ファイト・クラブ part1

ここはSNSです。どのサービスかは情報提供者の要請で秘匿させていただきますが、非常に不穏当なやり取りがされています。

ではこの日付でX公園。何人くらい集まりそうですか。10~15人は確実。了解しました。楽しみにしてます、ファイト・クラブ。

ファイト・クラブを知らない人のために付言しておくと、チャックパラニュークの小説やそれを原作にしたデヴィゥドフィンチャーの映画です。そのタイトルの由来は作中で行われる公平な殴りあいを目的とした1対1の格闘です。

この作品のことは知らなくても構いません。要するに、乱闘の約束が交わされたのです。


そうとは知らずX公園の近く、酒をのみながら帰路につく男がいます。まだ雪のふる季節です。革靴がぬれた横断歩道の白線の上をすべる。鴫野耕野は冷たいアスファルトに尻餅をついた。汚い水がトランクスにまでしみて尻の割れ目を凍えさせる。さらに不幸なことに飲みかけの缶ビールを落としてしまった。

雪が黄色くなっていくのを惜しんでます。その雪を手ですくって嘗めましたが、人間的ではないなと思いいたり捨てた。


おっさん大丈夫か? あぁ大丈夫だ。


声をかけてきた青年の手を掴もうと鴫野耕野は右手を差し出すと、横面を強烈に殴られた。何がなんだかさっぱり分からない鴫野耕野は立ち上がることもできず呆然としていた。


なんで殴り返さない。なんで殴った。もしかしておっさんファイト・クラブの参加者じゃないんか。

鴫野耕野はファイト・クラブがなんのことか分からず、そんなの知るか、と殴られた頬をさすって青年に雪を投げた。

すまないことをした、とわびる青年の手を借りて立ち上がる。

おわびに一発殴らせてやる。

そう言って青年は目をとじて顔を差し出した。恋人の織田由宇にキスをせまる自分を見ているような気持ち悪さを感じて、勘弁してくれといって歩きだそうとした。


おっさん、俺を殴ってくれ。


鴫野耕野の後ろ手を青年は掴んだ。寒空の下で凍えた手の冷たさが血流にうつり鴫野耕野の思考するための熱を冷ました。


一発だけだぞ。


鴫野耕野は顔の真正面を殴った。


いい。マゾか。おっさんも来なよ。どこに。ファイト・クラブに決まってる。


鴫野耕野は青年の鼻血のついた自分の拳を眺め、まるで青年に盗られたものでもあるかのように早足の彼の後を追いかけた。


X公園ではいろいろな男たちがもみくちゃに乱闘していた。薄暗いため視認しにくいが、ひときわ目立つ、楽しそうに声を出している男が上半身を脱いでいるのでめだった。他の者たちは少なくとも服を着ている。

鉄棒の柱に後頭部をぶつけられて笑う男がいた。気絶しながら微笑んでいる。物体となった男を抱えて投げ飛ばす男がいた。


鴫野耕野は警察を呼ぼうと考えたものの、一刻もはやくここから立ち去るべきだと理性が囁き、それに従おうとした。その瞬間、おぉおっさんと金髪の青年の顔面を蹴り飛ばしている、先程の青年が手をふった。


知り合いか? もちろん。


青年は鴫野耕野よりも年上そうな男と会話している。その男はペンキで汚れたツナギを着ていた。大工仕事を途中で抜け出してきたような装いである。


違う、知り合いじゃない。と鴫野耕野は声を粗げて否定しようとしたが、ツナギの男はその間を鴫野耕野に与えてはくれなかった。


脚が消失した。

そう鴫野耕野は錯覚した。

地面に倒れ伏したとき、ツナギの男はローキックをしただけだが、猛獣に追突され股関節からちぎれたような痛みである。


青年は黙って見ていた。ツナギの男が彼のもとに戻る。鴫野耕野に向ける目は道端で死んだ猫をみるようだ。


ツナギの男は青年と殴りあいをはじめた。

鴫野耕野に殴られて折れた鼻を執拗にせめる。鼻の抉れた傷口をさらに拡げるように。

防戦を強いられた青年は、ついにツナギの男に超至近距離の接近を許してしまう。勝機にツナギの男は二の腕で青年に絡み付き、首をしめあげた。


恨むなよ。


ツナギの男は背後からの声に振り向いた。眉間に煉瓦ブロックの角が落とされる。

崩れ落ちる男にもう一撃、鴫野耕野は煉瓦をぶつけた。

死んだんじゃないの、そいつ。正当防衛だよ、糞っ。なら、おれの指紋がいるんじゃないか。


ツナギの男は息をしていた。

煉瓦ブロックをビジネスバッグにしまう。

鴫野耕野は、未知の恐怖に震えがおさまらなかった。

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