一話:勇者さんとりゅうおうさん、コタツで一緒にス〇ブラする その1
勇者はこれまでのことを振り返っていた。
りゅうおうによって姫が攫われた事件から始まり、世界中を歩き回った日々のことを。
思い返しても、酷い旅だった。いきなりお城に呼び出されたと思ったら、「お前は勇者の血を引く者だから、姫を助け出してりゅうおうを倒してこい」なんて一方的に言われた挙句、軍資金五〇〇ゴールドと木刀を贈呈されたのがそもそもの始まり。
いや五〇〇って可笑しいだろ。近くの村で装備一式揃えられないくらいの金額だよ。やくそうだって二〇個買えない(薬草は一個三〇ゴールド)んだよ。
なんて文句を言ったのも、ずいぶん昔のことのように思える。
良いこともあったが、やはり厄介事や面倒ごとの割合の方が圧倒的に大きい。割合的には二対八くらいに圧倒的だろう。
しかしそれも今日で終わる。
りゅうおうあえ倒せば、きっとこれまでの苦労も報われるだろう。いや、一歩間違えれば自分の人生が終わる可能性も捨て切れないが……いいや、此処まで来て負けるなんてありえない。
「絶対に勝つ……!」
背負う剣の柄をぐっと握り締めて、目の前の重々しい扉を開けた。
扉の向こうには、薄暗くも広々とした部屋があり、部屋の入り口からは真っ赤な絨毯が奥の玉座へ導くかのように伸びている。
勇者はその絨毯の上を一気に駆け抜け、奥の玉座へとたどり着くや否や、
「――りゅうおう、覚悟ぉぉ……おう?」
力強く声を張り上げたのだが……勇者が辿り着いた玉座には、りゅうおうの姿はなかった。
「おい、りゅうおう! 何処にいる! 姿を見せろ!」
剣と盾を手にし、油断なく身構えながら声を張り上げる。きっとこうして声をかければ、姿を見せるに違いない。そう思ったのだが、予想に反して何時までたってもりゅうおうは姿を現さなかった。
「――……おい、嘘だろ?」
全身に漲らせていた、やり場のない緊張と闘気を開放しながら、勇者は呆然と立ち尽くす。
最後の決戦に勇んでやってきたら、まさかまさかの仇敵が不在なんて、誰が想像しただろう。
勇者は仕方なく剣を鞘にしまって、その場で腕組をしながら周囲を観察する。何処か古ぼけたボロっちい城だが、手入れが行き届いていて不潔という気分にはならず、室内の調度品も、質素ながら気品の感じられるもので揃えられていて、なおかつバランスのよい配置がなされていて、落ち着いた印象を抱かせた。
(これだと王様の城のほうが無駄に華美で品性がないって感じだなぁ……)
豪華絢爛を絵に描いたような、やたら金色に輝く装飾の多い椅子やら棚やらに、目がチカチカしたのを覚えている。まったく民から集めている税金で何をしているんだか。というか、あれだけの品を揃えられるだけの財力があるのなら、もう少し自分への選別に回して欲しいものだと勇者は溜息をついた。
「……こういうのを、世の不条理って言うのか?」
勇者は皮肉を零しながら肩を落とした。
何時までも肩に力を入れていても疲れるのだ。実際問題、こうして無防備を曝しても未だ襲撃がないことを考えれば、どうやら本当にりゅうおうはこの部屋にいないらしい。
「まったく。てっきり『よき来たな勇者よ、待ちわびたぞ』ってこの椅子にふんぞり返りながら出迎えるって思ったんだけどな」
玉座を爪先で小突きながら、勇者はさてどうしたものかとあらためて周囲を見回した。
そして、ふと勇者は気づいた。
玉座の後ろ。
背もたれの上の部分から、少しばかり突き出た何かがあった。
なんだこれ? と思いながら勇者は玉座の後ろに回ってみると、
「――……扉?」
扉があった。
そう、扉である。
部屋の出入りする際に開け閉めする、あれである。
「なんで玉座の後ろにあるんだよ?」
思わずそんなことを口走った。だが、たぶん勇者じゃなくても、こんなところに扉があったら誰だって同じことを口にするのは間違いなかった。
勇者はいぶかしみつつも。その扉の正面に立って観察する。
見たこともない材質であることを除けば、それは何処にでもある変哲もない扉だった。そしてその扉の正面には、張り紙のようなものが張ってある。
「……なんか書いてあるな」
勇者は扉の張り紙に目を通した。
見たこともない文字だったのだが、どういう理屈か、あるいは何かの魔法が施されているのか、其処に書かれている文字はわりとすらすらと読めた。
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Ⅰ、入室前に、ドアノッカーで扉を叩いてください。
Ⅱ、入室の際、履き物はお脱ぎください。
Ⅲ、武器の持ち込みは禁止です。玄関のロッカーにしまって下さい。
Ⅳ、室内のものは共用です。大切に使いましょう。
Ⅴ、使った物は、使い終わったら物と場所に戻しましょう。
Ⅵ、戦闘行為は厳禁です。
たとえ親の仇が居ようが世界の敵が居ようが刃傷沙汰はお断り!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
内容は以上。
読んだ感想はと言えば、
「……なんだ、これ」
だった。
それ以上の何を口にすればいいのか、勇者には判らなかった。
いまいちよく判らない言葉が並んでいたが、何より意味不明だったのは最後の一文だ。
「――世界の敵が居ようと戦うなって? わけが判んねーな」
鼻で笑う勇者だったが、同時に脳裏にある可能性が過ぎった。
――まさかりゅうおう、この扉の先に居るんじゃないか? と。
「……入ってみるか」
りゅうおうがいる可能性が捨てきれない以上、勇者としてこの扉をくぐる必要があるだろう。
勇者はそう判断して、目の前の扉に手を伸ばし、
「――いくぞ!」
己を鼓舞する言葉を発しながら、勇者は扉を開けて中へと飛び込んだ。
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