一話:勇者さんとりゅうおうさん、コタツで一緒にス〇ブラする その2


 ――扉の向こうは、なんかこじんまりとした部屋だった。


 ……いや、もう本当に。

 あれだけ広かったりゅうおうの玉座の間は何処に行ったのかと思えるような、そんな狭さだった。

 天井も低く、全力でジャンプしたら頭がぶつかってしまう程度の高さしかなかった。

 細長い鉄製の物入れらしきものが五つほど並び、その向こうにはさらに奥へ続くらしい扉があった。

 反対側には窓があった。しかし、窓の向こうに広がっている光景は、勇者には見たこともない街並みが広がっていた。というか、此処はりゅうおうの城だったはず。ならば窓の外に広がっていなければいけない風景は、あの声明を感じさせない岩山に毒の沼ばかりのはずが、雲一つない青空の下には、山よりも高い建造物が所狭しと並んでいるんだから、勇者はあんぐりと口を開いたまま目を点にするという、実に勇者らしくない表情を浮かべている。

 もう、右を見ても左を見ても、見知らぬ風景ばかりで。

 口から出てくる言葉は、こういうときのお約束テンプレだ。


「――……いや、此処は……何処?」


 他のどんな言葉を発すればいいのか、勇者には判らなかった。暫くの間呆然と立ち尽くしていたが、このまま此処に突っ立っていても埒が明かないのもまた確かだ。

 勇者はこの空間に踏み入れる寸前に目を通した、扉に張られていた注意書きの内容を思い出す。

「えーと、武器はロッカーに……だったか。ロッカーと言うのは、多分この鉄の箱のことだよな……?」

 勇者は仕方なく、自分の装備を外していく。

 剣を括りつけている鞘の革帯を解き、少しの間葛藤した後――ええい、ままよ! とロッカーとやらに剣をしまった。

 次いで兜と脱ぎ、籠手を外し、胸鎧の留め具具を解いて鎧も脱ぐ。それらも半ば押し込む形で無理矢理ロッカーに収めた。古の勇者の鎧をぞんざいに扱うなと、ご先祖様が言ってやいないだろうか?

「おーし、脱いでやったぞ! くそ、これで扉を開けたらモンスターハウスでした! なんてことになるんじゃないぞ!」

 あのふざけた注意書きをしたためた何者かに向けて文句を零しながら、勇者は足元に描かれていた『履き物をお脱ぎください』という追加の注意書きに「まだあるのか!」と顔を真っ赤にしながら乱暴に革靴ブーツを脱ぎ捨てると、今度こそと勇み足で空間の奥にある扉に手を掛けて、力強くその扉を開けた。

「失礼します!」

 入室の挨拶はこれでいいのだろうか?

 なんて何処か的外れな疑問が脳裏に過ったが、それは一瞬で掻き消えた。

「はい?」

「んん?」

 勇者の声に何者かが反応したらしく、疑問符交じりの声を上げたのだが……勇者にとってはそれどころではなくて。


 ――扉の先には、先程装備を抜いた空間とはまた違った造りの部屋があった。


 全体的に明るく、壁際には一面に大きな窓があり、外の光が煌々と部屋の中を照らしていた。

 片方には、恐らく水洗い場と竈を思わせる――つまりは台所と思われる機器が設置されていて、その傍には食卓なであろう幅の広いテーブルが置かれていて、対面する形で椅子が二脚ずつ設置されている。

 問題はその台所がある空間とは真逆のエリア。

 絨毯の上に置かれた背の低い机は、どういう理屈か板の下から毛布が広がっているのだ。一体なんだどんな用途でそんな形をしているのか皆目見当がつかなくて、思考が追いついていないのだが……何よりもその毛布机(とりあえずそう呼ぼう)足を突っ込んで布団机の板面に突っ伏しているうちの一人が問題だった。


 ――である。


 もう一度言おう。


 ――である。


 大事なことだから、三度言おう。




 ――     である。





「――りゅうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」




 りゅうおうの姿を認識した瞬間、勇者は全身全霊で声を張り上げた。

「げ、勇者!?」

 りゅうおうのほうも、部屋に足を踏み入れた人物が勇者であることに気づき、驚きに目を丸くしていた。

 そんなりゅうおうに対し、勇者は仇敵を前に混乱していた意識を一気に臨戦態勢に切り替える。

「ついに見つけたぞ、りゅうおう! 玉座の間にいなかったときはどうしたものかと思ったが、こうしてその姿を見つけたからには容赦はしない! 勇者としての務めを、今此処で果たさせてもらう!」

 力強く宣戦布告をする勇者に対し、りゅうおうの反応はと言うと……


「え? あ、え? 此処で!?」


 こんな感じだった。

 これには一瞬、勇者も固まってしまう。

 いや、だってそうだろう?

 ついに対峙した勇者とりゅうおうの、最終決戦に臨むための口上なのだ。

 格好良く、後世に語り継がれるよう勇者らしい科白を口にしたのに、その敵であるりゅうおうの反応があまりにも気の抜けたものだったのだ。勇者だって思わず困惑してしまうのも無理はない。

 戸惑い気味のりゅうおうと、言語化し難い表情でりゅうおうを見つめる勇者。

 数秒、両者の間には沈黙が流れた――が、勇者は〝いやいや〟とその場でかぶりを振ると、意を決した。

「ええい、腑抜けた表情かおをしやがって! そっちにその気がなくとも構わない! 行くぞ!」

 勇者は雄々しく声を張り上げ、右手に魔力を集める。バチバチと稲光を発する右手を掲げ、勇者は先制攻撃をするべくりゅうおうへ目掛け右手を――


「ストォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォプ!」


 ――ぱこーん!


 勇者の気迫もなんのその。

 凄まじい怒声と共に、硬い板が勇者の顔面を横殴りにした。

 突然の乱入に、勇者は魔法の発動に失敗し、更には受け身を取ることも出来ずにその場でひっくり返る。

 鼻を強かに叩かれた痛みに涙目になりながら、「なんだなんだ!?」と顔を上げれば、其処にはりゅうおうと同じく毛布机で突っ伏していたもう一人が、お盆を片手に仁王立ちしていた。

 一見して、男か女か判らない髪型に顔立ちをしたその人物は、勇者をぎろりと睨みつけながら言った。

「扉に貼っていた注意書き、ちゃんと目をお通しましたか?」

「ちゅ、注意書き!? あ、ああ。目を通したぞ。それがどうしたと言うんだ?」

「なら、最後になんと書いてありましたか?」

「なんてって……――」

 有無を言わさぬ語気で問われた勇者は、必死に扉の注意書きを思い出す。そして、

 

『戦闘行為は厳禁です。

 たとえ親の仇が居ようが世界の敵が居ようが刃傷沙汰はお断り!』


「……戦闘禁止?」

「はい。そうです。戦闘行為は一切禁止しています」

 勇者の言葉を、相手は力強く頷きながら強調する。対して、勇者はそんな莫迦な! という気持ちで口を開いた。

「――し、しかしそいつはりゅうおう! 世界の敵なんだぞ!」

 と主張するが、

「関係ありません。この部屋では例え親の仇だろうが世界の敵だろうが、何が居たって直接対決は厳禁です」

「しかし――」

 聞く耳を持たぬ相手になおも食い下がろうと勇者は言葉を続けようとしたが、


 ――びゅん! と。

 ――ばきゃ! と。


 そんな音と共に。

 勇者の顔のすぐ横を、何かが凄まじい速さで通り抜けていった。いや、何か――ではない。

 お盆だ。

 今さっきまで目の前の人物が手にしていたはずのお盆が、いつの間に勇者の背後――の、床に半分ほどめり込んでいた。

 ……まったく見えなかった。

 数々の修羅場を潜り抜けてきた自負している勇者だったが、今の一撃は、まったく目で追うことができなかったのである。

 床にめり込んだお盆を見てぞっとした勇者が慌てて振り返れば、毛布机に入ったままのりゅうおうがものすごい速さで首を横に振っていた。

 おそらく、逆らうな――ということなのだろう。

(りゅうおう……なんか心なし怯えているように見えるな……)

 あのりゅうおうが恐れをなす存在だというのだろうか、この目の前の人物は。

 勇者は恐る恐ると言った様子で、視線をりゅうおうから目の前で仁王立ちしている人物へと移す。そっと、そぉぉぉぉっと視線を持ち上げれば、

「げ・ん・き・んです」

 有無を言わさぬ力強い言葉が降っていた。

 満面の笑みと共に放たれたその言葉に、勇者は――


「――……はい」


 粛々と、受け入れる以外他なかったのである。


      ◇◇◇


 そして。

「――新しく来たお客さんのお茶を持ってきます」

 と席をたった人物(管理人さんと言うらしい)の背を、毛布机に脚を突っ込んで座った姿勢で見送った勇者は、安堵の吐息を零しながらりゅうおうを見た。

「管理人さんの決めたルールに則って、今は休戦してやる……が、それはさておいて、だ」

「なんだ?」

 偉そうにふんぞり返りながら、りゅうおうが勇者を見る。

 いや……すごく偉そうな口調で答えてるけど、ついさっきまで毛布机の上でだらけまくってた挙句、管理人さんに怯えていたことは決して忘れないからな――と視線で訴えながら、勇者は至極当たり前のことを訊ねた。

「お前、こんなところでなにをしているんだ。玉座の間をほったらかしにして」

「ああ……それか」

 勇者の問いかけに、りゅうおうは暫くの間視線を彷徨わせた後、苦笑いを浮かべながらこう答えた。



「……炬燵に入りながらポテチ食べてス〇ブラしてた」



 その答えに勇者は。

 勇者として旅をして以来。

 あるいはこの世に生を受けて以来。


「――――――――――――――――――――――――………………はい??」


 多分一度として挙げたことのないような声を上げたのだった。 


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