第21話

 幼子を腕に抱き、志乃はゆっくりと体を揺らしていた。今日は天気が良く、風が気持ちいい。腕の中の幼子は小さな寝息をたてていた。もう子守歌はいらなさそうだ。

「ばあちゃーん!」

 その矢先、遠くから甲高い声が飛んでくる。志乃は苦笑した。まだ幼子は眠っているが、この子の兄が来てすぐににぎやかになるから、目を覚ますだろう。

「ばあちゃん、今日も人魚を見たよ!」

 最近になって父親と同じ舟に乗り、海に出るようになった志乃の最初の孫が、興奮気味に走ってくるのが分かる。

「夫婦岩のところにいたんだ。きっとこの前も見た人魚達だよ」

 かつて、人魚は人間の前に滅多に姿を見せなかったが、今でははばかることなく人魚は海面に現れて息を吸い込み、時に舟と並んで泳ぐ。

 海に出るようになった孫は、人魚を見る度、どこでどういう人魚と出会ったのか、志乃に教えてくれた。

 夫婦岩の近くではこの頃、同じ人魚達がたびたび現れるらしい。志乃の孫達が乗った舟が近くを通ると、手を振ってくれるそうだ。

 志乃の孫よりいくらか年上の、男女の人魚で、男の方は、息子によると『笑わない暗いおじさん』に似ているんだとか。

「いつか、話をしたりできるかなあ」

「遊びで海に出ているんじゃないんだぞ」

「わかってるよ。でも、ちょっとくらい、人魚と話をしてみいたいな」

「どんな話をしてみたいの?」

 志乃が尋ねると、孫はうーんと唸り始めた。

「わかんない。なんでもいいや!」

 元気な答えに、志乃は頬を緩めた。

 腕の中から泣き声が聞こえてくる。案の定、目を覚ましてしまった。

 お前のせいだぞ、と我が子を叱る息子に、腕の中の孫を預ける。

 志乃は、見えない目で遠くにあるはずの海を見やった。

 自分ならば、彼らとどんな話をしてみたいだろう。そんな想像をしながら。

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あぶくは願う 永坂暖日 @nagasaka_danpi

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