終章 リアルな魔術オタクは、やっぱり異世界の魔法にウンザリする。

 恬然てんぜんとした日常を取り戻したスヴェア。遍歴者ギルド内にある来客用のテーブルを、聖真とフレデリカとチェチリアとルワイダは囲んでいた。

「で」

 着席したばかりの男子高校生は、もはや自分の元世界のアイデンティティーのようになった相変わらずの制服姿で口を開く。

「これはいったいどういうサプライズなの?」


 もろもろの手柄で鉄拍車になった聖真がカウンターで手続きを終えて顧みると、近くのテーブルにさっきまではいなかった三人が来ていて、招かれたのだ。

 フレデリカが合流を希望しているとは王女から聞いて待ってもいたが、まさかあとの二人もいるとは予想外だった。しかも、みんな以前と同じような格好で。


「ぼくは元から旅をしているからね、せっかくなら一緒がいいかなと」

 とチェチリア。


「耳をかっぽじってお聞きしているでしょうが、わたしは王女陛下から許可を得ました」とフレデリカ。「しばらくは争乱の動きもなさそうですし、総隊長は名誉職として前職の方がまだ携わってもいいと仰るので、お言葉に甘えやがって。旅を通じてしか察知できないような大陸の動向に対処するのにも役立ちそうだとのことで、本職への関与は水晶での軽いテレワーク程度でいいそうです」


「うん、またテレワークとか言うんだな。ロゴス魔術の変な翻訳は」


 ツッコみの途中でルワイダが話しだす。

「愚僧も女教皇庁から許しを得ています。司祭枢機卿は何人かおりますし、旅路で人助けと布教をするのもよいとのことで。預言のから様々なことを学んだ僧侶にも教会は興味があるようですしな」


「……まあ」聖真は満更でもなさそうに頭を掻いた。「正直、君らと一緒なのは嬉しいよ」

 他の三人も喜んで微笑む。しかし、やがて咳払いをして、チェチリアは申し訳なさそうに切り出した。

「でも、そうはしゃいでいられない理由もあるんだよね」

 残る二人と意味深な目配せを交わす。どうやらここに来るまでに三人で共有した事情のようだ。

 聖真は若干嫌な予感はするも、もはやそんなに不吉な噂もないし散々苦労した後なのでそこまで悪いことはないだろうと軽い気持ちで訊く。

「なんだよ、もったいぶって」

「いや、まずはだね」

 しゃべりながら、チェチリアはテーブルの下に置いていた荷物袋から和紙を卓上に出す。


「これは円陀Bケンプ共和国からの請求書だ」


「せ、請求書?」

「聖真くんと果心の戦闘による街の損害分だよ。半分は果心の責任だし緊急事態だからといくらかはケンプ幕府が賄ってくれるそうだけど」

「ちょ、待って」

 構わずに、今度はルワイダが羽毛の中からパピルス紙を卓上に提示して述べる。

「こちらはビクトリア女王国からですね。十八魔属官との戦いでの、双頭蛇東灯台を中心とした街の損害分の請求書です。やはり主な責任は悪魔にある上、非常事態ということで大部分は女王国が負担してくれるそうですが、いくらかは愚僧らのせいでもありますからな」

「いやだから待って、そっちはおれが係わってもなくない?」

 疑問を遮り、最後にフレデリカがローブの懐からリンネル紙を出して卓上に広げる。

「で、こちらがエリザベス・コーツ王女国からの請求書になりやがります。同じく主犯は悪魔ですし、巻き込まれた人にも奇跡的に軽い怪我人しかいませんでしたが、山を半壊させやがったのは救世主様でもありますからね。霊場を損失させられた民、環境保護団体、大陸遺産センター、などから損害賠償請求が――」


「だから!」机を叩いて聖真は立ち、苦情を叫ぶ。「な、なにそれ。もしかして、おれら借金返すためのパーティーみたいな感じ?」


「「「そう」」」

 他三人は即答した。

 急に大声を出したため周りの遍歴者たちの視線が突き刺さるのもあり、力なく着席する男子高校生。

 すると、いつの間にか卓上には四枚目の紙が乗っていた。金箔製だ。

「……それで」フレデリカが、魂の抜けたような聖真へ遠慮がちに言う。「これが、ソーマの請求書です」

 裏返しの状態だ。他三枚もいきなり過ぎて聖真はよく見てなかったし、今は金の紙に微妙に隠されているが確認したくもない。

 ただ、ソーマについては話もちょっと聞いていたので恐る恐る尋ねる。

「……まさか、百億ガンパチとかいう金額じゃないよね。まけてもらったって聞いたから、ロスの狼牙倒した懸賞金とかで払えたものとばかり」

「まさか、百億ではないよ。ケチだったけどね」

 とチェチリア。

「ただし、この四枚の請求書ならば」

 とルワイダ。

「合わせて百億ガンパチです」

 とフレデリカだ。


「結局百億じゃねーか!」


 悲鳴を上げ、椅子ごと後ろにずっこける聖真だった。

 なんということだろう。

 まだ高校生で金は計画的に魔術グッズに費やしてきただけで、無駄遣いなんてしたことなかった。ましてや、借金なんてなかったのに。

 こっちでは一気に借金王だ。


「はーい、みなさーん。今日の依頼ですよ~!」

 水着みたいな薄着のニンフが嬉々として、依頼書を壁の一面にある掲示板に貼り付けていく。


『〝ロスの狼牙〟残党退治 報酬:壊滅で1億ガンパチ、その他要相談』

『エレバス山の修復作業員急募(依頼者の希望により救世主一行は参加できません) 報酬:日給7000G』

『奴隷募集、女帝国と魔帝国以外では奴隷制が廃止されて久しい昨今。女王様(偽者)の奴隷になってみませんか?(注意、これはプレイです) 報酬:時給1500G』


 などなど。

 客席で待っていた、種族も職業も様々だが血気盛んな点で共通する遍歴者たちがすぐに集まっていった。

「ぼくたちも頑張ろう、早くしないといい依頼がなくなってしまうぞ。こういうときは前向きに行こう!」

 チェチリアがへろへろの聖真を無理やり起こす。

「ですな。よいではないですか預言の、人助けにもなるのですから!」

 ルワイダが背中を押す。

「遍歴の旅は楽しいですよ。大丈夫、救世主様ならすぐに返せますって。あ、魔法の使いすぎでまた借金を重ねないようにだけ注意しやがってくださいね!」

 フレデリカは励まして優しく手を握った。


 そうだ。全てこの世界の魔法のせいなのだ。

 悟った聖真は全力で絶叫するのだった。

「異世界の魔法なんてウンザリだぁぁあーーッ!!」

 どこか嬉しそうにも聞こえる声が、魔法の大陸に木霊していった。

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アンタークティカ記紀―リアルな魔術オタクは異世界の魔法にウンザリする 碧美安紗奈 @aoasa

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