幕間

賢君と舞姫と

「ふっ……ふふふ、まさか朕の時代に首都が陥落することになろうとは……」

 自嘲気味に、無念と悔恨を込めて独り呟やく。けど、卑屈なものは一切感じないあたりは流石ネ。


「それでも、こうして多くの民を連れて避難できたのは立派ヨ」

「……それも、小さき賢人がな」

 せめてものフォロー、のつもりだったけど……うーん、そこもあの小さくて綺麗な女の子が一枚嚙んでるカ。

 あの娘……本当に何者ネ?


「『たしかに、ドリュアデスの脅威は去った。しかし此度の備えは解かん方が良い。まだ災厄が控えているやもしれん』とな」

「それでネ。あっという間に非難が出来たのは」



 首都を捨て、ここまで必死に逃げてきた中で、ようやく会話を出来るくらいに暇が出来たヨ。もっと早くにそうしたかったけど、そんなワガママは通らないネ。

 誰も彼も、特に人の上に立つ者ほどすべきことは多くなるヨ。そう、今目の前にいる公国を統べる一角『フェオン・シンノウ・スジャク』はその最たる者ネ。

 もはや『元』が付くかもだけど、いや、だからこそ隙間もないほどにやるべきことがある。私とはまるで違うネ。



「改めて、礼を言おう。炎熱の舞姫『フォンファン』よ。貴女とセスという若き力がなければ、より多くの命が失われていた」

 四分の一とは言え、国を統べる名士が頭を下げるけど……この場は全くそうしたことにふさわしくないネ。何せここは、緊急用のテントの中ヨ。


 本来あるべき調度品の代わりに物資が、身に付けるべき正装ではなく動きやすい旅装で、身体も汗と疲労に漬かっている。

 せめてお風呂に入りたいヨ。


「構わないに決まってるヨ。私もたくさんの人を助けられてよかったネ」

「そう言ってくれると有難い。申し訳ないが、いましばらくその力を貸して欲しい」

「わかってるヨ。こっからどうすればいいカ?」

 普通なら不敬に問われる態度と言葉遣い、それをスジャク公は微かな笑いで返してくれたネ。昔に見慣れた仕草を見られて、思わず嬉しくなってきたヨ。


「ならば厚意に甘えるとしよう。ここから町を2つ、村を1つ中継する。可能な限りの補給、そして避難民を解放する」

「いくら用意を整えていても、本人の体力はどうしようもないからネ」

「そう。そして隊を整えてから、東の『セーリョウ公』と協力体制を築くしかあるまい」

「……上手く、いくカ?」

「当然。セーリョウ公もすぐに気が付くはず。もはや人間同士でどうこうしている場合ではない。早急に手を取り合わんと……」

 一度息を切ってから、静かに、重く——……


「人間すべてが、滅ぼされる」

 その言葉が、吐き出された。


「ドリュアデスの奇襲、さらに魔王とやらの襲撃。魔物どもは完全に用意を整えてから、此度の戦を仕掛けてきている」

「……そうなのカ?」

「間違いない。一朝一夕であれだけの規模の波状攻撃は不可能。何十年、または何百年もかけて……こちらに露見しないように、少しずつ準備を完了させた」

 誰に確認したわけではない、けどスジャク公は確信しているみたいネ。それは君主として、今日まで戦い続けた者からくる確信カ。



「引きかえこっちは、魔物との戦争なんて夢にも思わなかったヨ」

「……なればこそ、それを引っ繰り返せるような者が必要になる。それこそ『奇跡』と思えるような」

「無理じゃないカ? だって『奇跡』は、常に願って努力し続けた者が起こすものヨ。良い悪いに関わらずネ」

「……もし、いたとしたら?」

 戦い続けた結果、首都陥落という現実を突き付けられたネ。それでも折れず、打てる手を打ち続けて、進む。進まなければならない、のだが……流石にその言葉には勝機を疑うヨ。




「公国だけじゃなく、王国も襲撃されて大変って聞くネ。二国家が気付けなかったのに、どこの誰が……」

「では、朕たちがこうして生き延びられたのは何故だ? 何故『ゲーブ家』や『ビャッコウ家』のようにはならなかった?」

 呼吸が、止まった。

 そもそもドリュアデスの奇襲から振り回され続け、分の悪い防戦しか出来なかったからネ。それを打ち破ったのは……。

 今回の魔王の襲撃。兵の数こそ少数だったが……魔王の圧倒的な力の前に、全て蹂躙されるはずだったヨ。それを妨げたのは……。



「……朕が思うに、何か凄まじく大きなうねりがあるのだろう」

 スジャク公のぽつりとした呟きで、辛うじて呼吸が再開された。しかし思考はまだ追いついていないヨ。


「うね、り……ネ?」

「ああ、朕らでは及びもつかない程に巨大で——何より、長らく続けられて、ようやく届いた。そんな物を感じるのだ」

「……それが、セスくんとフィルミナちゃんカ?」

 頷きだけで返してくるスジャク公。

 思いっきり笑いつつ『ありえないネー!』と言いそうだった。それをしなかったのは考えが及んだわけじゃなく、ただの直感ヨ。

 これまでも自分を助け続けてきたそれに従って、これまでの二人を思い出してみる。


「けど、フィルミナちゃんはたしかに普通じゃ……そもそも、いきなり成長したのは……あれはどういう……うーん、頭が割れそうヨ!」

「よせよせ、フォンファンよ。そもそもそなたの頭は、控えめに言っても良くない」

「……なっ!」

 ごちゃごちゃになっていた思考を、酷い一言が断ち切ってきた!


 それは、たしかにその通りヨ! 

 あれこれ考えるよりも、身体を動かす方が得意なのはその通り。戦う時も、踊りも、それで操作する力も、頭よりも心でやっているからネ



 それでも……!



「酷い! それが実の娘への評価カ?」

「阿呆。実の娘だからこその評価よ。この放蕩娘め」

 むぐっ、とするしかなくなってしまった。


「フィルミナとセス。あの二人に関して、わざわざ頭を悩ませたりするからだ」

「……じゃあ父上は、二人への答えが出ているカ?」

 恨みだけで固めた質問を父へと投げつける。どうせ答えられないネ、という感情も声音に出ているが構うものカ。

 だが、それはあっさりと裏切られた。




「二人は——朕と朕の民を救ってくれた。それも二度もだ。それ以外に必要か?」

 今度こそ、何も言い返せなくなってしまったヨ。




『失礼します。スジャク公』

 テントの外側から、自分を完全に言い負かせた男を呼ぶ声が届いた。フー・フェイでもロン・フェイでもない、少々の休息を取らせているからネ。


「どうした?」

『はっ。セス・バールゼブル様が、お二人にお会いしたいと訪ねておられます』

「うむ、通せ」

 噂をすれば何とやら、さっきまで話の中心にいた一人が来たらしい。一体、何の用ネ? 休まなくて平気カ?




「失礼いたします」

 緊急用のテントを捲って入ってきたのは、私を庇った方じゃないセスくんネ。まだ20に届かない、背が高く細身の少年。だがそれとは裏腹に、ドリュアデス、魔王シャイターン、どちらの戦闘でも存分に力を発揮した勇者。真っ白な髪に紅蓮の瞳、穏やかな顔つきが印象に残るネ。


 そう言えば、彼の兄らしき男性が、私を庇ってくれたんだったヨ。思い返してみると、あれもどういうことカ? 急に出てきたけど、どこかに潜んでいたんだろうカ?

 フィルミナちゃんの切り札、だと思うけど……なんか、説明は難しくてわからなかったヨ。時間稼ぎが必要、まではわかったけど……。


 ……そうぞうりょくと、りかいりょくで、せいめいが……そーぞー……うん、やっぱりわかんないネ。途中から私の頭パンクしてたヨ。結果として、あの人が来るまでの時間が必要だった、で無理矢理わかったふりして流してたけど……。


 あぁー! いつもはわからないことでも、黙って無表情で過ごせば躱せたヨ! それもこれも、いざ実戦で私自身が活躍したからネ!


 それが今回は……マズったヨー!




「……フォンファン! 聞いているのか!」

「うぇ! な、ナニねぇ!」

「何、じゃない! セスの話を聞いておったのか!」

「……えっ?」

 セス君の方を見ると、しっかりとお辞儀をしていた。いや、頭だけを挙げてポカンとこちらに視線を向けているけど……。


「ど、どうしたカー?」

「駄目だ、こやつ」




 この後スジャク公こと、父上が全部説明してくれた。

 改めて一緒に戦って欲しいこと、セス君が私に師事を願い出たこと、それはもう真摯に頼んでくれていたらしい。その間中、私はずっと魔王との戦闘にあったことを考えていて、全く耳に入っていなかったネ。


「セスよ。御覧の通りこやつは…………」

 たっぷりと溜め、思考を重ね、言葉を選んで、


「思考型とは程遠い。戦いのことに関しては鋭いが、あくまで直感型。そなたとは、嚙み合わんかもしれんぞ。本当に、それでも良いのか?」

「はい。お願いします」

「……ロンとフーでもよいのだぞ?」

「いえ、フォンファンさんの戦いを見て、自分がそうしたいと思いましたので」


 ——セス君の、真っすぐな心が逆にちょっと辛かったネ。

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