第5話
スーツの女性から連れて行かれたのは校長室であった。「よく来てくれましたね」と校長先生と名乗った人から握手を求められた。
千佳がわけが分からずに戸惑っていると、さらにドカドカと人が入ってきて、カメラをセットし始めたのだ。
「まあまあ、緊張しないで」
校長先生はそう言いながら、鏡を見てネクタイを直し始める。千佳にはスーツの女性から胸にリボンを付けられた。それから校章の入った旗が飾っている壁側に2個椅子が並べられ、千佳は座るように促され、その右横に校長先生が座り、スーツの女性が千佳を挟むように立ってカメラを向いた。
「はい、じゃあ笑顔でお願いしまーす」
カメラマンから言われても、緊張した上にわけが分からないままの千佳は顔が固まってしまっているが、かまわずにフラッシュが焚かれ、さらにもう一枚撮影して終わった。
「千鳥先生、では体育館で」
写真撮影が終わり、校長先生に促されて、スーツの女性に「じゃ、ついてきて」と言われるまま、千佳は校長室を出た。
——チドリ先生って言ったっけ。この人先生なんだ。
「あの……」
千佳がツカツカと先へ進む「チドリ先生」の後ろ姿に呼びかけるが、先生は気がつく様子がない。
さて、賢明な読者の方はもうお気づきの方もいるかもしれないが、ここまで春木千佳という娘はほとんど喋ってないのがお分かりだろうか。実は千佳という子はとても内気で、しかも初対面の人に話しかけるのが苦手という、つまり人見知りでもあった。
「あの……」
もう一度千佳が先生に呼びかけた時には、すでに体育館の入り口だ。その時になって初めて千鳥先生は千佳に呼ばれたことに気がつく。
「なんか言った?」
「あの……、さっきの写真は……」
千佳はやっとそれだけ言えた。
「ああ、写真できたらちゃんと1枚はあげるよ」
と千鳥先生がいう。
——そうじゃなくて、何のために写真を撮ったのか聞きたいんです。
千佳はそう言いたかったのだが、また先生はツカツカと歩き出したので、結局聞けずじまいとなってしまった。
⌘
先生から千佳が座るように促されたのは、最前列の真ん中であった。千佳たちが校長室に行っている間に、体育館にはすでにたくさんの新入生と思われる男の子たちが折りたたみのパイプ椅子に座っていた。
先生の後ろを子犬のようにパタパタとついて歩く、一人だけ女子の制服を着た千佳は必然的によく目立つので、千佳が体育館に入ってきた時から館内の視線を一身に集める形になり、皆の視線を何となく感じ取った千佳は再び緊張に足が震え出したのだった。
——テス、テス。ただいまマイクのテスト中。
マイクテストの声が館内に響く。千佳が緊張しているかどうかなど関係なく、いよいよ入学式が始まる。千佳が内気な自分の殻を破ろうと決心してまで進んだ新しい道がいよいよスタートするのだ。
千佳は大きく深呼吸をして目を閉じて、心に祈った。
——受験を決意したときのように、もう一度、勇気をください。
「それでは、令和2年度県立みらい高校入学式をとり行います」
厳かにマイクの声が響いたのだった。
タタカイノ、キロク 西川笑里 @en-twin
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