扉の先のセーフルーム ~この部屋の中では皆で仲良く遊びましょう~

白雨 蒼

ご案内:入室について


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 Ⅰ、入室前に、ドアノッカーで扉を叩いてください。

 Ⅱ、入室の際、履き物はお脱ぎください。

 Ⅲ、武器の持ち込みは禁止です。玄関のロッカーにしまって下さい。

 Ⅳ、室内のものは共用です。大切に使いましょう。

 Ⅴ、使った物は、使い終わったら物と場所に戻しましょう。

 Ⅵ、戦闘行為は厳禁です。

   たとえ親の仇が居ようが世界の敵が居ようが刃傷沙汰はお断り!


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「うーん……こんなものかなぁ?」

 ぺたり、と扉に張り紙をしながら、管理人ボクは首を傾げた。

 部屋に通じる扉に張ったのは、ラミネート加工した入室案内。別に難しいことは書いていない……と思う。うん、書いていない、はずだ。

 じっと、扉に張った案内を見る。

 誤字はないか。

 文面に間違いがないか。

 何度も読み直しはしたが、やっぱり不安なものは不安だ。自分では大丈夫と思っていても、いざ人様が読んだときに、

『なんだこの文章?』

 とか、

『こいつは何が言いたいんだ?』

 と思われたら、ちょっと傷つく。

 まあ、そのくらいだったら別にいい。

『この文章書いた奴は誰だ!』

 と怒鳴り込んで来たり、

『結局何が言いたいんだよ!』

 と掴みかかられた日には、立ち直れないかもしれない。

「あー……やっぱやめようかなぁ」

 自分で考えたことだけど、まさか始める前に心折れそうになるとは……前途多難とはまさにこのことだ。何せ想像しただけでくじけ掛けているのなら、実際にことが起きたら容易く挫折してしまう自分の姿がありありと目に浮かぶ。

 だけど――

「――いやいや、やっぱいるでしょ、これは」

 挫折する自分の未来図を必死に振り払って、顔を上げる。この入室案内は、やっぱり必要だと思う。

 だって、

「そうしないと……皆好き勝手しすぎるんだもんなぁ」

 これまでこの部屋の扉を開けてやってきた人たちが行ってきた蛮行を振り返り、その度に起こった騒動でこの部屋の中がどれだけ酷いことになったことか。

 修繕費、すごかったなぁ……。

 なにせ原因の説明ができないから、保険も利かないから満額払わないといけなかったのだ。 


 ――ああ、どうかこの文面の意味を正しく理解できる人だけが、この扉をくぐってきますように。


「たぶん……はかない祈りかもだけど」

 殆ど諦めきった表情でそう愚痴を零しながら、部屋の中に戻る。靴を脱いで、さて一仕事終えたことだし一服でもしましょうか――なんて思ったのが運の尽き。

 今しがた閉じたばかりの扉から、とんでもない殴打の音が鳴り響いたのだ。

 驚いて飛びあがり、恐る恐る振り返る。え、ちょっと早すぎじゃない? と困惑してしまう。

 そうして戸惑っている間にも、扉はものすごい音を響かせていた。

 ドンドンドン、とかドカドカドカ、とかじゃあない。もうドッカーン! という、まるで砲撃で設けているんじゃあないかと思うくらいにすごい音だった。

 挙句に扉の向こうから「ええい、なんじゃこの扉! 何処から現れおった!」と困惑と怒りの混ざったような声まで聞こえてくる。

「扉壊す気ですかねぇ!?」

 やけくそ気味に叫び、慌ててもと来た道を戻る。まあ、ほんの数歩の距離だけど。


「扉を叩く時はドアノッカー使えって書いてるでしょー!」


 そうして、今日も扉を開けて、その向こうに繋がってしまった人を渋々招きいれた。







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