未来へ託す鬼の最期
すでに荒地と化した中、辛うじて残った草の上に大の字になる。いや、なるしかなかった。
最初に消された右足首は今も戻らず、次いで逃げるために左腕……そこから右肩、右脇腹、右目と漆黒に消されている。さらには全身の脱力感……。
そんな状況だが、空は変わらない。すでに夕暮れは過ぎ去り、星々が瞬き始めている。
……ちゃんと逃げられたかな? 俺はここで「限界であろう。眷属よ」
腹筋を駆使し、どうにか頭を挙げて声の方へ視線を移す。そこには心の声を代弁してくれた獅子がいた。金色の体毛とたてがみ、二足で地を支え、射貫くような金目がこちらを見据えている。
「素晴らしき戦であった。我相手にここまで戦えたのは……しろがね以外に存在せぬ」
「……よく言うよ」
自分が言葉を返したのが以外だったのか、軽い驚きの表情を隠そうともしないシャイターン。たしかに自分は一切喋らずに戦闘に集中していた。少しでも勝機を見出そうと……。
「惜しいな。まだまだ楽しみたかったものだ」
残念そうに、いや、本当に残念だったのだろう。戦闘行為による愉悦、たしかにこのシャイターンという魔王はそれに興じていた。自分もそれを知りつつ、死ぬ気で戦ったが結果はこれだ。
「……鬼姫フィルミナの意識が途切れたのだろう。途中で明らかに貴公の出力が落ちた、動きに精彩を欠いた」
「言い訳には、しない。あんた、まだ余力があっただろ?」
悔しいが……自分の力ではどうにもならない。戦闘中に気付いてしまった。魔物たちを統べる王、シャイターンはまだ力を隠している。
あのまま戦っても、自分に勝ち目はなかった。
「そこまで気が付いていたか。ならば……未来も見えているだろう?」
「……」
自分は、フィルミナがその時の全てを注いで精製された——操血術の結晶。
彼女の唯一の眷属にして、その10年後の想像図……鬼姫が信じてくれた男の、影法師。
「鬼姫が信じた未来の眷属……それでも我には勝てん。これから先、我が10年も時間をかけると思うか?」
「思わないな」
あっさりと答えが出る。
すでに各地への侵攻は始まっており、準備も完了していた。これから先……さらに10年も必要になるとは思えない。
たとえ魔王にとっては瞬きと大差がない時間だとしても……それだけの年月は許さないだろう。
「ならば……「だから『今』の俺に賭ける」
そう、迷いはない。
自分の出来ることは終わった。みんなが逃げるまでの時間を稼ぎ、自らの戦いを自分自身に見せ——未来へ、繋げる。
「見てろ、魔王シャイターン。必ず俺自身が……『今』の俺が、お前の好きにはさせない」
「……そうか。ならば……」
獅子が手を伸ばし、鋭い爪をこちらに向ける。
「再び『今』の貴公と相まみえる時を、楽しみに待つとしよう」
これまでに嫌という程に見た漆黒の球体が精製されていく。自分の薄明の光とぶつかり合い、互いにしのぎを削り、身体を切り取ってくれた黒の消滅。
「さらばだ。鬼姫フィルミナの眷属……「セスだ」
ほんのわずかな先にある消滅。それを前にして出た言葉は単純だった。
「俺の名前は、セス。セス・バールゼブルだ」
「……ふむ。覚えておこう」
そしてあらゆるものが、夜よりも黒い漆黒に飲まれた。
「……魔王様」
「ズーか」
声を掛けてきた忠臣に目を向けつつ、周囲を見る。見渡す限りの荒れ地と瓦礫、その合間にズーが膝をついている……少々やり過ぎたか。
「スケルトンどもは?」
「はっ。損害は四割ほど……」
これは……。
「我の負け、いや……痛み分け、というところか」
「……」
「ズーよ、撤退だ。船で本島に帰還する。すぐにスケルトンどもを集めろ」
「はっ。仰せのままに」
この数での侵攻は……やれんことはない。しかしこれ以上損害が出ると、船を動かすのに支障が出る。
仕方あるまい、この場は一時退くとしよう。
「セス・バールゼブル……鬼姫の眷属『薄明の鬼』というところか」
幾分かの苛立ち、だがそれを飲み込むほどの愉悦が沸き上がる。これほど……これほどの器か。それを確かめてみるのも悪くはない。
「……素晴らしい。再び我に挑むがいい」
鬼姫フィルミナが思い描いた10年間……見事、超えて見せよ。
薄明の鬼 ~人と魔物と龍の世界で~ 鮪坂 康太 @kanino
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