第47章 パーティーの楽しみ方にはウンザリしない
パーティー会場から離れた病室。
救世主動乱で負傷し入院している病衣の患者たちを、ルワイダは看護して回っていた。
「ルワイダ司祭枢機卿」患者のベッドそばでひと仕事終えた彼女に、後ろから声が掛けられる。「これで同じ立場ですね、歓迎しますよ」
「おお、エッカート殿。ありがとうございます」
振り返ったルワイダは、会釈で先輩の司祭枢機卿を迎えた。
「光栄です。されど愚僧などに、カレン様の代わりが務まるかどうか」
「みな世に一人しかいない。あなたにはあなたの役割がある、それを務めてくださればよいのです。カレンも信頼しておられました」
述べて、彼はルワイダの肩に手を置いた。二人は、並んで話しながらいくつものベッドの合間を縫って病室を出ていく。
「ありがたきお言葉。カレン様に唯一神の祝福がありますように」
廊下に出た鳥人が感謝を込めて一文字を切ると、エッカートも同じ仕草をした。
「ええ、唯一神の祝福を。後ほど、本格的に祈りましょう。まずは祈願よりも、目前に困っている人がいるのですから手を差し伸べますかね」
下がり掛けの新調した眼鏡を直し、彼は提案。ルワイダは同意し、二人で隣の病室へと歩いて行った。
「先輩ぃ~♪」
吹き抜けの二階を有する城内のダンスホール。近衛北欧戦巫女隊副隊長のエステルが、歓声でフレデリカに抱きつき愛嬌を振り撒いていた。
「きゃー、エステルちゃん!」
フレデリカもメロメロで、可愛がっている部下を抱き締め返す。周りで着飾って上品に踊る男女が怪訝な視線を向けるも構わなかった。
「先輩すごいです!」後輩ははしゃぐ。「どんどんすごくなられて。エステル、もっと頑張らなきゃって思いました!」
「エステルちゃんだって立派じゃねーの。第一魔軍を撤退させやがったんでしょ」
「救世主様に大祓を使わせてくださった先輩たちのお蔭です。ねぇ、踊りましょ」
「そうですね。お互いにがんばりやがったってことで、こういうときは楽しんでおきましょうか」
ギリシャ神話の音楽の女神であるムーサたちのうち四柱が訪れていて、コントラバス、ヴァイオリン、チェロ、ピアノで流麗な楽曲を奏でていた。
二人は、楽団に合わせてホールで踊りだす。とはいえ、拙い幼女のダンスに応えるものなので、遊んでいるのとほとんど変わらなかった。
ホール二階にはインナーバルコニーがあった。上等なクロスで飾られたいくつかの丸テーブルが置かれており、紳士や淑女が員数をそろえて掛けている。
食事はシッティング・ビュッフェのスタイルだ。
「剛毅大勇者殿、改めて礼を言うよ。ありがとう」
ビュッフェテーブルからよそってきた料理を置いて席に着いた振り袖姿の隼瀬は、隣で食事を始めていたチェチリアに感謝した。
「あなた方の助力がなければ、拙者たちは救世主殿とエリザベス・コーツの民を生け贄にしてしまうところだった」
ナイフとフォークで肉料理を切りながら、チェチリアは照れ笑いで謙遜する。
「征西大名の真実を公表したのは君自身だよ、ぼくたちは彼が創作した預言に踊らされてあの場に行ったに過ぎない。なにより、聖真くんが誘惑に乗らなかったお蔭だ」
「もちろんそれもあるね、後ほど彼にも改めてお礼を申し上げねば」
隼瀬は勇者を真似て肉を切ろうとしたが、慣れないのか苦戦して途中でやめ、箸で寿司を食べだした。
「ところで折角だ」エードで食べ物を流し込んでから、チェチリアは提案する。「あのときできなかった、旧友への積もる話があるんだが」
「奇遇ですな、実は拙者もだよ」
湯呑みでお茶を飲んで、隼瀬は同意する。楽しい時間はこれからだった。
聖真は、テラスの手すりに寄りかかって木製トレイに取った軽い食事を傍らの棚の花瓶の隣に置き、グラスのミナタ=カライア製ココナッツジュースを飲んでいた。
「調子はいかがですかな、預言救世主殿」
声を掛けながらテラスの空いたスペースである横に肘を預けたのはヴィクトルだった。
「……いい気分だよ。無事なあなたとも再会できてよかった」
「ははは」大臣は笑ったが、ふと寂しそうな顔付きになる。「当職は老い先短い身ですがね。……若い人材をたくさん亡くしてしまいました」
「アガリアレプトの正体を暴いたあなたがいなきゃ、今のおれもいなかったですよ! ……すいません、なんか適当で」
「いえ、そう仰っていただけるだけで有難い」勇気付けられたように感謝した老人だが、ふと何かに感付いて場を離れる。「おっと、では当職はこの辺りで」
述べて、聖真と彼の後ろに一度ずつ会釈をすると離れていった。
「楽しんでくれていますか、預言救世主様」
誰か来たのかと考える前に、新たに掛けられた声で男子高校生は悟った。
振り返ると、王女エリザベスがいたのだ。
「は、はあ」
突然の登場に面食らう。会った当初はふざけたところもあったが、あのときより飾ったドレス姿で王冠を被りマントを身につけた彼女はさすが王女という威厳があった。
「これからどうなさるのでしょう?」
エリザベスは言って、ヴィクトルと同じように隣に並んで手すりに肘を預けた。
「……果心の話だと」聖真は彼女と一緒に再び外に目を向けながら口答する。「少なくとも、中央未開地域のサウスポールと円陀Bケンプ共和国の湾には元世界と繋がるフェアリーリングがあるそうですけど」
「お聞きしました。ですがその件は、協定破棄以来険悪な関係にあるフリームスルスや、混乱のさ中にあるケンプとの国交が修復されねば、調査も難しいでしょうね」
溜め息をついて、救世主は街を望む。
スヴェアに着いた最初の夜も宛がわれた自室から望めた、巨大なゴシック建築の聖堂である女教皇庁がよく観賞できた。鐘楼は、魔除け効果がある〝退魔のベル〟の魔術を兼ねた祝いを定期的に鳴らしている。
「ならしばらくは、アンテークティカにいるしかないですね」苦笑いで彼は語る。「こっちじゃ外の百倍の早さで時間が流れるそうです、百日も経ってないから元世界じゃ一日も経ってないことになるし大丈夫かと。待ってる間は、旅でもしようかな」
「帰れるようになったら、やはり帰られるのでしょうか?」
「正直、決めてないですよ。こんなおれでもそれなりに心配してくれる人はいたんで、連絡くらいはしたいですが。あと、日出十字路団による魔術と科学の融合計画にどう対応するかも考えたいですね。特定の人たちの意向だけで世界のありよう自体を変えちゃうっていう彼らのやり方には反対なので」
「……救世主の預言が超神人の創作であった疑いが濃厚となった以上、以前よりあなたを縛るものはなくなりました。できればこの国に定住していただきたいところですが、勇者と同じように自由はご自身の手中にあります。わたくしもあなたの意思を尊重することに決めました。ただしお気をつけください、依然として力を求める者はいます」
アンタークティカでも平和の象徴だという鳩の群れが、窓の外を通りすぎた。
「肝に銘じておきますよ」
「それと。もし旅立たれるのであれば、同行を希望される者がいるのですが……」
「へ?」
聖真の頓狂な返事を聞くと、王女ははにかむような笑みで、遠慮がちに先を口にした。
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