“マメ”の場合

 脱衣所にて俺はパンツを乾かしている。手に握るのはドライヤー。俺はその熱波を直接、股間に当てている。

 パンツと皮膚の間が熱い。火傷しそうなほどだ。

 しかし俺はパンツを脱げない。脱ぐわけにいかない。


 なぜなら俺はいま、空咲のパンツを穿いて、その上に俺のパンツを穿いているからだ。

 証拠品をむざむざ晒すことはできない。


 そうするとどうにも乾きにくくて時間がかかっている。

 あまりこの場に長居すると怪しまれるかもしれない。


 なので俺のパンツと空咲のパンツの間に隙間を作り、そこに熱波を差しこむことにした。


 ――これで少しは……。


「乾いたっすか~?」


「ぽっ!?」


 突然の呼びかけに悲鳴が上がりそうになったが何とか堪えた。

 廊下へとつながる扉の向こうにいるのは、声色からしてホテルだろう。


「玄関からここまでの水滴、全部拭き取ったっす。感謝してほしいっす」


「……ありがとさん。もう少しで乾くよ。みんなにリビングで集まっておくように言っといて」


「は~い」


 ホテルが扉の前から去っていく足音がして、俺はホッと胸をなでおろした。


 ――まだ生乾きだ。

 とはいえ俺以外はもう準備万端だろうし、これ以上待たせるのはまずいと考えてドライヤーを止めた。


 まだ湿ったパンツの上にズボンを履くと、濡れた衣服がベタベタとして気持ち悪い。


「早く脱ぎてぇ」


 そう言いつつチラリと洗濯機を覗く。

 この中に放り込めれば楽なのだが。


「あれ?」


 その中には、既に空咲の衣服が入っていた。

 ――そっか。空咲はもう風呂に入ったのか。あいつも雨に濡れたのかな。


 そんなことを思いつつ、俺はいそいそと着替えてリビングへと向かった。


******


「では容疑者、マメ」


「はい!」


 リビングに全員が集まっている中、我が家のアンドロイド、マメが元気よく返事した。



 我が家の料理担当マメは、うちで2番目に新しいアンドロイドだ。

 その日の気分に合わせた美味しい料理を作ってくれる料理専用アンドロイドで、なんとその脳には全世界のレシピが記録されているらしい。


 そうなると気になるのが創作料理というもので、マメがうちに来たその日、空咲と一緒におねだりしたことがあった。


「えー、仕方ないな~……覚悟してね」


 そして俺たちの前に出てきたのは、豆らしき物を煮込んだ虹色のスープ。

 そのあまりの異様に黙り込んだ俺たちに、彼女は言った。


「人の味覚の最大限を突き詰めたスープだよ! 自信作! その虹色は脳が壊れるくらい美味しいよ! ……だから飲まないでね」


 きっとそれは本当にそのままの意味で、脳が壊れてしまうのだと分かった。


 ロボットってそういう所があるのだ。三原則に反しない限りは、副次的な影響をまったく考慮しなかったりする。

 じゃあどこを食べろと言うのか?


「この豆を、開いて……そうそう。中から身が出てくるでしょ。その身をスープに軽く付けて食べて。身がスープの成分を中和してくれるんだ。人が普通に食べられる美味しさまでね」


 美味しかった。そして彼女の名は“マメ”となったんだ。

 ちなみにそれ以来、創作料理をお願いしたことはない。


 

 そう、マメは基本的に職務に忠実で、こちらが何かしなければ領分を超えたことはしないはずなのだ。


「もう一度聞く、パンツを盗んだなら、はいと言って手を上げろ。盗んでいないなら何もするな」


「はい!」


 しかしマメは超速で手を上げた。

 彼女が、まさかパンツ泥棒だなんて。


 ――ならば許せマメ! このまま俺の罪も被ってくれ!


「さっそく真犯人が……」


「まって」


 空咲が俺の発言をインターセプトした。


「私が探してるのは、私のお気に入りのしまパンを盗んだヘンタイだけなの。それ以外はどうでもいい。――マメ、誰のパンツを盗んだの?」


「クーコーと空咲様のですっ!」


「俺のも!?」

 

 まさか俺も被害者だとは。


「はい。じゃないと意味がないからね」


「どういうこと?」


 空咲が質問した。


「お2人の為ってこと。献立に関わるんだよ。――最適な栄養、最適な料理を構築するためには時節の移り変わりを考慮していかなければならないのに、人間にはそれぞれ好みやその日の口に欲しいものと言った余計な要素が混じるからこそ私のような料理専用ロボットはその欲望を満たすために全力で取り組まなければならなくて……」


 やってしまったようだ。マメはひたすら説明を続けている。

 俺は空咲を睨む。空咲はそんな俺から白々しく目を逸らした。


「――マメ、詳細を順序だてて短く説明することは可能ですか?」


 ミシェルがマメの話を遮って質問した。


「……はい、可能です。質問を絞って下されば」


「では、くうこう様、空咲様、お2人ともスポットを狭めた質問をしてください。曖昧な質問はせず、その対象を明瞭にしてください」


 なるほど、つまり返しやすい質問をしろってことだな?


「分かった。じゃあ、俺から質問する。――マメ、パンツを盗むことでお前は何を得た?」


「パンツです」


「ヘタクソっ! 何年一緒に住んでんのよ!」


 空咲が俺を睨む。


「やっぱりおにいちゃんに任せてらんない。――マメ、パンツを盗むことはあなたの仕事に欠かせないの?」


「はい」


「なぁ、それマジで言ってる? マメ壊れてないよな?」


「クーコーは失礼だなぁ。昨日メイド長から点検されたばかりだよ!」


「おにいちゃん茶々入れないで。次の質問するよ」


 空咲はロボットへの質問において基礎的な、イエス・ノーで答えられる問題でマメから話を聞きだしていくつもりのようだ。

 これならさっきのマメみたいに考えられる諸要素を全て説明し始めたりはしない。


「あなたが盗んだパンツは、しまパンですか?」


「…いいえ、ありません」


「――はい! マメは真犯人じゃありません! 次いこ!」


「まてまて、どーしてそーなる!?」


「他のパンツなんてどーでもいいもん! 私はしまパン泥棒を探してるの!」


 なるほどね、こりゃますますバレるわけにいかなくなったぞ。

 探しているのがしまパンじゃなければ、俺も気楽に、お前のパンツを盗んだと告白できるんだけど。

 さて、どうするか。――そうだ!


「もしかするとさ、マメがパンツを盗んだ時にしまパンが一緒に引き出されて、どこかへ消えてしまったってことはないかな?」


「……やっぱり、どこかに落ちてるってこと?」


「そうだ。そうすると悪いのはマメってことになるな」


 そもそもパンツがなくなったからって、誰かが盗んだと疑うのがおかしいんだ。

 失くしたと考えるのが普通だろう。


 二重に穿いたパンツの折り合いが悪いので、手で直す。

 まったく、困った妹だ。


「ま、まってよ。私が最後にパンツを盗んだのは4日前だよ! それに! やる事やったらすぐ元に戻してるし!」


 マメ、ナイスだ。

 ――このまま、俺の罪を被せてやる!


「やる事だとヘンタイめ! 盗んだパンツで何をやった!? 言え!」


「ちょっと匂いを嗅いだだけです! 毎週月曜日はその日なの!」


「毎週!? そんな定期的に!?」


「そうだよ! 奥様の許可は得てるし、これはれっきとした私の仕事なの!」


 奥様というのは俺の母さんのことだ。ちょっと変わってる人なので、パンツ泥棒を許すというのは分かる。

 ――でもパンツを嗅ぐのが仕事ってなんだよ。


「どういうこと?」


 そんなことを思っていると、空咲がなんとなしにマメに聞いた。

 バカ、そんな質問したら……。


「お2人の為ってこと。献立に関わるんだよ。――最適な栄養、最適な料理を構築するためには時節の移り変わりを……」


 そらみたことか。


「……あちゃー、やっちゃった、テヘッ」


 そんな風にかわい子ぶったら、おにいちゃんは空咲を睨めないぞ。

 ――しょうがないよね。だって相手はアンドロイドだもの。


「マメ、そこまで」


 語り続けるマメをミシェルが止めた。


「私から説明いたしましょう。――料理ロボットは人間の繊細な味覚を理解するために、嗅覚と味覚が人間のそれより精巧に作られています。マメは奥様に『全力で子どもらの健康管理に勤しめ、全て許す』と下知されております。それゆえ、使用済みのパンツを嗅いで、その週の体調をチェックしていたと考えられます」


「そうそう。そういう事です。パンツに付着した成分から糖分量なんかを分析して、味の調整をしてたんだよね。特にお二人は間食多いからさ~」


 味方が出てきてほっとしたのだろう、マメはケラケラ笑っていた。

 そんなマメに空咲が質問をする。


「で、いままで盗んだ中にしまパンはなかったんだよね?」


「はい、ないです」


「まてまて、だからな、いっしょに引き出されて落ちたかもしれないだろ?」


「……ねぇ、さっきからなんでそんな感じなの?」


「なんだよ? その可能性は残ってるだろ?」


「そうじゃなくて……」


 はぁ、とため息をついて空咲は続ける。


「なんでしまパンがタンスから盗まれた様な口ぶりなの? ってこと。マメの話聞く限りさ、マメが盗んでるのは洗濯機からでしょ」


 ……あっ。ヤバ。


「そだよ。洗濯機の脱ぎたてを嗅いでるよ」


「でしょ? 洗ったら意味無くなるもんね。――おにいちゃんは、どーしてタンスから盗まれてると思ったんでしょうねー? 不思議だなー?」


「い、いやほら、あれだよ。一般的なイメージとしてな?」


「普通の人はパンツ泥棒のイメージなんて湧かないでしょ。やっぱりおにいちゃんが真犯人のヘンタイなんだ! ――殺してやる!」


「極端すぎない!?」


 そしていつの間にかボールペンを握っていた空咲が、俺に刺突せんと迫った。

 あぁ、せめて、しまパンを穿いていない時に死にたかった。これじゃ恥ずか死すぎる。


「「「「危険行為です、お止めください」」」」


 しかし間一髪のところをメイドたちに助けられ事なきを得た。

 マメとミシェルに左右から抱え上げられた空咲が、イレ込んだ馬のように首を振って暴れている。


「二人ともどいて! おにいちゃん殺せない!!」


「できません。殺さないでください。――くうこう様を真犯人と決めつけるには早計かと。しまパンは今日穿こうとしたものですよね。でしたら、タンスから盗まれたものと考えるのは不思議ではありません。――」

「――もう一度、みんなでしまパンが落ちていないか探してみましょう。もし見つからなければ、その時は、まだ手を上げたメイドがおりますので」

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