴海・今も

 色々あって、大学入学以来3回も引っ越した陣内くんだが、今のところは平和だという。


「いや、お前の部屋って事故物件の隣じゃん。殺人あったとこじゃん」


 一緒にいた加賀美さんがそう言うと、陣内くんは真面目な顔で反論した。


「俺の部屋が事故物件なわけじゃないですもん。大丈夫ですよ」


「いや、たまたま選んだ部屋が事故物件の隣ってこと自体がすでに、陣内のヤバいところって気がするよ」


「いやいや、ヤバくないですよ俺は! そりゃ隣はアレですけど、俺の部屋は幽霊とか出ないですし」


「じゃー見に行ってやんよ! 四郎も来るよな?」


 というわけで、お宅訪問することになった。




 陣内くんの住むアパートは、築10年も経っていなさそうな、わりと小綺麗な2階建てだった。


「ここの203号室なんですよ……あ」


 陣内くんが一瞬歩みを止めた。203号室のドアノブに、黒いものが巻き付いている。


「それ……髪の毛じゃね?」


「髪の毛っすね。またか」


 陣内くんはドアノブに絡んだ大量の髪の毛を、ブチブチむしっては足元のゴミ箱に放り込む。


「陣内くん、それ専用のゴミ箱?」


「たまにこれ系のイタズラされるんで、設置したんですよ」


 わざわざゴミ箱置くほどやられてるのか……この時点で、すでに陣内パワー的なものが冴え渡っている気がする。


 髪の毛を排除する陣内くんを、半ば感心しながら見ていると、加賀美さんが突然「あ」と言った。


 それにつられて僕も、彼と同じ方向を見た。204号室の方だ。


 玄関のドアがいつの間にか10センチくらい開いて、そこから人の顔が半分ほどのぞいていた。


 若い女性のようだ。


 僕はその顔を見た瞬間、強烈な違和感を覚えた。それが何なのか、とっさにはわからなかった。


「あー」


 また加賀美さんが変な声を出した。それに引っ張られるように、はっと夢から覚めたような心地がした。


 204号室のドアは閉まっていた。ドアノブに、電力会社の契約書類が吊るされている。


「四郎。今の女、頭しかなかったな」


 加賀美さんが僕の方に向き直って言った。


「首とか肩とかなかったよなぁ。なぁ陣内」


 陣内くんは204号室のドアを見てぽかんとしていたが、突然肩をビクッと震わせると、ドアノブから髪の毛を除去する作業に戻った。


「陣内も見ただろ。なかったよなぁ」


「いやー、俺よくわかんなかったですね!」


「おい無視すんなって」


「ちょっと今コレむしってるんで! スイマセン!」


 いつもはハキハキとして人当りのいい陣内くんの口調が、若干キレ気味である。


「陣内くん、よくこんなとこ住んでられるね」


 僕は思わず声をかけた。彼はこう答えた。


「だって俺の部屋には入って来ないですから! 大丈夫です! まだいけます!」




 この後、髪の毛を取り終えたドアに鍵を差し込み、爽やかな笑顔を浮かべ、息を切らしながら、


「すみませんお待たせして! 開きました!」


 と言った陣内くんを見て、僕は本当に、彼と、そして彼を紹介してくれた加賀美さんと知り合えてよかった、と思った。

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呉島四郎の怪談交友録 尾八原ジュージ @zi-yon

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