復讐

小石原淳

復讐

 彼ら彼女らを抹殺するために、完璧な計画を立てた。長い年月と費用を要したが、それに見合う仕上がりになったはずだ。かつてのミス研(ミステリー研究会)同志を葬るのは忍びない気持ちもゼロではない。だからせめてミステリらしい舞台で送ってやろう。

 私が復讐の舞台として用意したのは西洋館である(※洋館と記せばすなわち西洋の館を意味するようだが東洋の館だって略せば洋館だろうに)。

 適当な物件を求めて探し回り、やっとのことで手に入れたのが三年前。そこから改装やら絡繰り仕掛けやらを施している内に時間が経ってしまった。何せ、自分一人でやる必要があったから仕方がない。改装はともかく絡繰り仕掛けを業者に頼んでしまっては、その人達も口封じしなければいけなくなる。無益な殺生はしない主義なのだ。

 そんな裏話はさておき、私が何故、復讐の舞台に西洋館を用意したのかを書いておく。上にも記したように自分の好みで仕掛けを作れるというのももちろんあるが、他にも理由はある。

 第一に、私の復讐のターゲットになる連中は冒頭でも述べた通り、全員がミス研のメンバー、つまり揃いも揃ってミステリマニアなのだ。しかも古式ゆかしい本格ミステリが大好物。となると当然、館物には目がない。謎めかした招待状に導かれて曰く付きの館を訪れる。このシチュエーションに奴らがあらがえるはずがない。滞在費用と交通費はこちら持ちとしておけば万全だ。決して小さくない出費ではあるが、連中の帰りの交通費は不要だし、食費も徐々に少なくなっていくので多少は削減できる。

 第二に、これは第一の理由に付随するのだが、館に集めて隔離することで警察その他外部からの介入を防げる。用意した西洋館は山奥の僻地にあり、吊り橋一つ落とせば簡単には出入りできなくなる。ヘリコプターなどが着陸できる平らなスペースもない。さらに電波状況もすこぶる悪く、通報は実質不可能という好条件が並ぶ。復讐のターゲット達は皆仕事を持っているが、夏期休暇を利して五日間の滞在を取り付けた。だから救援がやって来るとしても六日目以降になる。それまでに奴らを恐怖のどん底にたたき込んで、一人ずつ始末してやろう。

 第三に、防犯カメラのない環境を作れる。個人的にはこれが一番大きな理由だ。館物ミステリに対してよく言われる批判に、「何でわざわざ犯人自身も疑われるであろう、限定された状況下で殺人を行うのか? 通り魔か何かに見せ掛けて夜道で刺し殺す方が逃げ切る成功確率高いだろ?」というものがある。

 だけどよく考えてもらいたい。今の世の中、防犯カメラが多すぎるのだ。映らぬよう完全に避けるのはなかなか困難だと思う。下調べしてもぱっと見、防犯カメラとは分からない機器はざらにあるし。仮に防犯カメラのない道を見付けたとしても、まだ車がある。そう、ドライブレコーダーだ。ドライブレコーダー搭載の車も増えてきて、犯行現場そのものでは注意するとしても、現場から逃走する際に映り込んでしまう可能性は結構高いんじゃないかと危惧する。その上、ドライブレコーダーの中には無人の停車中でもちょっとした振動で反応し、記録を残すタイプもあるというから、まったくもって油断ならない。

 その点、舞台として館を用意すれば、そんな懸念は一切なくなる。後に入るであろう捜査で容疑を掛けられるのは覚悟している。絡繰り仕掛けを用いたトリックを駆使し、自身の無罪証明を確保した上で、最後に館を爆発炎上させれば証拠隠滅がなる。


 こうして準備万端整えて、復讐相手の五人と、私と共に生き残って事態の経緯を証言する役目を負う二人を招く。首尾よく、全員から色よい返事をもらっていた。


 だが……今や計画は崩壊寸前である。いや、崩壊した。

 計画を完成させ、招待状を出した頃にはまさかこんなにも長引くとは思っていなかったのだ。

 おっと、また電話が鳴った。私は電話が誰からなのか、そしてその用件を想像しつつため息をついた。とはいえ電話に出ない訳にはいかない。

「もしもし」

「――あ、俺だけど、今いいか?」

 復讐相手の一人からの連絡だった。快活な話しぶりが神経に障るが、私も大人だ。如才なく対応してみせよう。

「問題ない。それで?」

「ああ、折角招待してもらったんだけどさ。今こんな状況じゃない? 自粛要請が続いてるじゃん。いや、俺の気持ちとしては行きたいのよ。ただ、もし世間に知られたら叩かれるだろ。仮に感染どうこうってならなくても。一応、俺も一国一城の主だし。ソーシャルディスタンスを保ってでも、館ミステリ気分を味わいたいのは山々なんだが」

「分かるよ」

「そうか。念のために聞くけど、他の人はどうなんだ?」

「安心してくれ、みんなキャンセルしている。気に病む必要はない」

「だよな。また時期を改めて、今の騒動が収まったあとにやろうや。そのときは俺の方からも某かの援助ができると思う」

「……ありがとう」

 電話を切った。古めかしい電話の送受器をフックに戻すその手が震える。

 多数の人命を奪い、世界の環境を変えた感染症だが、少なくとも五人の命はこの感染症流行のおかげで救われたことになる。


 終わり


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復讐 小石原淳 @koIshiara-Jun

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