最終話 お嬢様のティータイム
業務報告書を読み進めていていると、コポコポと電気ケルトからお湯が沸いている音が聞こえ始めた。
デスクの時計に目を向ける。
そろそろティータイムの時間だった。
そして、室内ではレーナが紅茶を入れる準備を始めていた。
私の視線に気づいたレーナが
「お嬢様。本日はいかがいたしましょうか」
「そうね。今日はロンネフェルトな気分だわ」
「かしこまりました。いつもよりも少し早い時間ですが、準備を始めさせていただきます」
レーナが食器棚からティーセットを取り出すと、あらかじめ準備していたお湯をティーポットに注ぎ始めた。
紅茶が出来上がるのを待ちながら読みかけだった報告書に目を通す。
私達が把握していた人身売買グループは壊滅させたが、国内に潜伏している全ての人身売買グループを壊滅出来た訳ではない。
なので、私達もそうだが国内の治安当局にも引き続き頑張ってもらうしかない。
不法滞在者達の子供が不当に働かされていたコミュニティーの全てを壊滅出来た訳ではないので、こちらに関しても引き続き警察や入国管理局に情報を提供しながら、各地域の不法滞在者の取り締まりを強化してもらうしかない。
私が読んでいる報告書をリサッチが横からのぞき込み
「ねえ、ダーシャ。国内にプライベートジェット機で訪れてた人物達が、スーツケースに隠した子供達を国外に連れ出してたでしょ。アレってもっとしっかり取り締まることって出来なかったのかしら?」
「一般人が飛行機に乗る場合はハイジャック防止や爆発物等のテロを防ぐ観点から、搭乗者や機内に搭載される全ての荷物の保安検査は行うけど、プライベートジェット機ではそもそも搭乗者によるハイジャックや爆破テロの可能性が無いに等しいから、基本的に保安検査の実施の有無はプライベートジェット機を運航する会社の判断に委ねられているのよ」
リサッチがへ~そうなんだあ。って感じの表情で頷いている。
「それと、定期便であればどんな荷物でも必ず検査は必要になるけど、プライベートジェット機では検査は必須条件ではないし、世界的にも保安検査なしでそのまま乗り込むことが当たり前になってるのよ」
「プライベートジェット機を使用するような人物が、人身売買に関わってるだなんて普通は思わないもんねえ……」
「そうね、一般的にセレブと呼ばれるような人物達が犯罪に加担するだなんて、世の中の人達は思ってもいないでしょうからね」
渋い顔をしているリサッチが
「子供達を貨物のコンテナに押し込んで船舶で輸送させるってのも、季節によるけど日射にさらされるとコンテナ内の温度が上がって子供たちが脱水症状になってしまうだろうし、コンテナ内は密閉に近いから酸欠の危険性だってあるんでしょ? 子供たちが何処かに輸送させられる前に助けられて本当に良かったよ」
すると、レーナが温めたティーポットにティースプーンで茶葉を入れると
「リサッチ様。先ほど作戦中に気になさっていた少女の検査結果のデータが届きました」
「へ~、もう検査結果が届いたんだ。そんで、検査の結果はどうだったのかしら?」
「健康状態は良好ですが検査の結果から、彼女はターナー症候群を発症しておりました」
リサッチが首を傾げながら
「う~ん。そのターナー症候群っていうのは何なのかしら?」
「私達の細胞の中には遺伝情報を含んでいる染色体が存在しておりまして、その染色体に異常のある女性に発症する病気でございます」
「う~ん。その染色体の異常によってどんな症状が現れるのかしら?」
レーナが茶葉を入ったティーポットに沸騰したお湯を注ぎながら
「彼女の場合は身長の増加率低下による低身長と、思春期になると徐々に変化が起こり始める、乳房、腟、陰唇などに変化が一向に現れない第二次性徴の大幅な遅れでございます。なので、今後は成長ホルモンの補充治療や女性ホルモンの補充治療を行うそうです」
レーナがお湯を注いだティーポットに素早く蓋をすると砂時計をセットする。
すると、リサッチが眉間に皺を寄せて
「つまり、あの子は見た目通りの年齢じゃないってこと?」
「生年月日は不明との事ですが、彼女への聞き取りによりますと年齢は十七から十八歳だそうです」
リサッチが納得したような表情で
「なるほどね。だから拠点の倉庫で捕らわれていた時に、周りの子達みたいに泣いたりせず冷静に状況を確認しようとしてたのね」
「そのようです。そして、彼女は実年齢よりも幼く見える容姿のことを周りには話してなかったようで、コミュニティー内では十歳程度の女の子として上手く生活していたとのことです」
「確かに、私も拠点であの子と話した時は十歳くらいの女の子だと思ってたからね。まあ、幼い子供を演じていれば大概の大人は騙されるから、コミュニティー内では上手く立ち回ってたんじゃないのかしら? 見かけによらず、なかなか強かな子なのかもね」
「ただ、彼女の実年齢は十七から十八歳ですので、物事の善悪や損得などに関して深く考えることが出来ていてもおかしくない年齢です。ですが、コミュニティー内では十歳の子供として生活しておりましたので、身近な者達に色々と相談を出来る相手がいなくて色々と苦労があったかと思われます」
リサッチが少し顎を引いて眉間に皺を寄せると
「そうよね。世の中のことをそんなに知らなくて、まだ分別がつかないくらいの年齢だったら、自分の行いに対して何も疑問を抱かないでいられるけど。ある程度年齢が上がってくると、自分や自分の周りの環境に対して色々と考えられるようになるから、場合によっては自分を深く傷つけてしまった時もあったかもしれないわね……」
リサッチが大きく息を吸うと一気に吐き出し
「私が彼女の心の支えになって色々と励ましたいって気持ちはあるけれど、最終的には彼女自身で過去の出来事に対して折り合いをつけて、乗り越えてえもらわない事にはどうしようもないのよね」
「彼女を保護している施設に、現在の彼女の生活状況を確認したところ、今迄の自分自身の行いや育った環境に対して悲観的にはならず、常に前向きな姿勢で知識と教養を日々学んでいるそうです」
「そっか……。あの子は自分を売った親や育った環境を恨んだりはしてないのね」
「彼女自身に話しを聞いた訳ではなく、あくまで彼女を担当してる施設の者からの聞き取りですが、施設内での彼女は無理して平静を装ってる素振りもないそうです」
「あの子……。頑張ってるんだね」
リサッチは満足気な表情を浮かべると、窓の外に目を向けて物思いにふけってしまった。
砂時計の砂が全て落ち切ったところで、レーナがティーポットの中をスプーンで軽くひと混ぜすると、茶こしで茶殻をこしながら濃さが均一になるようにティーカップに紅茶を注ぎ始め、ティーポット内の紅茶を最後の一滴までティーカップに注いだ。
レーナが私とリサッチの前にティーカップを置く。
ティーカップを持ち、いれたての紅茶の香りを楽しんでから紅茶を飲み始める。
すると、リサッチも同じタイミングで紅茶を飲み始めた。
紅茶を楽しむ私とリサッチ。
お代わりの用意をしているレーナ。
ティータイム中の室内にしばしの沈黙が流れる。
すると、リサッチが私を見て
「ねえ、ダーシャ。あの子のこと、これからもちょっと見守ってても良いかな?」
「構わないけど、リサッチはあの子の何が気になるのかしら?」
リサッチが一旦テーブルに紅茶を置くと
「まだあの子としっかり話しをしたことはないけど、今迄ずっと辛い環境で一人で頑張ってたのに、悲観的にならずに今でも前向きに頑張ってる。そんなあの子の強い精神力に惹かれるのよね」
「保護した子達と個人的に会うことに関して何も制限はされてないんだから、好きにすれば良いと思うわよ」
「ありがとう。そんで、もし素質があったら私達の家族の一員として迎え入れたいんだけど、ダメかな」
「そうね、早い段階で色んな物事の本質に気づけて、様々な観点から多角的に物事を捉えられるようになれたなら、見込みはありそうだけど。その辺のことはリサッチが上手く導いて上げれば良いんじゃないのかしら」
レーナが私のティーカップに紅茶を注ぎながら
「僭越ながら私の意見といたしまして……。リサッチ様が指導するのであれば、どんな人物でもダーシャお嬢様とリサッチ様の家族になれると思います」
リサッチが少し照れたような表情を浮かべ、レーナに
「ありがとね。でもね、私はレーナの方が誰かに何かを教えたり目的に向かって導いたりするのは上手いと思うの、だって私はいつもレーナをお手本にさせてもらってるんだもの」
「とても嬉しいお言葉です。ありがとうございます」
レーナが微笑みながら一礼する。
リサッチとレーナのやり取りが終わったところで、私は二人に
「とにかく素質があって前向きな姿勢で世の中の色んな事に貢献したいって、自発的に考えられるような子であれば、私も妹として迎え入れるつもりよ」
リサッチとレーナが一瞬目を見開いてお互いを見ると力強く頷いていた。
するとリサッチが申し訳なさそうな表情で私を見ると
「ここまで話しを盛り上げといてさ、言いにくいんだけどお。将来もしかしたら私達の妹になるかもしれないあの子の名前を思いっ切り忘れちゃってるのよね。何て名前だったっけ?」
私は頭を抱えて俯くと、一度大きなため息を吐き
「私達の妹になるかも知れないあの子の名前は」
顔を上げてレーナを見る。
私が名前を覚えていないことを察したのか、声を出さずに口を動かしていた。
私はレーナの唇の動きを読み取とると、リサッチに
「アヤネよ」
<了>
お嬢様のティータイム ~白うさぎを追え~ よりこ☆ @mesugorira1103
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