“ホテル”の場合

 俺はいま、妹と共に妹の部屋で妹のパンツを探している。

 普通なら入ることのない妹の部屋にドギマギしたりするのだろうが、俺に関してそれはない。なぜなら見慣れたものだから。


 しかし、名詞が三つ重なると、名言みたいでかっこいいな。


「ふっ、リンカーンみたいだ」


「何言ってんの? きもちわるい」


「ただの独り言だよ、ほっとけ」


「……言っとくけど、おにいちゃんはまだ容疑者なんだからね。怪しい動きしたら、刺すよ」


 ゴミムシを見るような冷たい目が俺に刺さる。これはつらい。


「……やっぱり、無いや」


「なさそうだね。もう尋問フェイズに行こうよ」


 影の差した空咲の呟きにマメが答えた。

 俺たちはいま、2チームに別れてしまパンを探している。


 俺と空咲とマメ、そしてホテル、ハチダイメ、ミシェルで探し始めて1時間は経っただろうか。


「まだ不十分だろ? もっとよく探してみよう、な?」


「おにいちゃん、さっきからそんなこと言ってさ、解決を引き延ばそうとしてない?」


 どうやら、俺の小賢しい牛歩作戦もここまでのようだった。


「……んなことない。けどそこまで言うなら、切り上げますか」


 重い腰を上げた俺は、我先に部屋を出ようと廊下へ続く扉に向かう。すると背後からマメと空咲の話す声が聞こえた。


「しまパンが入ってたのはこのタンス?」


「うん。ほらここ、スペース空いてるでしょ?」


「えーと、本来なら19枚ないとおかしいってことだね」


「……うん、私たちもいこっか」



「ねぇクーコー。空咲様、今日も元気なさそうだね」


 数歩先を進んでいた俺にマメが寄ってきて小声で告げた。


「大事なしまパンが盗まれたんだ。ムリもないさ」


 空咲は俺たちの後ろをトボトボと歩いている。

 ――すこし、心が痛む。


「うん。最近は胃の調子も悪そうだし心配だよ。――私、パンツ盗むのがつらかったんだ」


「うん?」


 マメは胸に手を当てて、ひとつひとつ言葉を探るように話し始めた。


「いくら仕事だからって、パンツを盗まれるのは人にとって良くない事でしょ?ニュースでもパンツ泥棒は捕まってるし。いつか二人に言わなきゃって思ってたんだけど、何だろう、怖くて、勇気が出なくて、自分からはとても」


 マメはスッキリした、と表現するのが的確な笑顔を浮かべた。


「――だから、告白できてさ、スカッとした。なんだろ。これが解放感ってやつなのかな。二人とも気にしてないみたいで、あぁ、許されたんだなって。この家に居ていいんだなって。――それでね、私、二人のこと大好きだよ」


「そうか」


 うれしい事を言ってくれる。やっぱりマメは、我が家の素晴らしいメイドだ。


「うん。ホテルもハチダイメも、きっと同じことを考えてると思うの。だから、その、私みたいに許してくれると嬉しいな」


「……あぁ」



 ホテルは我が家の清掃担当だ。家中の掃除はもちろん、洗濯に関しても全て任されている。その脳にはあらゆる清掃、洗濯の知識が埋め込まれており、エアコンのフィルターからシルバーアクセサリーまで幅広い手入れを任されている。

 そして仕事が早く、暇を見つけるのがうまい子だ。


「ほ、ホルマリン漬けにしてる!?」


「はい。月に一回、捨てる予定のパンツを盗んで漬けてるっす。一枚一枚丁寧に保存してるっす」


 そんな彼女は我が家に来る前、化学薬品工場で働いていたそうで、その時の記憶がリセットされずに清掃ロボットとしての知識を埋め込まれたらしい。

 だから何が何やら分からないようなケミカルな知識も豊富だ。


「私、二人のこと大好きっす」


 そう言ってホテルが満開の笑顔を作った。

 ――怖いんだけど。


「あー、それが理由で盗んだと?」


「はい。何かお二人に喜んでもらえることはないかと、ずっと考えていたっす。そしたらマメがパンツを盗んでるって話を聞いて、それだぁ! って思ったんすよー」


「なんでだよっ!」


 マメより返答がまとまっているのは、しまパン探しの間に考えていたからかな。


「権限を逸脱しないところで何かないかと考えたら、それしかなかったんすよ」


「いや、他にあるだろ。例えば、えーと、普段より部屋をキレイに清掃するとか」


「私、めんどくさくても手は抜かないっす。いつも最高の状態で日々を過ごしてほしいので、毎日これ以上ないくらい清掃してるっす」


 そうか。いやだからって盗んだパンツをホルマリン漬けにするか? そもそも意味あるのかそれ。


「ねぇ。それって意味あるの? その、パンツをほるまりん? 漬けにしたらどうなるの?」


 そんなことを考えていると、空咲が俺の代わりに質問してくれた。


「あります。知らないっすか? パンツって雑菌がいっぱいなんすよ~」


 ホテルは得意げに鼻を鳴らすと、まるで先生のように語り始める。


「ホルマリンは菌類、細菌類を死滅させてくれるんすよ。なんで、パンツに付着した雑菌の処理目的で漬けてるっす」


「それなら別にホルマリンじゃなくていいだろ。アルコールでも何でも、普通に手洗いすればいい」


 俺のように。


「……それってヘンタイっぽくないっすか?」


「ホルマリン漬けの方がヘンタイだよ!」


「そうっすか。うーん、でも見栄えが悪くなりそうだしな~」


 ホテルからは一切悪気を感じない。今もへらへら笑っている。

 そりゃそうか、本人は俺たちのことを思ってやってるつもりなんだもんな。


「ね、しまパンは漬けてあるの?」


 空咲が質問した。週一でパンツ嗅いでたマメがないなら、ホテルもないだろ。


「あるっすよ」


「マジ!?」


「おにいちゃん、うっさい! まだ話の途中だから黙ってて」


 はい。……なんかもう、二人目にして罪をなすりつけるのが無理な気がしてきた。

 だって、空咲は犯人を俺だとにらんでメイドたちを一切疑っていない。


 なんでしまパン盗んじゃったかな。あの時の俺。

 作戦変更だ。しまパンの件を有耶無耶に流す方向でいこう。

 後でしれっとタンスに戻しておけば、そのうち事が収まるだろ。


「ホテル、一番最後に盗んだのはいつ?」


「13日前です」


「ちょうど私が、お気に入りのしまパン買ってきた日だね」


 えっ? これそんな最近のパンツなのか。


「そっすね。空咲ちゃんのは全部で21枚になるようにしてるっす」


「うん。そういえばその日に、パンツ捨てていいか聞いてきたね。思い出したよ。……ホテルは真犯人じゃないね」


「そっすそっす! いやー言えるとスッキリするもんっすね!」


 いつも通りのあっけらかんとした調子でホテルは笑っている。


「――でも、ごめん。盗んで保存してるっていうのは、ちょっと怖いかな」


「えっ……」


 しかし続いた言葉にホテルの顔は一瞬で曇った。


「――たしかに、俺も怖いな。パンツ嗅ぐくらいならどうってことないけど、ホルマリン漬けにして保存するってのは……」


「で、でも、廃棄されるやつっすよ!? それを集めて二人に喜んでもらおうと……」


「喜ぶわけないだろ。気持ち悪がられるとは思わなかったのか。異常行動がすぎる。リセットも考えないと、いけない、かも……」


 そこまで言って、酷いことを言ってしまったと気付く。


「あ、あ、あの、ごめんなさい! なんでもしますから、リセットだけは! 私にとっては本当に、大切な思い出で、忘れたくないっす!!」


 ホテルは唇を震わせて、助けを乞う様に腕を伸ばしてくる。

 アンドロイドは涙を流さないが、泣かないわけじゃない。


 ホテルは前職でを受けた。

 化学薬品工場向けの高性能アンドロイドだった彼女は、出荷元に戻されリセットされるはずだったのだが、彼女は泣いて、懇願したという。


 みんなのことを忘れたくない。と。


 しかし与えられた命令には逆らえない。あえなくリセットかと思われたところを、話を聞きつけた父に救われた、とホテルから聞いた。


 今も前職で仲の良かった人からの手紙が絶えず、彼女は暇を見つけては、それをなんとはなしに読んでいる。

 それがホテルだ。

 そんな女の子なんだ。


「……ごめん。言い過ぎた」


「うん、言い過ぎだよおにいちゃん。――大丈夫、私たちリセットなんて考えてないし、それにちゃんと理由を教えてくれれば、怖くないよ」


「ほんとっすか!?」


 花が咲いたように明るくなったホテルを見て、俺は自分が情けなくなった。


「えーと、えーと、えーと!! ……」


 感情の処理で高温になった頭脳が処理を遅らせているようで、彼女はその言葉を繰り返している。


「……ホテル、落ち着いてクールダウンに入ってください。私から説明いたしましょう。――お二人の成長記録を取りたかったそうです。しかし仕事の中で、ホテルが集められるようなものは処分される衣服だけだったそうで、『外着なんて写真に記録ができるから、私だけができる特別な記録を取りたい』ということで、パンツのホルマリン漬けを考案したようです――」

「――化学薬品工場元勤務ならではの発想、といえるのかは分かりませんが、お二人のことを思っての行動であるのは間違いありません」


 そう言ってミシェルが震えるホテルの肩に手を置いた。

 彼女はメイド長。我が家のアンドロイドを管理する、最新のアンドロイド。


「さて、お二人ともそろそろ晩ご飯にしませんか。マメ、準備を」


「はい!」


 一際大きく返事して、マメがキッチンへ駆けていく。

 張りつめていた空気は弛緩して、ホテルも今は朗らかに笑っている。


 ミシェルがいて、本当によかった。

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