卑劣千万、強姦魔vs中年男

半月が輝いています。犬の鳴き声が聞こえてきますね。犬種は、もしかすればシベリアンハスキーかな。岸部昭は数分前にはそんなことを考えていました。しかし今は全力疾走をしています。


すこしだけ時を戻します。


昼でさえ人の近寄ることのない小さな神社は、木々に覆われて日光も月光も通さないからです。シダ植物やコケが生えています。おっと、そんな神社から男が出てきました。

それも相当慌てているようで、階段を踏み外して十段ほど転げ落ちてアスファルトに頭をぶつけたものの立ち上がり逃げ去って行きます。


男の名前は岸部昭。近所に住むサラリーマンです。岸部昭は普段なら絶対に立ち寄ることのない神社に足を伸ばしたのには理由があります。悲鳴が聞こえたのです。


おっと、岸部昭を追尾する者がいます。闇夜に融けるため黒いマスクまでしており、顔の様子はうかがい知れません。彼の名前は、三池和真といい、最近、この辺りでおこる強姦の犯人です。さっきまで神社で塾帰りの女子高生を拐って犯していましたが、岸部昭に見つかり、なんとしてでも口封じをしなければならないと焦っております。それもそのはず、岸部昭はその現場をスマホで撮影したのです。


今年で53歳、昨年はヘルニアの手術をした岸部昭は思うように走れず全身が痺れてきました。このままではいずれ三池和真に追い付かれてしまう。

殺される、殺される、殺される……岸部昭は悪魔に狙われたかのように必死で逃げています。

三池和真はといえば、日頃の喫煙で肺の機能が低下しており、身体は疲れてないのに息切れをしています。


しかし三池和真は23歳、さすがに追い付き、岸部昭の後頭部を手近にあった手のひらサイズの石で殴りました。

おっと岸部昭、倒れまいと踏ん張ります。ビジネスバッグで応戦。三池和真から距離を取ります。

近寄るな警察呼ぶぞ、大声で叫びます。これで近隣住民も無視できまいと考えますが、どの家も反応です。いや、一軒ほど灯りをつけて窓を開けましたね。


いまだに両者、疾走した疲労から復活できません。足腰がよろけております。

岸部昭は痰のような、胃液のような、とにかく口から唾液とともに吹き出してそれが髭に付着しました。おっと、これは汚い。

単に肺機能が衰えていたためのことだが、三池和真、これを自分に向かって吐きかけた挑発だとらえて、激情に駆られた。

捨て身で岸部昭の懐に飛び込み、地面に倒れこみました。ラグビーのようです。そして岸部昭の腹上に座りその顎や頬を殴ります。さっき射精したばかりの陰茎がまたしても硬くなり、自分が中年男にたいしても性的な興奮を感じる事実に可笑しくなった。

しかしその一撃一撃がひたすら弱い。三池和真はおそらく同年代と力比べをすれば悔し涙を飲むこと間違いなしの軟弱だった。軟弱男が不意打ちで年下の女性を襲って自分の力を誇示していたにすぎない。

ヘルニアにさえならなければ、と岸部昭は悔しい思いである。それさえなければ容易く勝てるのに。


「あんた何やってるねん」としゃがれた女性の声がしました。すると、彼女の傍らにいたシベリアンハスキーが三池和真に飛び付き、彼の肩に噛みつきました。

岸部佐和とシベリアンハスキーのグレイが、ようやく玄関から出てきたようです。


よって今回の勝負は岸部宅近くに場所を変えた岸部昭の機転により、岸部一家の勝利でございます。なお三池和真が連行されるとき、犬の噛み痕のほかに目の周りに青アザがありました。

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