喧嘩観察

中学生、勝利を掴む

ここはショッピングモール、三階から二階に下りるエスカレーターです。ゲームセンターでお小遣いをほとんど全額使いきり遊ぶものがなくなった羽道聖夜は優希梨花、坂上勉、関谷珠子、浜口遵、法屋綺羅、上条わこ、中谷伸也らが見守るなか、10秒以内に上りのエスカレーターを下って降りたら100円ずつくれないかと提案した。羽道聖夜が太鼓の達人を殴って蹴ってで演奏したりUFOキャッチャーを揺すったり知らないカップルが使用中のプリクラに乱入して十分楽しい思いをしていたのでその感謝を示すかのように全員が了承した。無論、彼らは皆、夜になるとなにが楽しかったのか自らに問いかけることになる。

よーいどん、と優希梨花と上条わこが声を合わせて言った。羽道聖夜は重心をおろしてから猫のようにはねて跳びあがる。一気に4/5くらいのところに着地したが上昇する流れは早く、次の足を踏み出すときには同じところに戻されている。跳ぼうにもバランスがうまくとれない。

8、7

10秒むりっぽい30秒、と上に向かって叫んだが全員はカウントダウンを止めない。足を踏み外したが手すりに掴まることで無様に転ぶことはなかった。アクリル板の摩擦で腕を擦りむいた。

5、はっ、やば。まじか。4、3

別に遊びたいゲームなどなく財布の隙間を埋めたかっただけだが、言い出した手前、敗けることが嫌だった。羽道聖夜は意を決して、半分以上の段数が残っているが、すべて飛び降りてしまおうとした。

2、い……

上でカウントダウンをしていた者たちは、一斉に黙った。転落していく羽道聖夜を見守ることしかできなかった。

肩、腹、首、揉みくちゃにされて全身がひねられるようだった。段差が身体に食い込むが次にどこが痛くなるのか予測できない。頭頂部に全体重がのったと思えば、手首が先に落ちてそこを中心に身体が回転する。不幸にも、立って飛び込んだのでつっかえて止まるということもなく、二階のエスカレーターの踊り場に顔面を叩きつけられた。

大丈夫？ と後から追ってきた友人たちに、羽道聖夜は無性に苛立った。恥をさらしたことが自身のなかで整理がつかなかったのだ。

忌々しい。泣き叫びたい赤ん坊が口を封じられるとこんな地団駄を踏むのかもしれない。

エスカレーター壊れるって、と止められなければ、踏み砕くまでやめなかっただろう。どこまでも怒りの沼に沈みこむ羽道聖夜を軽蔑して坂上勉と関谷珠子が他人のふりとばかりにゲームセンターに引き返した。

すると、いたっ、という声とともにさきほどのプリクラにいたカップルであります。男の方は、中学生に（彼らは制服を着たままでした）オモチャにされたまま黙っておけない、とにかく頭を一発ほど殴らなければ気がすまない。

しかし、坂上勉と関谷珠子にしてみれば羽道聖夜のチョーシに乗った振る舞いであるし、またとくに坂上勉に至ってはどういうわけか羽道聖夜がボコボコに殴られているのを見たい気がして、奴ならすぐ下のエスカレーターにいると教えてしまいました。

羽道聖夜が悔しい思いをしていると、さきほどの高校生の男が降りてきました。なぁふざけるのも大概にしような、と挨拶程度に鳩尾を殴ると、羽道聖夜は全身を痛めていたこともあり倒れてしまいました。

おっと、ここで時間が経ちます。見所がないので要点を言いますと、羽道聖夜にかわり5人が高校生たちに謝罪して、事なきをえました。

数日がたち、羽道聖夜は例の高校生の男がコンビニでアルバイトをしているのを見つけました。

たまたま、入店しただけなのですが、これは運命ではないかと感じたようです。

そこで、皆にこのコンビニに襲撃をしようと提案しましたが、いいなと言った者は誰もいませんでした。

なんでだよ、謝らされて悔しいじゃんか。お前は謝ってないし、第一お前がふざけるのが悪いんだろ。それに、ウチら別にやし、なんなら忘れてたくらい。

それなら構わないと、羽道聖夜、ひとりで襲撃をかけることにした。

あまりシフトに入っていないようで、2日ほどを無駄にしたが、ようやく、あの高校生がぼんやりとしつつ商品の入れ替えをしていた。

計画は、単純だった。とにかく、勢いよく、自転車でぶつかりにいく。あわよくば、引き潰してやる。

他の店員や客がいないことを確認して、羽道聖夜は自転車をおして入店した。入店音だけが響いた。高校生が見ていないうちに、自転車にまたがる。異様なほどツルツルする床に戸惑いながら、商品棚に体当たりをしながら、羽道聖夜は店員に向かってスピードをあげた。

追突された高校生は受け身をとれず床に頭をぶつけた。予想外の出来事に何をされたのか理解できないうちに、羽道聖夜が彼の腕をつかみ自転車のタイヤのハブに指をいれてペダルをまわした。

指先、爪が砕けて流血する。羽道聖夜はしてやったりと、気をよくして退店した。

よって、今回の勝敗は、羽道聖夜の逆転勝ちでございます。なお、監視カメラもその様子をばっちり撮影しておりますので、私の決断に間違いがないことは警察も認めるところでしょう。