現代百物語 第38話 毎日の
河野章
現代百物語 第38話 毎日の
「朝、ですか?」
谷本新也(アラヤ)は藤崎柊輔に改めて問われて首を傾げた。
「そう。そんだけ色んなものが見えるんだから何か対策してんのかと思って」
よく行く高架線下の一杯飲み屋。そこで、元高校の同級生の林と一緒に新也達は三人で飲んでいた。三人の手元にはそれぞれビールと突き出し、串が数本ずつあった。
「僕もそれ、気になってた」
うんうんと、林も頷く。
「なんか普通と違うことしてんじゃないの?」
新也はうーん、と首を傾げて思い出す。
「ごく普通ですよ?」
と念を押して、新也はビールをぐっと煽った。
「朝、ですよね。まず起きて、汲み置いていた水に塩を少し入れて一杯飲みますかね」
「塩水?」
串を齧りながら藤崎が尋ねる。
「ええ、寝ている時に身体になにか悪いものが入ってたらいけないので……お清め? 的な」
「……へぇ……」
それを聞いた時点で林はすでに引いているようだった。
新也は気づかずに続ける。
「それからまあ、普通に身支度整えてですね……あ、鏡を見たり、風呂場の隅を見たりするのは極力避けますね。隅っこやものの影を鏡越しに見るのはNGです、これは基本。妙なものが時々写り込みますから」
「ふうん……食事で気をつけてんのは?」
藤崎はニヤニヤと笑って話を遮る。
「大して気をつけてはないですけど。そうですね、体力落ちている時は肉は避けます。身体の中に汚れ……みたいなのがつくみたいで、肉食は。好きなんですけどね、肉」
「……はあ」
林は呆れたような感心したような声を出す。
くくっと笑って、それで? と藤崎が先を促す。
「で、まあ朝食食って出かける前には身なりのチェックですかね。鏡の前で全身見て、変なもの抱えてないか……って、そこ、林くん、引かないで」
「いや、引くよそれ……だって毎日でしょ?」
「毎日だね」
当然のように新也は宣う。藤崎は口元をニヤつかせるばかりだ。
「で? ようやく出社?」
新也へと瓶ビールを掲げて、藤崎は首を傾げる。ありがとうございます、と新也はグラスを斜めにしてそれを受けた。
「違いますよ。一番大切なのは、出社前。肩に塩を振って……そこ、先輩笑わないでください。マジやってるんですから。──靴の、中をよく見ます。薄暗い狭いところには何がいるか……あるかわかりませんからね。特にリアルに何故かガラスの破片が入ってた事があって、それ以来、俺注意してるんです」
そこで、林が狭いテーブルの上でうつ伏せて手を上げた。
「ストップ。駄目、もうお腹いっぱい」
どんだけ毎日に危険がいっぱいなの、と顔を上げた林のその顔は青ざめている。
新也は憮然としてグラスを傾ける。
「普通の、毎日してることを話しただけじゃないですか」
普通の、と新也は強調した。
「僕の場合はこんな体質ですけど……他の人は、例えば毎日化粧したり、ヒゲ整えたり? 何かしら毎日気を使って生きてるもんじゃないんですか?」
そう言えば、藤崎は笑みを堪えるようにしてグラスを差し向けてきた。
「まあ、そうだな。お前のはちょっと他とは珍しいだけで」
「そうですよね?」
「……僕、なんで新也くんが先輩と仲良くやれるのか、何となく分かってきましたよ」
林がため息のように言う。
「俺のほうが変人みたいな言い方するなよ」
藤崎がうなだれる林を小突く。
「僕からすればどっちもどっちですけどね」
林が更に続けると、藤崎と新也が声を揃えて店の女将さんに『勘定はこいつで』と言うのが店に響いた。
【end】
現代百物語 第38話 毎日の 河野章 @konoakira
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます