それでも魔女は毒を飲む

いうら ゆう

それでも魔女は毒を飲む

 わたしの主が生まれた日。

 それは、五十年に一度来る流星群の星降る明るい月夜だった。



 星降る夜に生まれた魔女は、その夜、はじめに落ちた星を飲まされ、王家の毒味役となる。

 いつの頃から始まった習いなのか、今となっては知る者はない。

 星持ちと呼ばれるその魔女は、喉に星をひっかけている分、声が出せない。代わりに、星より与えられた類いまれなる力を携えていた。それゆえ古来より王家に傍近く置かれ、自然毒味も任されるようになったという説が有力である。

 わたしは、創薬の魔女の一族の出であり、物心ついたときには主の身の回りの世話をしていた。取り柄のないわたしが選ばれたのは、単にわたしの主となったその人と歳が近かったせいであろう。

 星持ちの毒味役と言っても、星が毒を取り除いてくれるわけではない。

 わたしの役目は主の身体が王家の毒味役として役立つよう、毒に慣らすこと。あるいは毒が多すぎた時には、解毒薬を与えて生かすよう調整することだった。

 新しい毒に慣らすたび、熱に浮かされ苦しげに涙をこぼす主の姿はいつも痛々しく、見守るわたしもよく泣きじゃくったものだった。

 そのたびに、主はわたしの手を額へ引き寄せた。主は声を出せぬ代わりに、触れる相手に声を伝えることができた。

 わたしの掌を額にあてて、心地がよい、とささめくと、なぐさめにわたしの好きな若菜摘みの歌を歌う。

 もしもわたしの主が星降る夜に生まれなければ。そうして、あの忌まわしい星など飲まされなければ、きっと稀代の歌い手と呼ばれただろうにと、掌を伝わり聞こえる透き通る歌声にわたしは何度も神経を凝らして、またひとしきり泣いた。

 おいしかったから、と毒の入っていない王家の食事をこっそり持ち帰ってくれる主の優しさが好ましかった。

 王家の目をごまかして、国中の果樹にたわわに実を実らせる主の豪胆さが大好きだった。

 わたしは今、主の前に毒杯を差し出す。

 革命が起こった。

 民衆は王家へ死を求めた。

 誰から奪われるでもない。毒杯により自ら死を手繰り寄せ、矜持を許すそのやり方は、民衆なりの王家に対する最大限の譲歩だった。

 ああ、これで。わたしの大切な主がこれ以上、苦しめられることはなくなるのだと歓喜する。

 だが、その喜びも束の間だった。

 頬に触れる主の指先。拭われる歓喜の涙のその先から、主の言葉がわたしの中に降り積もる。


 わたしは星持ちの魔女。

 わたしは王家の毒味役。

 あなたの創るその毒が、王家にきちんと死をもたらすか、救えなかった民の代わりに、わたしはそれを確かめなければならない。


 主はわたしの手から王家に運ぶはずだった杯のひとつを手に取って、毒杯を傾ける。

 奇しくも五十年に一度来る流星群の星降る明るい月夜だった。

 わたしはその日、はじめの星が落ちて砕ける音を聞いた。


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