第5話 アヤネ

 

 倉庫内が明るくなると、特殊部隊のような格好をした人達がいた。


 そして、私たちを倉庫に連れて来た男達はどこにも見当たらなかった。


 コンテナに押し込められていた子供たちや、スーツケースの中に閉じ込められていた子供たちを、特殊部隊のような人達が倉庫の外に連れ出していた。


 突然現れた特殊部隊のような人達は、ダルそうに歩いている人はいないし座ってお喋りしながらサボっているよな人もいかった。


 ぱっと見た感じだと、とても頼りになりそうな印象の人達だったが、太もも辺りに銃を装備しているようなので少し怖くなった。


 倉庫の外に連れ出される子供たちを眺めながら、後どのくらいで私の順番になるのか辺りを見回していると、特殊部隊の人達が私の方に歩いて来ていた。


 この場で何か危害を加えるような事はしないと思うが、拳銃を装備しているので少し身構えてしまう。


 すると、特殊部隊の一人が私に近づき床に片膝をつくと、私の手首の拘束を解いた。


 そして、もう一人の特殊部隊の人は折り畳みのパイプ椅子を私の近くに置くと、被っていたヘルメットを脱いでパイプ椅子の上に置き、ヘルメットの隣にスマートフォンを置いた。


 何を始めるのか分からなくて首を傾げると


『怪我はしてないかしら? とりあえずガムテープを剥がしてちょうだい』


 パイプ椅子の上に置いたスマートフォンから突然女性の声が聞こえて来たので驚いていると


『初めまして、私の名前はリサッチよ。ヘルメットに装着されてるカメラであなたを見ながらスマホで会話をしてるんだけど……。言葉は通じてるのかしら? どこの国の言葉なら通じるのかしら?』


 コミュニティー内で主に使っていた言語なのでリサッチの言葉は通じていた。なので、慌てて口を塞いでいるガムテープを剥がし


「怪我はしてません。言葉も通じてます」


『そう、良かったわ。ところで、周りの子達はとても怯えてたり怖がってたりしてたんだけど、何であなたはこんな状況なのに怖がってないのかしら?』


 私と一緒に集められた子供たちを見回してみる。


 子供たちは特殊部隊の人達を怯えた様子で見つめていた。


 そして、ずっと泣いていたようで、目元が赤く腫れていたり涙で頬が濡れていた。


 十歳くらいの子供たちからしたら、確かにさっきまでの現状はとても恐ろしかったのかもしれない。


 でも、私は見た目は幼いが中身は十七、八歳くらいなので、刃物や銃で直接危害を加えられそうにでもならない限り、泣くほど怖がったりはしないと思う。


 私が他の子供たちと比べて違う反応を示していることは自分でも分かっているけど、そのことについてリサッチは怪しんでいるのだろうか?


 もしそうなら、見た目は幼いが中身は十七、八歳くらいだっていう事を話してしまった方が良いのかな? 


 でも、今までこの容姿のお陰で、上手く大人達を騙してきていたから、秘密を明かすべきなのか判断に迷う……。


 ただ、リサッチと名のる人物はわざわざ特殊部隊の人達を使って私と会話をするくらいなのだから、それなりに地位の高い人物なのかもしれない。


 これから新しい場所で生活を始めるかもしれないのに、地位の高い人物に目を着けれてしまうと面倒なことになりそうだ……。


 先々の事を考えると、ここは素直に私の秘密をリサッチに話すべきなのかもしれない。


『う~ん。もしかして、今までの生活で色んな感情が欠落、あるいは著しく感情が乏しくなってしまってて、周りの子達とは違う反応だったのかしら? まあ、明日になればみんなの健康状態もチェックするし、検査結果を確認すれば分かる事なんだけど……。ちょっとあなたの事が気になったのよね』


 私がリサッチの問い掛けに対して何て答えたら良いのか思い悩んでいる間に、リサッチが話しを続けていたけど、健康状態のチェックと検査結果って言葉が気になったので


「えっと、明日は働かなくて良いのでしょうか? あと病院に支払うお金は持ってないので検査はしないで下さい」


『もう、働かなくて良いのよ。それに検査費用は私達が負担するから心配しなくても大丈夫よ』


 働かなくて良いとはどう言うことなんだろうか? 


 それに本当に検査をしてくれるのなら、私の見た目が幼い容姿のことも、何か分かるかもしれない……。


 ただ、ずっと気になっていたので


「コミュニティーから私達を連れて来た男達はどうなったのでしょうか?」


『私達がやっつけたからもう大丈夫よ。あなた達は今から私達が用意したバスに乗って施設に移動してもらうんだけど、日付が変わる前には到着すると思うわよ』


 ひとまず紙パンツを履いて移動しなくてよくなったので安心した。


「これからはシセツで働く事になるのですね。頑張りますので、よろしくお願いします」


 パイプ椅子の上に置いてあるヘルメットに向かってお辞儀をする。


 すると、私の手首の拘束を解いた特殊部隊の人が悲し気な表情を浮かべて首を左右に振った。


 ヘルメットを脱いでパイプ椅子の上に置いた特殊部隊の人は、右手でおでことこめかみを擦りながら床を見つめて唸っている。


 特殊部隊の人達の仕草を見て、私がリサッチに何か変な事をしてしまったのか不安になっていると


『施設は寝る場所もあって食事も提供されるから、今迄みたいな労働を行う必要はないのよ……』


「コミュニティーにも寝る場所はありましたしご飯も作ってくれました。なのにシセツでは働かなくて良いのですか?」


『施設は知識と教養を身につけてもらう場所だから、あなた達に労働を強制させるようなことは一切しないから安心して良いのよ……』


「シセツとは学校みたいな所なのでしょうか?」


『そうね、あなた達に色んな事を教えて学んでもらう場所だから、ある意味学校といっても良いかもね』


 日本人のお客との会話の中で、普通の子供は親に養ってもらいながら生活をしいて、親に学費を払ってもらいながら学校に通っていると聞いた事がる。


 世の中の子供たちが、私達とはあまりにもかけ離れた生活を送っていた事を、その時私は初めて知った。


 それと同時に、普通の生活をしている子供たちが羨ましいと感じたし、出来ることなら私も学校に通って色んな事を学び、知識と教養を身につけたいって思ったりもした。


 でも、私は働いたお金の全てをコミュニティーの大人達に全て渡していたし、私も含めてコミュニティー内の子供達には、お小遣いって制度はなかったから、お金なんて持っていなかった。


「私は学費が払えないのでシセツへには行きません。なので、今まで通り働かせて下さい……」


『施設はあなた達に対して支払いを請求したりはしないから安心してちょうだい。そして、施設で色々な事を学んで一人で生活出来るくらい知識と教養を身につけたら、あなた自身でやりたい仕事を見つけてちょうだいね。もちろんあなたが働いて得た収入は、あなたが好きなように使えば良いんだからね』


 ずっとコミュニティーで生活していたので、働くことは当たり前だったし大人相手に接客するのも当たり前のことだった。


 なので、それが普通の生活だと何の疑いも抱かずにずっと生活していた。


 でも、色んなお客と色んな話しをしているうちに、私達の働き方は世間的には禁止とされている行為で、絶対に周りには知られてはいけない事なんだと聞かされた。


 その話を聞いた時は自分が実は物凄く悪い事をしているんじゃないのかって思って、何故か急に怖くなって泣き出しそうになったし、もう働きたくないとも思った。

 

 けど、コミュニティーを抜けて生活なんて出来ないし、他にお金を稼ぐ方法を知らない私は、働き方に関して深く考えないようにして、ずっと今まで生活していた……。


 そして、色んなお客から話しを聞くうちに、世の中で親のいる子供たちは明らかに私達よりも恵まれた生活をしていることを聞いて、親がいない自分の育った環境を恨んだりもした。


 けど、恨んだところでコミュニティーでの生活に変化はないし、どうにもならない。


 なので、自分の生い立ちや生活環境に関しても深く考えないようにして、ずっと今まで生活していた……。

 

 だけど、リサッチの話しを聞いていると、今までみたいに働く必要はなく、シセツで自分のために知識と教養を身につけることが出来るようだ。


 それはまるで……。


 親がいて普通の生活をしている子供たちみたいだった。


 もしそれが本当の話しなら、私はもうコミュニティーで大人達を相手にイヤな仕事をしなくても良いし、憧れていた学校生活のようなことが出来るんだって思うと、凄く嬉しくて胸が熱くなってきた。


『今までツライ生活を強いられていたんだろうけど……。そんなに泣かないで……。もう安心して良いからね』


 リサッチに言われて初めて自分が泣いている事に気づいた。


 気づいた途端に鼻の奥が熱くなり、とめどなく涙が溢れてきた。


 普通といわれる生活を諦めていたのに、突然憧れていた普通の生活が出来るって思った途端に、どんどん涙が溢れ出してくる。


『これからはもう今迄みたいに働くことなんてないから安心してね。そして、あなた達の年齢と同じ子供達のように、当たり前の普通の生活を過ごしてもらから……。少しずつ新しい生活に慣れるのよ』


 親のいない私達に取っては当たり前だと思っていたコミュニティーでの生活だったけど、色んな地域で色んなお客から話しを聞いているうちに、親のいない私達はずっと大人達に騙され続け、ずっと虐げられていた事を知って物凄くショックだった。


 そして、何も知らないままでいられたなら、イヤな気持ちにならなくて済んだのに、何で本当のことを知ってしまったんだろうって、真実を知ってしまったことに対して物凄く後悔もした……。

 

 だから、色んな事を知りたいって気持ちはあったけれど、知ってしまった事でツライ気持ちになるのなら、本当は何も知らないままの方が良いのかも……。って思ったりもした。


 色んな事を知ってしまった為に、大人相手に接客するのはイヤになったし、コミュニティーでの生活もイヤになった時期もあった……。


 だけど、身寄りのない私はコミュニティーから抜け出して生活することは出来ないし、抜け出しても直ぐに大人達に捕まってしまうのでコミュニティーでの生活について深く考える事は止めていた……。


 親がいて普通の生活をしている子供たちと、親がいなくて特殊な生活をしている私達とを比べると、イヤな気持ちになって胸が痛くなるだけなので、自分の生い立ちや環境についても深く考える事を止めていた……。


 なので、今は日本人のお客から文字の読み書きや一般常識とかも教えてもらいつつ、住んでいる地域とコミュニティーで何かトラブルは起きていないか、お客に要注意人物はいないかの情報収集をして日々過ごしていた。


 なのに……。


 突然イヤでイヤで仕方のなかったコミュニティーでの生活から抜け出して、憧れていた普通の生活が出来るって思った途端……。

 

 声を出して泣いてしまっていた。


『これからは今迄とは全く違う生活環境だし、覚えることも沢山あって大変かもしれないけど……。頑張るのよ』


 何か言わないといけない


 けど、体が震えて言葉が出てこない


『そうだ、最後にあなたの名前を教えてくれないかしら』


 震えながら必死に声を出そうとする


 でも、息苦しくって上手く声が出せない


 ヒックヒックと喉を鳴らしながら、私の名前は


「アヤネです」


 と言うので精一杯だった。

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