一話:勇者さんとりゅうおうさん、コタツで一緒にス〇ブラする その3


「……ス〇……ブラ?」

「うむ。ス〇ブラである」

 首を傾げる勇者に対し、りゅうおうは真顔で頷いて見せた。いや、そんな真顔で頷かれても困る。

 それはなんなんだ? と目線だけで訴えると、りゅうおうは意を汲んでくれたのか。机の上に広がれている皿の上にこんもりと盛られたポテチなる食べ物を口にしながら話し出す。

「ス〇ブラというのは、この世界ではやっていると言うものの一つだ。げーむというのは、この道具を使って楽しむものだ」

 そう言って、りゅうおうは両手で握れるくらいの大きさの、奇妙な道具を見せた。

「このこんとろーらーなるもので、自分で選んだきゃらくたーという存在を操作して勝負をする、愉快な遊びだよ」

「……いや、まったく説明になっていないんだが」

「まあ、そうだな。我も理屈は判っていない」

「ダメじゃん」

「だが判ることもあるぞ」

「それは?」

 勇者が訊ねると、りゅうおうは自信に満ちた表情を浮かべながら言った。

「このス〇ブラというものは楽しい、ということだな」

 言いながら、りゅうおうがずいっと何かを差し出してきた。りゅうおうの手に握られていたのは、先程説明したこんとろーらーという物だ。

 これをどうしろと? と目線だけで訴えると、りゅうおうはと口の端を持ち上げながら言った。

「説明したところで判らんのならば、やってみるのが手っ取り早い。管理人が戻って来るまで、我の相手をせい」

 その時のりゅうおうの目がキラキラと輝いているように見えたような気が、勇者はした。


      ◇◇◇


「で、これはどう使うんだ?」

 こんとろーらーを手にして転がしたりひっくり返してみたりしている勇者に、りゅうおうは「粗末に扱うんじゃない」と苦言を零しながら説明する。

「持ち方はこうだ。この左手で握ったところにある棒を動かしてみよ。そうするとあの手のマークが動く」

「お、動いたぞ!」

「見事だ。次いでいで自分が使いたいきゃらくたーを選ぶのだ。選ぶときは〇だぞ」

「いっぱいいすぎる。どれが良いんだ?」

「好みで選べ。我はこのケッパ大王を使う」

「ただのデカい亀じゃん。それ」

 りゅうおうが選んだきゃらくたーに対しての感想を口にすると、りゅうおうはぎろりと勇者を睨んだ。

「今貴様は全世界のケッパ大王の使い手凡てに喧嘩を売ったぞ。我が代表して貴様をコテンパンにしてくれる」

「怖いわ」りゅうおうの放つ殺気に半眼で睨み返しながら、勇者は訊ねる。

「これって大分姿が違うけど、何が違うんだ?」

「戦い方や、性能が違う。それぞれに個性があって、扱いやすい者もいれば扱いにくい者もいる」

「ちなみに扱いやすい奴はどれ?」

「その赤い帽子に鼻のデカい髭オヤジはこのげーむの代表みたいなやつだから、まあ初心者向けと管理人が言っていたぞ」

「その口ぶりからするに、お前は使ったことがない――と?」

 勇者の指摘に、りゅうおうは鼻を高くしながら笑った。

「我は最初からずっとケッパ大王一択である」

「理由は?」

「強い。殴ると強い」

「参考にならない説明をありがとうよ」

 本当に参考にならないこと甚だしかった。つまり他のきゃらくたーたちがどんな戦い方をするとかは知らないということである。

 勇者は「どーしろっていうんだよ」と愚痴を零しながら、何十と存在するきゃらくたーたちを見ていった。そして、ふと一つ目に留まるものがあった。

「こいつの名前、名前じゃなくて英雄ヒーローってなってるけど?」

「ああ。そやつか」

 りゅうおうが答える。

「なんでも、元になってる話で名前がないそうだ。代わりに役職の名前が付けられているそうだ」

「そうか……じゃあこいつにしよう」

 勇者は言いながら〇を押した。すると、

「うわー……」

 りゅうおうが露骨に嫌そうな顔をしやがった。「なんだよ、こいつ強いのか? 弱いのか?」と訪ねると、「若干必殺技がトリッキーだが、まあ強かったはずだ。と言うかだな……」

 りゅうおうはそこで一端言葉を区切り、溜め息を吐いた。

「なんであろうな。この選ぶべくして選んだような選択は」

「選んで悪いか?」

 りゅうおうは首を横に振って、不敵に微笑んだ。

「いいや、構わん。むしろ行幸。|勇者が操る英雄ヒーローを、我のケッパ大王で捻りつぶせば胸もすくというものだ。我らの戦いの前哨戦にちょうどよかろう」

(――……ははっ。言うじゃあないか)

 りゅうおうの物言いに、勇者はふっと口の端を持ち上げる。

「その言葉そっくりお返ししてやる。どっからどうみても悪そうな顔している亀なんて、この勇者おれが操る英雄ヒーローで一捻りしてやるさ」

 すると、りゅうおうは嬉々とした様子で声を上げた。


「言うではないか、勇者よ。このス〇ブラに触れたこともない素人の分際でよく吼えおる。このりゅうおうが操るコッパ大王で捻り潰してくれるわ!」


 そう叫ぶりゅうおうの言葉には、まさに世界を支配せんとする悪に相応しい威圧感があった。


      ◇◇◇


「進みたい方向に棒を倒せば移動する。〇で攻撃。×で必殺技。△でジャンプ。握って人差し指がちょうど触れるやつで防御だぞ」

「態々敵に塩を送るとはお優しいりゅうおうさまだな」

「基本中の基本ぐらい学んでいない赤子を捻って何が面白い? 全力を出した相手を捻り潰してこそが覇道よ」

「ん? ×を押すとき、この棒を倒しながらだと必殺技が変わるのか?」

「早々にそうそうに気づくか。見事よ見事。そうだ、上と下と左右で、それぞれ必殺技が変わるのだ――っておい貴様! 何ちゃっかり我がコッパ大王を攻撃している!?」

「え? だって相手を倒すんだろう?」

「そうだ。その通りだ。しかし我は貴様が最低限操り方を学ぶまで様子を見てやろうとしたというのに……なんたる仕打ち……」

「お、×を押し続けると派手になるな。これ。ん、必殺技を使ったらなんか減ったな。そうか、技を使うとこれが減るのか。つまり使うときは慎重にならないといけないんだな」

「順応が早すぎではないか!? 何だその理解力は! まさか……これも勇者故の資質か? ええい、調子に乗るなよ勇者! わがコッパ大王の恐ろしさを見ろ!」

「うお、火を噴きやがった!? 亀なのに!?」

「亀ではない、コッパ大王だ! くらえ横スマ!」

「おいやめろ! うわ、英雄が飛んでった!? ジャンプで戻れ……ない!? え、ジャンプって二回できただろ! なんで!?」

「ふはは、愚か者め! 吹き飛ばされたときは一階しか使えぬのだ。そら堕ちろ!」

「あー!!? 落ちた! 死んだ!?」

「これで我が一点先取。貴様の残機は残り二――……っておい復活無敵で突っ込んでくるな、溜めるな、打つな!? ああ、しれっと連打で選んだ〝覇王切り〟とか怖い!?」

「うるせぇ、とっととお前も落ちてしまえ亀!」

「この勇者、意地でもコッパ大王を亀と呼ぶ気だ……! ええいさせぬわ!」

「うわ、摑まれた! どうすりゃいいんだ、これ!?」

「共に死ねい!」

「嘘……だろっ」

「この技にはこういう使い方もあるのだ。なにせ残機は我の方が上だしな。さあ、とどめを刺してやるぞ勇者!」

「くっそ、さっきは赤子を弄んで何が楽しいか言ってた癖に!」

「なんでだろうな、貴様の苦渋に満ちる顔を見ると、こう……胸の奥がぞくぞくしてしまってな!」

「ヤバい、このりゅうおう別の意味でヤバい!」

「無駄口を叩いている暇があるのか勇者! そらそらそら!」

「うっわ、回転した!? トゲで俺の英雄がズタズタにされた!?」

「それとどめだ!」

「はっ!? 尻で、尻で潰されて飛んで行った!」

「し、尻とか言うな!?」

「いやだって尻だっただろ!」

「だから尻とか……――ええい。まあこれで我の勝利は決まった」

「あ、戻ってこれた――隙あり!」

「何っ!? って嗚呼! 我のコッパだいおぉぉぉぉぉ!」

「おおー。最大溜めの火炎魔法、強いな。亀が丸焼きになって吹っ飛んだ」

「むぐぐ……! だ、だがまだ我には一機ある。そして貴様の英雄は虫の息! この勝負、我の勝ちは揺らがない!」

「んー。この下の必殺技、色々ありすぎて判り難いんだよな……とりあえず、〝呪い魔法〟と」

「血迷ったか勇者! 我のコッパ大王はまだダメージを受けておらんのだぞ。そんな状態での〝呪い魔法〟の成功率なんてゼロに等しい――」


 ――GAME SET――


「――あ、勝った」


「――――――――――――――………………はぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


      ◇◇◇


 ひと際騒がしいりゅうおうの悲鳴が上がると同時に、画面の向こうの場面が移った。

 あんぐりと口を開いたまま言葉を失ったりゅうおうは、信じられないという様子で画面の向こうを眺めている。

 勇者としては、喜べばいいのか、戸惑えば良いのか、はたまた笑えばいいのか……という気分である。

 勝率は限りなく低かった。それは状況的に判っていた。〝呪い魔法〟を選んだのは、本当に偶然である。というか、実のところ魔法を使うのを辞めようと思ったのだが、操作を間違えて発動してしまったのだ。

「あー、出ましたね。バランスブレイカーのゼロパー呪い魔法キル」

 いつの間にか戻ってきた管理人さんが、そんなことを口にした。見れば肩が若干震えている。どうやら笑いを堪えているらしい。

「なんです? ゼロパー呪い魔法キルって?」

 色々と耳慣れない言葉が飛び交ったが、その中でも気になった言葉について質問すると、管理人さんは「こほん」と咳ばらいをしながら口を開く。

「呪い魔法は、受けているダメージが多い程成功率が上がる仕様なんですけど、たとえダメージがゼロでも成功率はゼロにはならない――つまり、極低確率で成功するんです。それで倒してしまうことを、一部ではゼロパー呪いキルって呼んでいるんでしすね」

「つまり、今のが?」

「そうです。今のが、です。まあ、本当に低い確率なんで、まさか初めてのプレイでやってのけてしまうとは……ビギナーズラックってあるんですね」

 追って訊ねると、管理人さんがしっかりと頷いた。そして未だ呆けたままのりゅうおうの肩を叩き……ついに堪え切れなくなったらしく、管理人さんは失笑した。

「くくく……くはは! いやぁ、りゅうおうさんすっごい自爆っぷりですね! もう最高ですよ。見ててこんなに面白いプレイは久しぶりですよ。あれだけ威勢のいい啖呵を切っておいての見事な負けっぷり……あはは!

 無理、あはは! お腹痛い! 面白過ぎてお腹が痛い!

『この勝負、我の勝ちは揺らがない!』って言ったのに! 言ったのに! 

『血迷ったか勇者! 我のコッパ大王はまだダメージを受けておらんのだぞ。そんな状態での〝呪い魔法〟の成功率なんてゼロに等しい――』からのGAME SETとか……! フラグ回収し過ぎて、ホントに面白いですよ、りゅうおうさん!」

 そう言ってなおも大爆笑する管理人さんの横で、呆然自失状態だったりゅうおうの肩がぶるぶると震えているのを、勇者は見た。

 うわ、どうなる? とこの後の展開を危惧する勇者だったが、

「―――――――……いだ」

 ぼそり、と。

 りゅうおうの口から声が聞こえた。しかし声があまりに小さすぎて、何を言っているのか聞き取れなかった。

 すると、りゅうおうが凄まじい形相で勇者を睨み、言った。

「今のような戦い、納得できるか! もう一回勝負だ!」

 その余りの気迫っぷりに、勇者は「お、おう」と頷くことしかできなかった。

 と同時に、勇者は思った。


 ――眼光は鋭く、放たれた殺気はすさまじかったけど、涙目だったためいまいち迫力がなかったということは、言わないでおこう、と。


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扉の先のセーフルーム ~この部屋の中では皆で仲良く遊びましょう~ 白雨 蒼 @Aoi_Shirasame

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