“ハチダイメ”の場合
「なんか最近、味が薄くない?」
「空咲様は塩分と糖分を取りすぎなの」
空咲が姑のような文句を言い、マメが食器を洗いながらそれに答えた。
今は俺と空咲とハチダイメだけが席についている。ミシェルとホテルは慎ましくテーブルの側に控えている。
「間食のしすぎだよ。ちょっとは控えてね」
「全然そんなことないのになぁ」
「俺のと交換するか? 濃いくらいなんだ」
「クーコーは食べてなさすぎ。背が伸びないよー?」
そう言うとマメはケラケラ笑った。
――俺は盗んだパンツを風呂で手洗いして、ドライヤーで乾かした後にタンスに返している。
そのついでに次のパンツを盗むのが俺のモットーだ。
脱ぎたてを所望する下品な奴らとそこが違う。俺はそこまで堕ちていないのだ。
つまり何が言いたいかって言うと、俺のご飯の味付けが濃いのはその影響だってこと。
妹のパンツの上に俺のパンツを穿いているから、俺から出た成分は妹のパンツに色濃くつく。
その上、俺は盗んだパンツを手洗いするので、洗濯機に残っているのはキレイな俺のパンツだけ。
だからマメの献身も徒労に終わってしまっているわけだ。
「……ゥ」
「ハチダイメ、食べないの?」
マメが食事に手を付けないハチダイメを不思議そうな顔で見ている。
♢
ハチダイメ、本名「右左衛門」は我が家で一番古いアンドロイドだ。
愛玩用ロボットらしく可愛らしい少女の顔をして、その頭には名前に恥じない白とピンクのウサミミがぴょこりと付いている。
八台目、というあだ名が示す通り、彼女は今までに七回、ボディをまるごと取り換えられている。
その度にAIのシステムアップデートを行っているそうだが、元が30年以上も昔の物のため、彼女の何かが変わったという印象は母曰くないらしい。
長年蓄積された会話パターンからある程度曖昧な質問でも返答が可能で、まるで本当の人間のように話ができる。
普通ロボットというのは、故障した部位から交換していくものなのだが、ハチダイメは母の意向により、パーツ破損がどこかにあればボディごと交換されてきた。
♢
愛玩用である為か、ハチダイメは古いアンドロイドながらも食事からエネルギーを得ることができる。
これは最近のアンドロイドであれば標準装備の機能で、他の三体も同様に食事をとることができるが当時にしては画期的だったそうだ。
それはアンドロイドのメンタルを安定させたとかいう話で、教科書にも載っている。
「モゴ、アー、食べル」
そういえば、いつも家中を走り回ってるハチダイメがこんなに大人しいなんて変だな。
「うぇ…ぺっ!」
まるで猫が毛玉を吐くかのように、ハチダイメは何かをテーブルに吐き出した。
それは俺が二日前に穿いていたもの。
空咲のパンツだった。
「あースッキリー! いただきま~す」
いやまて。
「なんだそりゃ?」
「知ってる~? ウサギは嘔吐できません。その点、八台目うさえもんはウサギじゃないから吐けるのだ!」
ハチダイメが指パッチンをするが、モフモフの手では擦れた音がしただけだった。
いま彼女が身に着けている、もこもことしたウサギの着ぐるみは彼女の趣味ではない。
母の命令によって着せられているものだ。
「いや、そうじゃなくて、えーっと」
「あれ? 今月はカタコトでいく~とか言ってなかったっけ? やめたの?」
言い直そうとする俺を遮るように、空咲が口を挟んできた。
自分のパンツが目の前に吐き出されたにも関わらず、空咲は平然と米を噛んでいる。
「ウサギの気分だからや~めっぴ!」
「さっきウサギじゃないとか言ってなかったっけ? ……面白がってたの最初だけだったもんね。話しづらいから止めさそうか、とか言ってたし」
「ご主人は昔から気まぐれだから~。けど私と同じでウサギのまんま!」
「そだね。お母さんもすぐにかまってちゃんになるしね。――ご馳走様」
「ああ~んまって~! うさえもんはウサギだぞ!?」
「はいはい。――ハチダイメはいつもやらかしてるから、手を上げた時点でやったなって思ってた」
俺もそう思ってた。そもそも、手を上げてくれるかなって期待してたのはハチダイメだけだったし。
なんでかって言うと、元々異常行動が多いアンドロイドだから。
「うさえもんは思わなかったよ。だから、やったーって思ってたのに~」
ハチダイメは自分の唾液でびしゃびしゃの女子パンツを指先でつまみ上げると、続けて言う。
「クー公のパンツでみんなと仲良く遊べるな~って」
「……は?」
そう一言呟いて、空いた食器をマメに渡していた空咲が首を曲げる様にして振り返った。
その貌には羅刹が浮かんでいる。
――これはアカン! 感づかれた!
「ごっそさん!!」
「逃がすか!」
空咲が刺突の構えを見せる。その手にはフォーク。目には迷いがない。
――ハチダイメにも「どういうこと?」とか聞けよ!!
――――――――
ハチダイメは遊び疲れると監視ルームに引きこもるので、それで見てしまったのだろう。
俺が空咲の部屋からパンツを盗んで出てくる所を。
そして彼女のことだ、こう解釈したに違いない。
パンツは穿いている人の物。だからあれは空咲ちゃんのじゃなくて、クー公の物。
――――――――
一番付き合いが長い分、俺も、そしてきっと空咲もハチダイメの思考を読み切ってしまった。
きまぐれで遊び好きのハチダイメがパンツを盗んだ理由としては、面白そうだったからとかだろう。
空咲の様子を受けて、アンドロイドたちが限界の速度でもって俺と空咲の間に割り込もうとしている。
命の危機に俺の神経は感度を上げて、まるで時間が引き延ばされたかのように目に見えるもの全てがスローに変化した。
――こ、これはヤバい! 早く助けてみんな!
「キャッ!」
その時、ミシェルが転んだ。
「えっ?」
「ウソ……」
俺だけじゃなく、空咲も彼女の方に顔を向けていた。ミシェルが何もないのに転ぶなんて、普通じゃなかったから。
しかし他のアンドロイドたちは彼女に構わず第一条に従って動いた。
時間は本来のスピードを取り戻して、空咲はあっけなくメイドたちに捕まる。
その間も俺の目はくぎ付けになっていた。
ミシェルのめくれたスカートの、その中身に。
「なんで俺のパンツ穿いてんの?」
彼女は手を上げていなかったのに。
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