第4話 いざ!

 千佳を乗せたバスが校門前に近づく。

「えー、次はみらい高校前、みらい高校前です。みらい高校へご入学の方、おめでとうございます。これから毎朝、こちらで降りてください」

 ワンマンバスの運転手が、ローカルバスならではの少し粋なアナウンスで、みらい高校前への到着を告げた。1年生以外と思われる男子の生徒が慣れた風で一斉に立ち上がり、何事か運転手のおっちゃんに声をかけて賑やかに降りてゆく。

 結局一番後ろの端に座った千佳は1年生と思われる男の子にも出遅れた感じになった。降車口のステップまできて振り向くと、やはりバスにはもう誰も乗っていなかった。降りる寸前に、「頑張るんだよ」と背中からおっちゃんが千佳に声をかけてくれた。千佳は振り向いて小さく頷くと何も言えず無言でバスを降りた。実は高校が近づくにつれ緊張が高まっていたのだ。


 正門前はすでに人でいっぱいだった。ほとんどの生徒が親も付き添いで来ており、バスできた1年生は数人と思われた。しかも、当たり前のことだが、制服を着ているのは男子だけであり、たったひとり女子制服の千佳は目立つことこの上ない。

 地元紙の地方欄にも記事が載った千佳のことを知っている人が大勢いると見えて、あれが噂の、という感じで千佳を遠巻きに見ている。

 そんな注目を浴びる状況の中、あまりにも緊張した千佳は、正門前で動けなくなってしまっていた。


 ——休めばよかった。泣きそう……。


 あれほど昔の自分を捨てると気合いを入れたつもりの千佳であったが、ここまで来て弱気の虫が顔を覗かせていたのだ。


 ⌘


 建築士になる道はいくつかあり、最終的には国家試験を受けることになるが、高校で建築科や土木科を出たり、大学や専門学校に行く方法もある。

 また、建築士には1級と2級があり、1級と2級では設計してよい建物の規模が違う。世界的に有名な建築士はもちろん1級の資格を持っていることになるが、一般の住宅建築であれば2級建築士でも可能であり、ここで数年経験を積めば1級への受験資格も与えられる。後は本人の努力次第だ。

 いきなり1級建築士になろうと思えば、大学で専門の学科を卒業し、2年の実務経験で受験資格が与えられるが、2級であればすぐに受験資格ができる。

 千佳が選んだのは、工業系の高校を出て専門の短大を卒業し、先に2級建築士の資格を取ることであった。その場合1級まで資格を取ろうと思えば、実務経験は4年程度が必要になるが、その間早く実務に携わることができる。自分の描いた絵を設計するという魅力に取り憑かれた千佳はいろいろ調べた結果、このコースを選択することにし、家から通えて資格を取れる学校が今正門前に立っている県立みらい高校であったのだ。

 ただ、千佳はその学校には男子しかいないことなど、両親には黙って目標に決めて受験直前に知ることになるのだが、その話はまた後日。


 ⌘


 千佳が正門前で固まっていると、「あっ、いたいた」と言いながらスーツ姿の女性が近寄ってきた。

「ええっと、春木千佳さんよね?」

と千佳に聞いてきたので、無言で頷くと「ついてきて」と言い、右手首を掴んで導かれ、足がもつれそうになりながらフラフラと千佳は正門を抜けて歩き出したのだった。


 ——だ、誰?

 

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