第3話 朝のバス停の風景

 駅に着く。そこは「駅」といっても、かなり前に廃線となったローカル線の駅だった場所で、今はもうバスだけの発着場となっているのだが、その頃の名残りで未だに地元では駅と呼ばれている。

 千佳はこれから通う学校方面へ向かうバス停にはまだ誰もいない。

 ——ずっとこうならいいのに。

 お母さんの車を見送り、そんなことを思いながらバス停にひとりで千佳が立っていると、

「千佳!」

と遠くで声がする。千佳が振り向くと、咲と友絵が手を振りながら走ってきた。中学でよく一緒に遊んでいたあの子らは、別のバス停から出るバスに乗り、千佳とは違う町にある商業高校に行くことになっている。

「わあ、その制服初めて見たわ」

 咲が佐々木のおばちゃんと同じ感想を言いながら、千佳の周りをぐるりと回っている。

「そっちこそ、中学んときよりスカート短いし」

 咲と友絵のスカートは、千佳の半分ほどしかないのではないかというくらい短いのだ。

 ——可愛い。

 中学生のときより長いスカートを履いている千佳には、とても眩しかった。


 出発時間が来て咲と友絵と別れ、バスに乗り込む。咲と友絵とおしゃべりをしている間に、いつの間にかバスには何人もの男子が乗り込んでいた。基本的に千佳の着ているものと同じ色のブレザーとグレーのズボンがこれから通う学校の男子の制服であるが、このバスはほとんどスクールバスと化しているようだ。

 先頭に並んでいた千佳は遅れをとったため、空いた席を探そうと通路を後ろへ歩いていくと、男子生徒たちが驚いたように千佳をジロジロと見て、隣に座っている者同士でこそこそと話をしている。中には露骨に上から下まで舐め回すように千佳を見る者までいる始末だ。千佳はこの高校を選んだことを後悔していたわけではないが、初めて居心地の悪さを感じていた。


  ⌘


 この春、千佳の入学は地元ではちょっとしたニュースとして伝えられていた。千佳が進もうと決めた高校は、これまでほぼ男子校として認識されていたため、実は共学であり、ただこれまで希望者がいなかったこと、そしてこの度初めて春木千佳という女子生徒が合格したという話題は、それこそ一気に地元には拡散されていたのだ。県立みらい高校建築科、それが千佳の進学先であった。


 小さい頃から千佳は絵を描くのが得意で、特に建物ある風景画を描くのが好きだった。

 千佳が中学に入学した頃、たまたまある建築現場を通りがかったときのことだった。

 ——「◯◯邸完成予想図」

 工事現場に飾っている絵とほぼ完成した建物を目にした瞬間、雷に打たれたように千佳は動けなくなった。

 ——絵で描いたものを、本物にできるんだ。

 とてつもない感動が、千佳をそれまで思いもしない方向へ突き動かしてしまったのだ。

 その夜、ドキドキして眠れなかった千佳は、それから図書館やネットで建物について調べ、「建築士」という職業を知ることになる。


 ——私は建築士になって、家の設計をしたい。


 千佳の人生の目標がその時にはっきりと見えたのだった。

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